第33話
「でも……!」
「この土地に慣れていないのだから、無闇に外に出てはダメよ」
そう言われ、ピタリと動きを止めて下唇を噛む。ミレジカの土地勘が無い燈が闇雲に探し回っても、道に迷って帰れなくなってしまうだけ。
「でも……ラビィが……」
自分のせいで傷付き、一人で泣いている。そう思うと、ジッとしていられない。早くラビィの元へ行って謝りたい。また、一緒に笑い合いたい。燈の視界の中でセイラは首を振った。
「虎の彼が追いかけたから大丈夫よ。彼が連れ戻して来るまで待って」
「ライジルが……」
ライジルならきっと、ラビィを連れ戻して来てくれる。喧嘩ばかりしている二人だが、燈はそう感じた。
「今日は遅いから、屋敷の中で待った方がいいわ」
「……うん。そうする」
玄関前で待っていよう。そう思って立ち上がる。
「セイラはどうするの?」
「私は帰るべき場所へ戻るわ。ここは私の居場所ではないもの」
「……そう」
燈以外の人には存在を知られたくないセイラ。ここの人達と何かあったのかだろうか。それとも、他に理由がーー
「……あの、セイラ」
「気が向いたらここに来てくれる? またあなたと喋りたいわ」
「あ……うん」
聞きたかったが、タイミングを失ってしまい、燈は曖昧に微笑んだ。
「じゃあ、またね燈」
「うん、またねセイラ…」
ふよふよと宙に浮くセイラに軽く手を振って別れを告げる。二度と会えないと思っていたセイラ。そのセイラとまた会う約束が出来、燈は酷く安堵した。
さあ、早く玄関に行ってラビィとライジルの帰りを待とう。そう思って小走りをしようとした時だった。
「ちょっと待って燈」
ふと、セイラに呼び止められた。
「どうしたの、セイラ……」
振り返ると、宙に浮いたセイラの手にはいつの間にか藍色の箱の様な物が。セイラの顔くらいのサイズの長方形のそれを、燈に差し出した。
「これをあなたにあげるわ」
「え、私に……?」
セイラに近付き、その小さな物を見てみる。
「本……?」
よく見ると、それは本だった。表紙の真ん中にサファイアのような青色の宝石が埋め込まれており、それを囲むかのように金の装飾を施されていた。
それがあまりにも綺麗で、無意識にそれに手を伸ばす。セイラの手から燈に本が渡った途端……
「わっ」
本はポン、と軽い音を立てて燈に丁度いい大きさになった。驚きのあまり、燈は本を落としてしまう。
「な、何これ……! いきなり大きく……!」
「その本は持ち主に適したサイズになるのよ」
便利でしょ?とセイラは微笑んでみせる。
「何か……ミレジカってすごいよね」
魔法があり、日の出入りは王が決めたり、本が勝手に大きさを変えてくれたり……。自分の世界では信じられない事ばかりだ。
「そう? 私はあなたの世界の方がすごいと思えるわ」
そうだろうか。毎日過ごしていたから、自分の世界の凄みがよく分からない。変な顔をしていたのだろうか。セイラは燈の顔を見てクスリと笑った。
「あ、ごめんねこれ……落としちゃった」
地面に落としたままになっていた本を拾って土埃を払う。表紙の真ん中の蒼い宝石は、大きくなっても色鮮やかに見えた。まじまじと見つめていると、セイラがポツリと呟いた。
「これは持ち主が知るべき物語を見せる不思議な本」
まるで歌うかのように紡がれた言葉に、燈は首を傾げた。
「知るべき物語……?」
「そう。とある魔法使いから貰ったの」
セイラの言っている事がよく分からない。それと同時に気になったのは“魔法使い”というワード。魔法使いといったらーー燈の脳裏に、黒髪で灰色のローブを纏った仮上司の姿が浮かぶ。
「もしかして……」
「ウィルではないわ」
しかし、燈の思考を予測したセイラに否定される。魔法使いは、ウィルだけではない。セイラには他に魔法使いの友達がいるのだろう。
「お屋敷に入ったらページを開いてみて。きっと物語が載っているわ…」
「……それってどういう事?」
「私よりあなたが持っている方がいいと思うの」
しかしセイラは燈の問いに答えず、淡々と述べる。何となくもう一度問うてはいけない気がして、燈は口を噤んで本を抱き締めた。
そより、と冷たい風が二人の間を通り抜ける。セイラの蒼い髪が、風に靡いてそよぐ。自分よりも身体が小さい少女は、優しく微笑んだ。
「きっとあなたに……ミレジカの奥底に沈む秘密を見せてくれるはず」
「ミレジカの……秘密?」
(この世界には……優しい人達で溢れる不思議な世界には、秘密がある……?)
