第36話

最後のページを読み終え、燈は 本をパタリと閉じた。

何だか、不思議な話だった。人間が、龍に恋をするなんて。ミレジカでは種族が違っても恋が芽生えるのか。それにしても。燈はもう一度ページを捲り、童話の挿し絵をまじまじと見つめた。

この、出てくる銀色の龍。思い浮かぶのは、ミレジカの女王だ。ライダースーツを着、右頬に銀色の鱗があるリュラ。この龍とリュラには共通点が多い。龍、銀色。………そしてミレジカの女王。

偶然にしては、口調も何処と無く彼女のものに似ていた。この童話は……リュラの事を書いているのだろうか。という事は、リュラは元々人間の姿をしていなかったという事。

それともう一つ気になる事が。この、後味の悪い終わり方だ。幸せでした、で終わらせればいいのに、最後の一文が童話の雰囲気全てをぶち壊している。


「……どういう事、なのかな?」


次のページを捲っても、物語の続きは無い。ただ白紙が続いている。そんな読者をもやもやさせる終わり方でいいのだろうか。燈は文章を書くのは得意では無いが、自分ならもっと綺麗に終わらせる事が出来るだろうと思った。……それとも、この一文には何か重要な意味を持っているのだろうか。考えれば考えるほど、答えは見つからなくなっていく。燈は「ううう…」と呻いて頭を抱えた。


『これは持ち主が知るべき物語を見せる不思議な本』


ふと、妖精のセイラが言っていた事を思い出す。


「私が知るべき物語……」


龍に恋した王様。この物語が、燈にとって知らなくてはいけないもの。それは、一体どういう意味だろうか。

リュラのものにみえる、この物語も。嫌な予感を思わせる、この終わり方も。この物語が本当にリュラの過去を表しているものだとすると……結末が分からないが、リュラは辛い思いをしているのだろうか。王のヒュウの姿は見た事ないが、王に呪いがかかったという事は……ヒュウに何かが起きたのだろうか。

ウィルに聞いてみたら分かるかもしれない。この本を魔法使いが作ったものというのなら、同じウィルなら分かるかもしれない。………いや、でもそうなるとどうしてこの本を持っているかと問われると、セイラの事を話さなくてはならなくなる。それは駄目だ。


「……」


この本の物語。どういう意味なのか、セイラに後で聞いてみよう。そう思い、本を閉じた時だった。


「燈……?」

「!!」


名を呼ばれ、燈は勢いよく顔を上げた。そこには、ラビィの姿があった。何故か顔や服が土埃で汚れている。ラビィは驚いた表情を見せたが、すぐに赤い目を伏せた。たくさん泣いたのだろう。瞳だけではなく、目の回りも真っ赤になっていた。


「あ、ラビィ……!」

「……」


燈は本を階段に置いて立ち上がる。ラビィは両手を後ろにやり、何かを躊躇しているように見えた。


「あの、ラビィ……」


さっきはごめん。そう言おうとした時……ラビィが手に持っていた物を燈に向けて勢いよく差し出した。


「あ、それは……」


ラビィの手中には、色とりどりの花が握られていた。20輪はあるだろうか。そして、その全ての花は……花びらをパクパクと口のように動かしていた。


「これ……もしかして、全部おしゃべり草……?」

「……イロノ草原で探して来たの。……でも」


ポロリ、とラビィの瞳から涙が零れた。声もじわじわと震えてくる。


「赤いおしゃべり草が……見つからなくてっ……こんなので許してもらえると思えないけどっ……」


ラビィの瞳から止めどなく、涙が零れていく。その涙が、おしゃべり草を濡らした。


「本当にごめんね、燈……」


ごめん、ごめんと涙も拭かずにひたすら謝るラビィ。その姿に、胸が締め付けられた。ラビィをここまで追い詰めたのは自分だ。心無い一言で、ラビィを傷付けた。燈は首を左右に振ると、彼女の肩を掴んだ。その肩は僅かに震えていた。


「私の方こそ……ごめん。ラビィは何にも悪くないのに……私の勘違いだったの……なのに……こんなにもラビィを傷つけて……」


燈の瞳からも、涙がポロポロと零れた。堪らず、ラビィの身体を抱き締めた。


「……許して……くれる……?」


か細い声に、燈は何度も首を縦に振った。燈がミレジカに来た時、誰よりも喜んでくれたのはラビィだった。そして燈も、ラビィの明るさと人懐こさに救われていた。不安だったミレジカの生活で、ラビィの存在がその気持ちをどれだけ和らげた事か。


「ううぅ………燈ぃ……」

「……ラビィ……っ」


二人はその場でしばらく泣き続けた。


泣いて泣いて泣き続けて、気付けば二人とも目が腫れ鼻が真っ赤で。酷い顔になっていて、顔を合わせた二人はどちらとともなく噴き出した。


「燈、酷い顔」

「そっちこそ」


鼻を啜りながら、燈はラビィの手中にあるおしゃべり草を撫でた。


「私の為にこんなに摘んでくれたんだ……」


パクパクと口を動かす姿は、色は違えど花壇に植えられていた物と変わり無い。


「うん……。赤いおしゃべり草が無かったのが残念なんだけど……」

「ううん。ありがとう…。これ、貰ってもいい?」

「うん! ……あ、ちょっと待って」


ラビィは黄色のおしゃべり草を一輪だけ引き抜き、燈に手渡した。


「一輪だけ私に頂戴。……これを渡したい人がいるの」

「……渡したい、人?」


おしゃべり草の花束を受け取りながら、燈は不思議そうに首を傾げた。


「……この色と同じ髪色をした奴にだよ」


言いにくそうに、ラビィが遠回しに言ったが、この鮮やかな黄色の髪色を持つのは一人しかいなかった。虎模様の彼だ。


「……あいつの大切にしているの、食べちゃったから……。多分許してもらえないと思うけど…」

「そんな事無いよ。ライジルは許してくれる」


ライジルは、きっと許してくれる。彼はああ見えて心優しい人だ。短い付き合いでも、それはひしひしと伝わっていた。


「うん…。そうだね……」


それはラビィも分かっているようで、ゆっくりと肯定した。


「……本当に、あいつは優しすぎて……困っちゃうよ」


ラビィはおしゃべり草を握って、唇を噛み締めた。


「……?」


彼女の言っている意味が分からず、燈は再度首を傾げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る