第40話

馬車に揺られて数十分。小窓から流れる景色をラビィやリックとはしゃぎながら見ていたので、あっという間に感じられた。


「もうレイアスに入ったよ」


ウィルがそう言ったので景色を確認してみると、レイアス特有の白い建物がチラホラと見えた。清潔感漂う、 白塗りの建物。オロロンを探しに行ったりラビィとペンキ塗りに行ったり。この短期間でレイアスに何度も足を運んでいたが、それでもこの町の綺麗さに見とれてしまう。


「相変わらず綺麗だよね、レイアスって!」

「綺麗すぎて落ち着かないけどねー」


景色を見てキラキラと目を輝かせるリックとは反対に、苦虫を噛み潰した表情のラビィ。確かに綺麗だがラビィの言う通り、あまりにも綺麗すぎて、ここに住んでいたら汚さないように毎日神経を尖らせてしまいそうだ。ラビィの呟きに、ライジルがハンッと鼻を鳴らした。


「そういう事を言う奴は大体部屋が汚ねぇんだよ」

「んなっ! そ、そんな事ないに決まっているでしょ!?」


ラビィは直ぐ様否定するが、目が泳ぎまくっている。そしてその言葉は、もう一人にもダメージを与えていた。


(……確かに部屋、汚い……今度、ちゃんと掃除しよう)


燈は密かに決心をした。

その時、馬車のスピードが緩まり、ピタリと止まった。


「着いたよーシェルちゃーん」


前方から聞こえた間延びした声が到着を知らせた。


「ありがとう! ウーちゃん、マーちゃん!」


そう礼を言うと、シェルバーは立ち上がって馬車の扉を開いた。その肩にはちゃっかりオロロンがしがみついている。


「じゃあ、みんな。着いたから降りて!」


シェルバーに促されて、燈達は馬車から降りた。


「……うわぁ」


目の前にある城の大きさに、燈は思わず感嘆の声を上げる。門の前まで来た事はあったが、こんなに近くで見ると、やはり迫力がある。

とあるテーマパークに比べれば豪華さは無かったが、質素な中に威厳を感じさせるような城だった。庭園は屋敷の何倍もあって、真ん中には白馬の彫刻があり、それを囲むように噴水が設置されていた。


「じゃあこっちへどうぞ。女王が待ってるよ」


シェルバーに案内され、燈達は城の中へ足を踏み入れた。


「……すご」


内装はとてもきらびやかだった。屋敷の物より何倍も大きいシャンデリア。床には赤い絨毯が敷かれており、目の前の階段に続いている。

壁には大きな絵画が飾られていた。銀色の龍がこちらを真っ直ぐに見据えている。赤いような紫のような不思議な色の瞳は優しそうに目を細めているように見える。何処か神々しさを感じさせる龍の美しい姿。燈は不思議の本に書かれていた物語を思い浮かべた。

階段を上がり、長い廊下を歩いていると、様々な獣人とすれ違った。王の従者だろうか。シェルバーのような軍服を着た獣人や、メイド服を着た獣人。彼らはシェルバーを見ると、会釈をする。シェルバーはそれにニコリと笑って応じていた。


「…ねぇ、シェルバーって偉いの?」


燈はこそりとウィルに尋ねる。


「まぁ、リュラの側近だからね。普通の従者よりは偉いんじゃない?」

「そ、そうなんだ……」


自分より少し年上だと思っていたのに、そんなに重要なポストについているなんて。最初に会った時は、そんなに偉そうに見えなかったのに、と失礼な事を思いながら、燈はまじまじとシェルバーの後ろ姿を見上げた。


「ここで女王が待っているよ!」


シェルバーが止まったのは、一際大きい扉の前。燈の身長の二倍以上はありそうだ。


「オロロン、ちょっと降りていてね」

「わかったろん!」


シェルバーはオロロンを肩から降ろすと、大きな扉を強めにノックした。


「女王。みんなを連れてきたよ」

「そうか、入れ」


扉の中から、凛とした声が聞こえた。女王と知ってから会うのが初めてだったので、燈の心臓は緊張で高鳴っていた。シェルバーは大きな扉をゆっくりと開くと、燈達に入るよう促した。

どうやら王室のようだ。何十人ものの従者達が部屋の隅に立っている。壁には高価そうな絵画や剣、盾が飾られていた。

広々とした部屋の奥には、王座が二脚設置されており、その片方にリュラが優雅に座っていた。


「突然呼び出してすまなかったな」


リュラは髪を下ろしていて、ライダースーツではなく、朱色のドレスに身を包んでいた。頬と胸元の鱗が銀色に輝いている。髪を下ろしたせいか、頭に生えた二対の角がやけに際立っていた。リュラの美しさに、燈は見とれてしまう。


