第1話
今日もご一行様でご出社
暑さがまだ厳しいけれど、少し空気が乾燥して清々しい空気になっている。夏には怪談がつきものとなっているけれど、別に冬は寒いから幽霊が出ないということはない。見える私、
私は出社前の恒例行事のようになっている目の前を歩いている男を見た。
「おはよーございます。中崎さん」と一段と高い声で女性社員に挨拶されている。
「ああ、おはようございます。村岡さん」と挨拶を返した瞬間から次のお声がかかる。
「おはようございます。中崎さん」とまた違う女子社員が負けずと挨拶をする。
背が高くて、顔もいい、性格もいい、社内一の美男子だ。女性が群がるのはごく当たり前の光景である。そしてそれは何も生きている人ばかりじゃない。薄ら半透明に見えるもうこの世のものでない女性まで連れて歩いている。そこに今日は駅の売店のおばちゃんの生き霊まで連れてきている。きっと水か何かを買った時に、素敵な笑顔を見せたのかもしれない。社員の女性、生き霊、幽霊とご一行様がゾロゾロと歩くので、私はいつも遠目で眺めている。
私は遠くから見るだけで声をかける気にはならない。声をかける度に、その生きていない人たちがゾワっとするからだ。見えてない人にはノーダメージだが、私はやはり見えているので、嫌なのだ。
ただ本人も少しも気にしていない様なのでそこは素晴らしい、と思う。
私がこういう能力を得たのは修行したからではなく、ただの血筋だ。母が色々見える人だったらしい。小さな島で育ったらしく、山を歩いたりしていると、「牛みたいな体の…牛じゃないけど…そう言うのがいて、目を合わさないようにしてた」と言っている。
なんだ、それ、と思っていたけれど、多分、妖怪とかそう言うのかもしれない。
だから私は山も行かない。キャンプとか行ってみたいと思うけど、山は人間のものじゃない気がしている。
「おはよう。小森さん」と私も声をかけられた。
「あ、おはようございます。吉永さん」とふんわりとした笑顔で返した。
そう私はふんわり女子を演じていた。だって、見えないものが見えるとか全然可愛くないから。可愛い女子に憧れて、外見はかなり気をつけている。そのせいで、女子にはちょっと距離を置かれてしまった。ただ社内一イケメンの中崎さんに話しかけないので、意地悪をされたりはしていない。
「小森さんは…休日、何してたの?」
「えっと…映画を見に行こうかなって思ってたんですけど…」
(映画は先週、使った。考えろ! ふわふわ女子が休日にすること)と私はCPUを最大限に働かせる。
「天気も良かったので、ガーデニング? してました」と小首を傾げて見せる。
「えー、すごい」と丸ごと受け入れてくれる。
「うまくできるか分からないんですけど」
そう、パクチーを植えたのだ。買うと高いからという理由で。ガーデニングと言っても差し支えないだろう。
「小森さんはほんと、ほわほわしてるよね」
「ほわほわ?」と思わず聞き返してしまった。
(私が望んでいるのはふんわり女子。ほわほわ違う)と心の叫びを抑えて笑顔を作る。
吉永さんは「あ、ごめん。小さいから…なんかほら、ほわほわって感じ」と訳の分からない説明をする。
私は吉永さんと付き合いたかった。醤油顔で背も低くも高くもなく、特に目立つわけでもない仕事ぶり…そして何より人に嫌な気持ちを与えない彼と付き合いたかった。でも少しも通じない。朝からそんな気持ちを抱えていると、後ろから「
「よっしー、十子をいじめてた?」と梶先輩は肩を叩きながら言う。
梶先輩は女性ながら、サバサバとしているハンサムな人だ。
「いじめてませんよー。ほわほわ可愛いなーと思って」
そう言われて、私は急にテンションが上がった。
そして梶先輩の肩についているぼんやりした黒いものを「あ、埃が…」と言いながら軽く叩いて落としてみた。パラパラと落ちていくが、また付きそうな気がする。梶先輩は営業で女性だから色々思われることも多いのだろう、と思う。
「先輩、今度、神社行きませんか?」と私は言った。
「なになに? 神社? 流行ってるの?」
「そうなんです。それと…近くの和スイーツ食べたくて」とふんわり女子を演出してみる。
「ふーん。神社ねぇ。出世祈願に行こうかな。十子は縁結びでしょ?」
「はい。早く結婚して、いい奥さんになるのが夢です」とにっこり笑ってみる。
吉永さんに「伝われ」と願いながら。
「ほわほわした奥さんになりそうだなぁ」と他人事のように言われた。
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