私を呼ぶ声
第42話
真っ赤な絨毯が敷かれた長い廊下。やはり仕事場の屋敷より遥かに大きい。燈は口をぽかんと開けながら歩いていた。
「いやー、本当にすごいね! まさか異世界があるなんてさ!」
その廊下を大股で歩くウーラが、前を見たまま燈に話し掛ける。
「そうですね…。私もびっくりしました」
長い足でそんなに早く歩かれると、ついていくのに精一杯でありきたりな返事しか出来ない。城に仕える者としてスピードは大事だから、ウーラにとっては普通の速度なのかもしれない。
「ねぇ、こことあなたの世界って何が違うの?」
「そうですね……」
大まかな話をすれば、ウーラは声を弾ませて色々質問をしてきた。ラビィやリック達に何度も説明をしているが、燈は億劫だとは思わなかった。自分の世界がこんなにも人を驚かせ、興味を持ってもらえるのがとても誇らしかった。たくさん話していたら、自分の世界がとても懐かしく思えた。
皆何をしているのだろうか。祥子は魔女ガールくぅちゃんのグッズのアイデアを出すのに奮闘しているのだろうか。瀬野は同じ部署の人と飲みにいったりしているかもしれない。部長は今日もあの応接室で打ち合わせをしているのかもしれない。
(あぁ、みんなに会いたいなぁ。こんなにも仕事場が恋しくなる日が来るなんてなぁ)
燈が自分の世界に思いを馳せている時だった。
『来たのね』
「………え?」
綺麗な声色が、燈の聴覚をくすぐった。
「ウーラさん、今何か言いました?」
「え、言ってないよ?」
ウーラは前を向いたまま返事をした。この長い廊下には、燈とウーラしかいない。空耳かと不審に思いながらも気に止めないようにする。
『ようこそ、ミレジカへ』
違う。空耳ではない。脳に直接響く声。燈の足は自然に止まっていた。
『待っていたわ……あなたを、ずっと』
綺麗なソプラノの声だ。何処かで聞いた事がある気がした。けれど、思い出せない。自分の心の声しか聞こえないはずなのに、他の人の声が響いていて……まるで誰かに心の中を覗かれているような感覚になる。
「だ、誰……?」
周りをグルリと確認しても、声の主は見当たらない。ウーラは燈が止まった事に気付かずに、先へ行ってしまった。燈しかいない。それなのに、
『私が誰かなんて、気にしなくていいのよ』
声が、聞こえる。優しくも冷淡にも聞こえる女の人の声が。
「な、何で声が聞こえるの………」
『フフフ。怯えているの?可愛いのね』
声の主がクスクスと笑っている。怯えている原因が姿の見えぬ自分のせいなのに、まるで他人事のよう。
『怯えも、戸惑いも必要ない。あなたは、与えられた役割を果たせばいいの』
与えられた役割。それは会社の出張の事を言っているのだろうか。
「私の役割は……ミレジカで創造力を豊かにする為……」
『違うわ。あなたはそんな事でここに呼ばれたわけではない』
思わず漏らした燈の言葉に、声は不満そうに言った。
「……どういう、事ですか?」
(何故、この人はそんな事を言うの…? 一体誰……?)
この人の声を聞いていると、頭がぼぅっとしてきて、思考が回らなくなってくる。まるで、催眠にかけられているような。
声の主は突然、歌うように声を紡ぐ。
『燈。あの人の遣いとしてミレジカにやってきた燈。私はあなたを待っていたの。あなたが疑問に思う事は何もない。さぁ、あの人に渡されたものを頂戴……?』
「あの人って……だれですか」
頭がくらくらする。座りたい衝動にかられたが、何故かそうする事が出来なかった。
『あなたがよく知っている人でしょ?』
「………しっている、ひと」
それだけじゃ、分からない。声の主は燈が知っているのを承知で声を掛けてきているようだが、あいにくさっぱり分からない。私は知りませんよ、と言いたいのに、それは声にならなかった。
『さぁ、私の所へおいで……』
優しい声色で、姿の見えぬ彼女はそう言った。こんな得体の知れない彼女の誘いに、どうしたら乗るというんだ。………それなのに。燈の意思関係なく、身体はクルリと踵を返し、ウーラの去っていった方とは逆方向を歩きだしたのだ。
(あれ……何で私はこっちに………ウーラさんの後に続かないといけないのに………)
頭がぼうっとして思考がついていかない。まるで糸で操られる人形のように、おぼつかない足取りで進む。
『暗い、暗い。闇の中。私はあの人を待ち続けている』
脳裏に響く声しか聞こえない。周りの景色も目に入らない。
『私はあの人をいつから待っているの? ここは何も見えなくて、あなたの幻すら視界に入らないの』
城の中だというのに、誰ともすれ違わない。ウーラも戻ってこない。
早く、行かなくては。燈の思考は、いつの間にか声の主の元へ行かなくてはいけない……という使命感に刷り変わっていた。
『さあ、さあ。失われた時間を取り戻してきて』
燈の足がピタリと止まる。目の前にあるのは……地下へ続く階段。廊下は赤い絨毯で敷き詰められているというのに、その階段からは石造りになっていて何処か冷たい雰囲気を漂わせていた。
そしてその階段の先を行かせまいと、南京錠のかかった鎖が幾重にもなって塞いでいる。まるで、この先のものを封印しているかのように。誰も、ここへ近付けさせないように。
『私にあの人を』
自然と手が伸びた。太い鎖は燈の力ではとても切れない。……はずなのに、何故か出来るような気がした。虚ろな目で鎖を見つめる。
『ちょ う だ 』
燈の手が、鎖に触れた。
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