「リュラジョー! 久しぶりー!」

「すごい綺麗ー!」


リックとラビィが嬉々とした様子でリュラに駆け寄った。


「久しいなリック。少し大きくなったか?」

「まあね!僕、成長期だもん」


えへんと胸を反らすリック。


「ラビィは…そんなに久しぶりではないな」

「この前会ったもんねー!」


いひひ、と悪戯っ子のように歯を見せて笑うラビィ。二人とも、リュラさんの事が好きなのが伝わってくる。出遅れた燈は残りの男達と入り口の所で遠目から三人が仲良く話す光景を見ていたが、ふとリュラの瞳が燈を捉えた。


「燈、よく来てくれたな」

「ふ、ふぁい!」


いきなり話し掛けられたので、燈は背筋をビシッと正して間抜けな返事をしてしまう。隣のウィルがクスクスと笑っているのが視界の端に映った。そんな彼を一睨みしてから、燈はリュラに近付いた。

リュラも立ち上がり、燈に歩み寄る。妖艶な赤い唇が、悪さを覚えた幼子のようにつり上がっていた。


「流石にもう私が何なのか分かっているだろう?」

「……はい。女王様、なんですよね?」

「あぁ。改めてよろしくな、燈」


リュラはややつり上がった目を細めて柔らかく微笑んだ。その美しさに、同性の燈でさえ胸が高鳴ってしまう。


「よ、よろしくお願いします…」


緊張でどもってしまった。世界は違えど国を治める王様に会うなんて誰が思うだろう。どう対応したらいいのか全然分からない。困惑したまま視線をさ迷わせている燈の隣で、全く動じていないウィルがのんびりと口を開いた。


「リュラ。私達を呼んだのはパレードの件かな?」

「あぁ。パレードの手伝いをしてほしくてな」

「パレードの手伝い? 楽しそうー!」


リックが肉球のついた手のひらを見せてはしゃぎだす。


「楽しそうだろん! その…えーと……とにかく楽しそうだろん!」


オロロンも一緒になって喜んでいたが、多分彼はシェルバーに気をとられて話を聞いていなかったので、とりあえず楽しい事があったのだろうと思っての行動のようだ。しかし、一人腕を組んで仏頂面のライジルは細い眉をひくりと跳ね上げた。


「あぁ? パレードの手伝いって何するんだよ。レイアスとトナマリの橋を架ける事以外にやる事あるのか?」


ライジルが引き受けた橋の建設の依頼は、パレードの為に架けられたようだ。女王はライジルの方に目を向けると、目を細めて微笑んだ。


「橋の件では世話になったな、ライジル」

「……礼を言われる程の事じゃねぇよ」


ぷいとそっぽを向くライジル。その頬がほんのり赤くなったのに、一番遠くにいたはずのラビィだけが気付いた。


「今日はパレードの総仕上げだ。それを手伝ってほしいんだ」

「具体的には何をするの?」


リックが真ん丸の目でリュラを見上げる。


「男はシェルバーに、女は私についてくれないか」

「あ、じゃあ男は早速来てもらえるかな! 詳しくはあっちで説明するから!」


リュラに顎で命令されたシェルバーが大きく手を振って男に来るように促す。ウィル、ライジル、リック、オロロンはバスガイドのように先導するシェルバーについていき、王室を出ていった。


「では燈とラビィは私の手伝いをしてもらおうか」

「は、はい!」


女王直々の頼みを聞く事になり、燈は緊張のあまりビシッと敬礼をするという謎の行動を起こしてしまう。リュラは肩を震わせて笑いを堪えながらガチガチの燈の肩を叩いた。


「そんなにかしこまるな。今は女王だが、昔は荒野に住んでいたただの龍だぞ」

「……荒野?」

「あぁ。私は荒野で一人で住んでいたんだ。何もなく、不毛な地で孤独な毎日を過ごしていたんだ」


赤と紫の混じった瞳が細められる。遠い日を憂いているのだろうか。荒野。脳裏に浮かぶのは、セイラから受け取った不思議な本。


(やっぱり、あの本の龍はリュラさんの事……?)

「あれー? リュラジョー、ヒューオは? てっきりヒューオもいるかと思ったんだけど…」


辺りをぐるぐると見渡していたラビィが突然そんな事を言う。

  ヒューオ。ヒュウ王。リュラの旦那であり、彼女と共にミレジカを治める王。確かに王座は二脚あるのに、ヒュウの姿は何処にもない。シェルバーの案内する先にでもいるのだろうか。


「……」


リュラは何も言わない。口元は弧を描いているが、赤と紫の瞳が笑っていない気がした。

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