第39話
支度をして外に出ると、みんな玄関前に揃っていて、燈は慌てて階段を駆け降りた。
「あ、燈おはよー!」
一番始めに燈に気が付いたのはラビィ。ラビィの目は若干腫れていたが、いつもの元気な彼女に、燈は安心した。
「おはよう、ラビィ」
「燈が一番最後だよ! 全く、燈はお寝坊さんだなぁー!」
そう言いながら燈に抱きつき、言葉とは裏腹に破顔する。フローラルのような可憐な香りが燈の鼻孔をくすぐった。
「あは、ごめんごめん」
ぽんぽんと頭を撫でると、ラビィは嬉しそうに身を捩った。
「その様子だと仲直り出来たみたいだね!」
ラビィと話に華を咲かせていると、野球帽を被った犬の少年リックがひょこりと現れた。昨日はリックにも迷惑をかけてしまった。ラビィから離れると、燈は屈んでリックと目線を同じにした。
「うん。心配かけてごめんね」
「フン、全くだ」
応えたのはリックではなく、ライジルだった。ライジルは不機嫌そうに腕を組み、こちらを横目で睨んでいた。金の髪は昨日の夜と違い、逆立っている。何故かラビィが顔をしかめてライジルから顔を背けた。
「ライジルも、ありがとう」
礼を言うと、ライジルはふんっと鼻を鳴らした。
「オロロンは?」
辺りを見渡すが、黒いペンギンのようなオロロンの姿がない。
「オロロンはお兄ちゃんにベタベタだよ」
リックはイタズラっ子のような笑顔を見せると、ドアを開けて外を見るよう促した。
朝の陽が眩しくて、燈は目をすぼめた。広大で綺麗に整えられた庭園。芝生は青々と輝いていて、花壇には鮮やかで奇妙な花々。これを強面のライジルが整えているのだから驚きだ。
「久し振りだろん、シェルバー!」
そんな庭園の真ん中で嬉々として叫ぶのは……オロロン。オロロンは金髪の青年の胸の辺りにしがみついていた。
「あはは、元気そうだなオロロン! 少し大きくなったか?」
金の髪に藍色の瞳の、精悍な顔をした男は顔を綻ばせてオロロンの頭を撫でていた。群青色の軍服のような服を着ていて、頭には服と同じ色のベレー帽。
左腕は腕から手首にかけて鳥の羽が生えている。
爪は鷲のように鋭い。その爪でオロロンを傷付けないように、腰辺りにそっと手を当てていた。
「あの人は確かリュラさんの…」
「シェルバー。女王の家来だよ」
いつの間にか背後にいたウィルが補足してくれた。
「皆揃ったようだね。今日は女王から直々に依頼が来たから皆で城に行くよ」
皆に外へ出るよう促し、全員庭園へ出る。
「リュラジョーから?」
「そう! 明日のパレードの準備の手伝いに来て欲しいんだ!」
ラビィが尋ねると、答えたのはシェルバーだった。その腕には未だに弟のオロロンが居座っている。
「シェルバーはわざわざここまで迎えに来てくれたんだよ」
女王の部下が直々に。脳裏に、紅い髪の美しい龍の女王が過った。またリュラに会える。そう思うと緊張と嬉しさで胸がドキドキしてきた。
「馬車を用意したから、それに乗って移動してもらうよ!」
それを聞いて、燈の瞳がキラキラと輝き出した。
「えっ、かぼちゃのですか!?」
乙女の夢の馬車。馬車の先には王子様が……興奮して、シェルバーに詰め寄ってしまう。シェルバーは燈の勢いに若干引き、腕の中のオロロンはビクビクと怯える。
「い、いや…。普通のだよ。かぼちゃの馬車が良かった?」
「駄目だよ燈。かぼちゃの馬車は旬が過ぎたから異臭がするよ」
「……いえ、普通でいいです」
またもウィルに夢をぶち壊され、燈はがっくりと肩を緒としたのだった。
「わ、すごい!」
植木のアーチをくぐって屋敷の敷地内から出たすぐ側に、馬車があった。白く丸みを帯びたフォルムで、いかにもおとぎ話で出てきそうな馬車だ。白馬が二頭繋がれている。かぼちゃでなくても、この馬車なら素敵な場所へ連れていってくれそうだ。
「さぁ、乗って乗って!」
ぽーっと馬車に見とれていると、シェルバーに肩を押され、 燈は慌てて中へ入った。外見では小さめに感じたが、中に入ったら意外に広く、丁度六人入れそうだ。椅子は少し固かったが、それほど気にならない。
「馬車なんて久しぶりだなぁー」
そう言いながら、ラビィは燈の真正面に座った。
「え、ラビィって馬車に乗った事あるの?」
「当然だよ! ミレジカじゃあ一番速い移動手段だもん。燈の世界には馬車が無いの?」
「あるにはあるけど……滅多に乗らないよ」