それと同時に、何故セイラはあんなに悲しそうに笑っているのかが分からなかった。
「……おやすみ、燈」
セイラは燈の返事を待つ事無く、空へと飛び立ってしまった。
「セイラ! ……行っちゃった」
小さな背中はすぐに闇に飲まれて消えてしまった。
一体どういう事なのだろう。彼女が託した本は、燈の胸にある。本の意味はよく分からない。本の持ち主の知るべき物語って何なのだろう。考えてても答えは見つからない。また会った時にきちんと聞いてみよう。とにかくセイラが無事で良かった。今は屋敷の中に戻ってラビィを待とう。
燈は屋敷の中へと入る事にした。遠慮がちにドアを開けるが、玄関には誰もいない。リックやオロロンは自分達の部屋に戻ったのだろう。
ウィルの姿も無い。やけに広い玄関はしぃんと静まり返っている。自惚れていたわけではないが、来てくれるのはウィルだと思っていた。だけど、彼は来てくれる所か、こうして玄関にも迎えに来てくれない。
ーー突然怒りだしたから、呆れてしまった?ラビィはウィルの大切な部下のはず。そんな部下を傷付けたのだから、怒っているのかもしれない。
(どうしよう。私にはウィルが一番の頼りなのに…愛想をつかされたら、私………)
じわり、とまた涙が滲んだ。自分の勘違いで人を傷つけて、それでも嫌われたくないと思う自分の卑しさに腹が立つ。気持ちがごちゃごちゃだ。一人で考えていると悪い方にしか考えられない。
変に考えるのはよそう。階段に腰掛け、本を膝の上に乗せる。気を紛らす為に本を凝視する。見るからに高そうな本。特に真ん中にあるサファイアブルーの宝石のような石が高価さを際立たせている。
この宝石は本物なのだろうか。ふと沸き上がる好奇心。触れようと蒼い石に手を伸ばした時だった。
「………えっ!?」
蒼い石が淡く輝きだした。その輝きは徐々に広がり、本全体を包む。
「な、何!? どうして光っているの!?」
目の前の光景に、燈はただ焦る事しか出来ない。淡く輝く本は燈の膝の上でひとりでに動き出した。パラパラと勝手にページが捲られていく。
(か……怪奇現象!?)
幽霊的なものが苦手な燈は、顔を青くさせる。逃げたいと思うが、まるで金縛りにあってしまったかのように動かない。悲鳴を上げようと思った時………本の動きはとあるページで止まった。
「……あ、止まっ、た…?」
怪奇現象が止み、ひとまずホッとする。怖々と本を見下ろしてみる。見た目は普通の本だ。古いようで、隅が茶色く変色している。
「……ん?」
ふと、ページに何かが書かれているのに気付く。そこには、『龍に恋した王様』と書かれており、右下に龍と王冠を被った人間の挿し絵が。何倍も大きな龍に、王が花束を渡しているイラストだ。ミレジカの童話だろうか。パラパラとページを前に捲ってみる。
「……あれ?」
前のページは白紙だった。最初まで捲ってみても何も書かれていない。不思議に思いながら、龍に恋した王様と書かれたページまで戻る。
ミレジカの童話は気になる。少し覗いてみようと燈は恐る恐る頁を捲ってみた。
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