第2話

変わってる女


 午後、社員食堂から自席に戻る前に私は自動販売機でミルクティを買った。それはもちろんふんわり女子を演じるためだ。本当はブラックコーヒーを一本飲んで眠気を覚ましたいところだけど。ミルクティにもカフェインがいくらかは含まれているだろう…と思って、ボタンを押すと、なぜか…お望みのブラックコーヒーが出てきた。


「あれ? まちが…え?」


 押し間違いかと思ったが、コーヒーとミルクティが隣の同士のボタンというわけでもない。


「どうしたの?」と社内一イケメンの中崎さんが後ろから声をかけてくる。


 振り向いて、思わず「ひ」と声を出してしまった。


 朝より盛りだくさんの方々がついている。食堂のおばちゃんまで見える。


「驚かせてごめん。コーヒー? 飲むんだっけ?」


「あ、いえ…あの…」


 一斉に後ろの人たちが話し出すので、何を言いたいのか全く分からない。


「飲めます。多分」と恐ろしくて、早く切り上げようとした。


「あぁ、僕がコーヒー飲めたら…もらってあげるんだけど。缶コーヒーが苦手で…」


「あ、今日はコーヒー飲んで昼から頑張らなくてはって思ってたんです。ではお先に」と早口で言って、その場を離れた。


 後ろの女性たちは生き霊が幽霊を追い払うバトルをしていた。幽霊を追い払ったら、生き霊同士の喧嘩が始まるんだろうか、と想像すると恐ろしくなる。


(やばい、やばい)と心の中で思いながら、席に戻った。


 生き霊の強さを垣間見た、とまた変な経験値をあげた気がする。基本、私は見えるだけで、払うことはできない。できるとしたら日本人なら誰でも知っているお塩をふりかけたり、日本酒をふりかけたり、そんな程度のことしかできない。ただ普通の人と違うのはその効果が見えるだけだ。

 だから私はちゃんとお守りを持っているし、なんならふんわり女子の可愛い鞄の底には清めの塩も入っている。


「十子、なんでコーヒー飲んでんの?」と外回りから帰ってきた梶先輩に頭をくしゃくしゃされながら言われた。


「えっと、自販機が出してきたから…」


「ぶっ」とすごい音で噴き出す。


「十子らしいなぁ、あ、中崎、ちょっとこの書類目を通しといて。次の訪問先の資料」と梶先輩が呼ぶので、あのすごいものを背負ったままこっちに向かってきた。


(考え方によっては七福神のクマデ…、いや失礼か)と自分で突っ込みながら、私は自分のカバンを机の上に置いた。


 すると、中崎さんの背景が変わる。お守りの効力かちょっと、後ろに下がるのだった。生き霊には効き目が弱そうだが、それでも少し距離が開く。


(おお)と私は心の中で思いながら、鞄を机の下に戻す。


 するとまた背後の人たちが近寄る。鞄を机の上に上げる。少し下がる。


(おおおお)と思っていると、「何してんの?」と梶先輩に言われた。


「あ、鞄で筋トレ…」と言うと、中崎さんが口を押さえて笑う。


「ご、ごめん。小森さんって…ちょっと変わってるよね」


「え? かわ…」


(言われてしまった。変わっている。ついに言われてしまった。言われたくないことを…。だから…幽霊なんか、大嫌いなのだ)と思わず背後の人たちをきっと睨んだ。


 すると一瞬、消えた。


「え?」


「あ、ごめん。いや、前から…気になってて」


「おいおい、十子に声かけるなんて、十年早いわ」と梶先輩が言う。


「そういう気になる…じゃなくて」


 私が気を抜かしたのがわかったのか、一人、また一人戻ってきた。それでも朝より少なくなっていた。


(今の…何?)


「中崎、モテるからって…簡単に気になるとか言わない」


「いや、それは…」


「中崎さん…あの…肩こり、頭痛ありますか?」


「え?」と驚いたような顔で見て、そしてずっと悩んでるんだ、と言った。


 今、軽くなってませんか? と聞きたい気持ちを抑えて「いつもお仕事頑張ってますもんね」とふんわり女子台詞を言ってみる。


「え? あ…ありがとう」と何だか不思議そうな顔で言った。


「十子、私の方が仕事、頑張ってるんだけど?」と梶先輩が言う。


「梶先輩も…肩こりありますよね? お仕事、いつもお疲れ様です」と梶先輩の肩を優しく撫でつつ笑顔を作って、私は仕事を始めた。

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