第3話

夜の会社


 今日は忙しくて残業をしてしまった。その上、携帯を忘れたので、また会社に戻る羽目になった。今日は携帯を忘れてはいけない日だ。0時から新しいゲームのイベントが始まるのだから。数日前から楽しみにしていたので、私は何がなんでも取りに帰らなくてはいけない。

 

 通用口の守衛さんに「忘れ物しました」と言えば、あっさり通してくれた。


 八時を過ぎたばかりなので、誰もいないと言うことはない。でも食堂など、一部、電灯が消されていたりする。そう言う暗がりは絶対見ないようにして、オフィスまで急いだ。


「あれ? 小森さん」と中崎さんに声を掛けられる。


 今日は本当によく喋ることになる。ゆっくりと振り返って見ると、昼に減った人数が二、三人ほど、増えていた。


「あ、忘れ物して…」とだけ言って、先に行こうとしたら、「あ、待って」と呼び止められた。


「はい?」


「小森さんって…何で…笑ってるの?」


「え? 笑…」


 ふんわり女子を演出されるためだとは言えずに、CPUをフルに回転させなければいけないのに固まってしまった。この中崎さんには「変人」認定されていたが、それは笑顔も気持ち悪かったのかもしれない。


「いや、気のせいじゃないと思うんだけど…こっち見てるなぁと思って、見返すんだけど、目が合わないのに、なんか笑ってて。実家で猫飼ってるんだけど、たまに猫が何にもないところを見てるのに似ててさ。その上…笑ってるから」


「笑ってません」


 いや…かなりほくそ笑んでいたかもしれない、と内心焦る。


「もしかして…なんか見えるのかなって思って。そしたら色々納得できることもあってさ。今日のお昼だって、突然、頭痛と肩こりの話をし始めたり…」


「それはお仕事、頑張ってらっしゃるから…」と言いながら、少しずつ後ずさる。


 長い時間喋っていると後ろの女性たちがすごい形相でこっちを睨んでくるのだ。


「それにしてもピンポイントで肩と頭と…」


 生き霊…それはかなりの強い思い。無自覚なことが多いから厄介だ。(ここらへんは某動画サイト、ホラー漫画等で学んだ)


「あ、じゃあ…気になるんでしたら、神社に行かれることをお勧めします」とだけ言って、私は頭を下げて、もう呼び止められても無視して自分の机まで行く。


「あれ十子、お帰り。どうした?」と梶先輩に見つかってしまう。


「忘れ物しちゃって」と言うと、また髪の毛をくしゃくしゃにされる。


 私が小さいからとは言え、小動物のような扱いは酷すぎる。でも梶先輩は大好きだから、くしゃくしゃにされた後、抱きついた。そうすると、梶先輩の暖かさがダイレクトに伝わってくる。本当にこの人は優しい人だと思う。でも…どこか少し寂しいのかな、と思ってしまう。

 人のプライバシーなので深く考えないことにしているが、私は人のことがぼんやりと分かってしまう。だからわざと見ない様にしている。


「十子、ちょっと待ってて。帰りにご飯、ご馳走するから」と言ってもらえて、私は素直に喜んだ。


「忘れ物してラッキー」と言って、梶先輩のためにコーヒーを淹れることにした。


 給湯室に行くと、やっぱりいらっしゃるが、私は見ないふりをする。いつもずっと隅の方で俯き加減で立っているだけなので、私は気にしないことにした。


「あ、小森さん。コーヒー俺にもくれる?」と吉永さんが言う。


「あ、はい。喜んで」とうっかり言ってしまい「居酒屋?」と笑われてしまった。


 そして私はそれでもしっかりコーヒーを淹れると吉永さんがおずおずと話しかけてくる。


「あのさ…梶さんと神社行くの…俺も一緒でもいいかな」


 まさかの休日に吉永さんと会えるとは、とテンションが上がってしまう。


「あ…喜んで」とまた返事をしてしまった。


 すると「神社?」と中崎さんの声がした。


 タイミングが悪いことに中崎さんも給湯室に来た。


「あ…何? 中崎も興味あるの? 一緒に行こう」と吉永さんが誘ってしまった。


「え? いいの?」


「いいの、いいの。その方がいいから」と勝手に話を進める。


(その方がいい?)と私が疑問に思っていると、吉永さんが両手を合わせて私と中崎さんを拝んだ。


「あのさ…俺、梶さんともう少し仲良くなりたいんだよね」


 はい、喜んで…とは言えずに、私は「えへへ」と変な声で笑った。


「あ…今から…梶さんとご飯なんです。みんなで行きませんか?」と私はヤケクソになって言った。


 そしてその日は不思議なメンバー四人組とそして後ろには大勢のシースルーオーディエンスを連れて居酒屋に行くことになった。

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