第41話
「リュ、リュラジョー?」
リュラの無言の迫力に、ラビィが一歩身を引く。別に威嚇されたわけではないのに、ラビィも燈もリュラに恐れを抱く。彼女の姿が、一瞬だけ何倍もの大きさの龍に見えたような錯覚を覚えた。……だが、その迫力はすぐに消え。リュラの赤と紫の混じった瞳が、フと細まった。
「ああ、すまんな。ヒュウは今、病に伏せていてな」
「えっ!?」
穏やかに発せられた言葉に、燈とラビィは同時に声を上げた。王が病など初耳だ。国を納める王の一大事は国民に知らされてもおかしくないのに、ラビィの反応から、ミレジカの住人の誰にも伝わっていない事が分かる。
「リュ、リュラジョー…病気って…どういう事!?」
現に、ラビィは酷く動揺している。赤い瞳はせわしなく動き、口は聞きたい事がありすぎて言葉を出せずにただ開閉するだけ。それに反して、妻のリュラは冷静で。ラビィを落ち着かせようと、彼女の背中を優しく叩いた。
「あぁ、大した事はないんだ。顔に湿疹が出ただけだから」
「そ、そうなんだ…。大丈夫なの?」
「ああ。パレードも参加してもらう。…あいつも王だ。たまには姿を見せないと、皆が不安に思うだろう?」
リュラがそう言うと、ラビィはようやく安堵のため息を漏らした。それはそうだ。王がいなかったら、ミレジカは混乱していまう。先程のラビィのように平静を保てなくなる。女王が冷静でいられるのだから、王は軽い病なのだろう。
会えないのは残念だが、ヒュウの病気が軽いならば良かった。そう思って微笑する。
燈は、凛と振る舞うリュラの瞳の奥の哀しみに気付く事が出来なかった。
「まあそれより。私はお前達に頼みたい事があるんだ」
話題を無理矢理変えるリュラ。少し違和感を覚えながらも、燈達はそれ以上言及しなかった。
「あ。私達、何をお手伝いすればいいのですか…?」
そういえばすっかり話が逸れてしまっていた。尋ねると、リュラの赤い唇がつり上がった。
「これはお前達にしか頼めない事なんだ」
その表情は、初めて会った日、女王だと隠していた時とそっくりだった。
「……私達にしか?」
「男どもには頼めない事だ」
そう言うと、リュラは二人の肩を掴み、不敵に微笑んだのだった。
*****
「あ、あのっ……リュラさんっ…」
「ふむ。こういう感じに見えるのか」
燈の姿を見、リュラは満足そうに頷いた。
「わー、燈綺麗! 私もどうどうー?」
ラビィが嬉々としてクルリと回る。
「ラビィも似合っているぞ」
戸惑う燈の代わりにリュラが肯定した。
真っ赤な顔で恥じらう燈と喜びを露にするラビィ二人の身はドレスに包まれていた。燈は真っ赤できらびやかなドレス。胸元が開いていて、ルビーの宝石が埋め込まれたネックレスがやけに目立つ。ラビィは桃色のフリルがふんだんにあしらわれたドレスだ。白く長い髪には赤いマーガレットのような花が飾られていた。
「助かったよ。どのドレスにしようか悩んでいたのだが……鏡で自身の姿を見てもしっくり来なくてな」
リュラが頼んできたのは……明日のパレードの衣装あわせだった。たくさんの衣装が並べられた部屋に通されたかと思うと、後ろに控えていた女の人間の従者に有無を言わさず着せ変えられたのだ。ラビィは喜んで跳ねて回っているが、燈は恥ずかしさのあまり顔が燃えそうなくらい熱くなっていた。
(こ、こんな格好……学生の時だってした事ないよ……!)
胸元が開いているのが落ち着かなくて、両手を胸の前に持っていっていた。
「うーん、この紫のドレスの方がいいか? 燈、これも着てくれるか」
リュラが手に持っていたドレスを前に差し出すと、従者が素早くそれを取り、燈に近付いた。実はこれで三着着せ変えられている。一着着るだけで体力を使うので、燈はもうへとへとだった。
「では、こっちへ」
笑顔の従者に連れられ、燈は衣装部屋の隅にある試着室へ入った。分厚いカーテンが閉められ、従者が器用に燈のドレスを脱がしていく。
「あのぅ…もう少し締め付けを緩めてくれませんか…?」
「駄目よ! 少しでも緩めたらずり落ちちゃう!」
燈の要望をきっぱりと断る従者。燈より幾つか歳上だろうか。茶髪を一つに纏め、ウェイターのようなベストとスラックスを穿いている。獣耳は生えていないので、どうやら人間のようだ。まさしく仕事の出来る女性に見える。てきぱきと動く従者を見ていたら、ふと先輩の祥子の姿と重なった。
(祥子さん、元気にしているかなぁ……ここに来てからほとんど話していないや…)
「はい、じゃあ締めるよ!」
物思いに耽っていると、思い切り締め付けられた。
「いっ…いたたっ!」
「はい! これで完成ー」
従者はカーテンを開けると、燈の手を取ってリュラの元へと誘導した。
「どうかな、女王。紫も結構綺麗だと思うけど?」
「うむ…。確かにいいな」
リュラは顎に手を当てて唸った。
「わっ! 燈超綺麗!」
ラビィは赤目をキラキラと輝かせてピョンと一跳ねした。ちなみにラビィは先程のドレスのままだ……いや、燈が三着着せ替えられている時もずっとこの格好だ。
リュラの着せ替え人形は実質燈だけだ。最初から燈のみを衣装あわせに使うつもりだったのだろう。
きゃぴきゃぴとしていて身長の低いラビィより、落ち着いていて平均身長くらいある燈の方が参考になる。あの桃色のドレスは、きっとラビィの為に用意されていたのだろう。フリフリのドレスを着たリュラが全く想像できなかった。
「随分疲れているな」
「……着るだけでも、こんなに体力を使うんですね」
ぐったりとしながら言うと、リュラは苦笑した。
「私もドレスはあまり好んで着ないんだ。苦しくて、息が詰まる」
「えー、そう? 可愛くて最高なのに!」
くるりと一回転して、ラビィは暢気に言う。可愛いもの好きのラビィにとって、ドレスは憧れの一つなのだろう。
「少し気晴らしをしてくるといい。ウーラ、中庭でも案内をしてやってくれ」
「はーい、じゃあこっちにどうぞ」
ウーラと呼ばれた従者は、燈を手招きした。
「え、いいんですか?」
戸惑いながらもウーラの側に寄り、燈は女王を上目遣いで見つめる。
「ああ。途中で倒れられても困るしな」
「ありがとうございます!」
休憩をいただけるのは嬉しい事だし、何よりこの大きな城内に興味がある。疲れた事も忘れて、燈は破顔した。
「燈が行くなら私もー!」
ラビィも挙手して立候補するが、「寂しいな、私を一人にするつもりか?」という女王の言葉で、「じゃあリュラジョーといるー!」と一瞬で自分の意見をねじ曲げた。
「……というわけで、燈。ウーラと二人で行ってきてくれ」
「はい、行ってきます!」
燈は胸を弾ませながら、ウーラの後へ続いた。
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