自分の世界には馬車よりも遥かに速い移動手段がたくさんある。その事実を知らないラビィは、少し誇らしげに「燈の世界は不便だねー」と言った。
「燈の世界には車や電車があるからね。私は車しか見た事が無いけど」
燈の隣に座ったのはウィル。ウィルは唯一燈の世界を知っているので、たまにフォローをしてくれる。
「え、クルマ? デンシャ? 何それ!」
それに飛び付いたのはリック。ラビィの隣に座り、目の前のウィルに輝かんばかりの眼差しを送る。
「……ふぁ」
ウィルが乗り物の説明をしている時に、熱心に聞くリックの隣でライジルが退屈そうに欠伸をした。
「みんな乗ったね。じゃあ出発しよう!」
最後に乗り込んだシェルバーがウィルの隣に座り、オロロンはその膝の上に乗っかった。それを見、燈は不思議に思った。
「あれ……シェルバーさん、馬を引かないんですか…?」
てっきり、シェルバーが馬の綱を引いて操るのかと思っていた。彼の他に誰かいるのだろうか、と思っていると、シェルバーが目を丸くさせて首を捻った。
「ん、馬を引く?」
シェルバーの態度に不安を覚えると、ウィルが燈の耳元に顔を近付けて囁く。
「燈、あの馬は王様の専属の従者なんだ。ミレジカの動物は喋る事を覚えているかい? 彼等も喋り、働いているんだよ」
そういえばそうだった。脳裏に適当な猫のミケの姿が過った。それにしても、耳元で囁くのは止めてもらいたい。燈の顔はリンゴのように真っ赤になってしまっていた。
「じゃあ、ウーちゃん、マーちゃん。よろしく」
シェルバーが小窓を開けて誰かに声を掛けると「はいよーシェルちゃーん」「それじゃあ、出発ー」と間の抜けた二つの声が聞こえた。それと同時に、馬車が動き出す。
「あれ、今のは……」
「白馬の二頭だよ。左がウーちゃんで、右がマーちゃん。二人は兄弟なんだ」
人懐こい笑みを浮かべながら、シェルバーが教えてくれる。シェルバーは普通にしていれば顔立ちの整った凛々しい男なのに、表情がコロコロと変わる。
口調も明るく、優しいのでかなりのギャップがある。恐らく自分より年上なのだが、そのせいで自分よりも幼く見えた。髪型もアシンメトリーでお洒落だし、燈の世界に来たらかなりモテそうだ。
「燈……だっけ。俺の顔に何か付いている?」
顔を観察しすぎたようだ。シェルバーは困惑した表情で頬を掻いている。
「あ……ご、ごめん」
慌てて顔を逸らそうとした時、ふとウィルが目に入る。ウィルはシェルバーの方を向いていたのでどんな表情をしているのか、ここからは見えない。だが、何故かシェルバーが彼の顔を見て、頬をひきつらせていた。
「う、ウィル……何…?」
「うーん、顔には何もついていないよ?」
声色はいつもと同じく優しい。
「お、おろろーん。ウィル怖いろーん」
だが、兄の膝の上にいるオロロンがボロボロと涙を溢した。
何故ウィルがそんな顔をするのだろう。困惑していると、シェルバーの真向かいに座っていたライジルが舌打ちをした。
「……おい、ウィル。気に食わねぇからってその顔をすんのは止めろ」
「あぁ、ごめんね。怖がらせるつもりはなかったんだけど」
ウィルはいつもの穏やかな調子で言うと、体勢をリックと向き直る形に戻した。灰色の魔法使いの視線から解放されたシェルバーは安堵のため息を漏らして、未だに泣いている弟のつるんとした頭を撫でた。
「……」
彼の横顔はいつも通りの優しい表情だ。その顔を、燈は訝しげに見上げる。そんなに怖い顔をしていたのだろうか。ウィルの怖い顔は見た事がーー
『これ以上言うと……豚にして踏み潰すよ?』
「……あっ」
冷淡な声を思い出してしまい、燈の身体が強張る。もうひとつの、ウィルの顔。笑顔の裏にある、底知れぬ闇。一度しか見た事がないが、それでもあの冷酷な瞳は胸の中に刻まれていた。
(あの冷たい瞳を、またしていたの?)
「どうしたの、燈?」
ウィルの声で、ハッと我に返った。どうやら今度はウィルを凝視していたらしい。不思議そうにこちらを見る蒼い瞳と目が合った。その瞳はいつものように優しく、澄んでいる。
「えっ、と……何でもないよ!」
「そう?」
慌てて顔を逸らす燈。明らかに何かを隠しているのに、ウィルは特に問いただす事もしなかった。
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