野草のスープ

第30話

「お帰り」


すっかり日が暮れた後に屋敷に戻ると、ウィルが笑顔で出迎えてくれた。ウィルは灰色のフードを被っておらず、黒髪が灯りに照らされて光の加減で蒼く見えた。


「……た、ただいま」


リュラとラビィに茶化された事を思い出してしまい、燈は赤くなった顔を俯かせながらごにょごにょと言う。何だか、変に意識してしまう。


「遅かったね。何処かに寄っていたの?」


ウィルがそう尋ねると、ラビィは待ってましたとばかりに手に持っていたものを見せた。


「商店街に行ってきたの! 見て見て! これ、燈とお揃い!」


ラビィが持っているのはウサギのストラップ。木製に白塗されただけの簡易的な物だ。片耳にビーズで作られたピンク色の小さな花が付いていた。燈のウサギは青色の花を付けた色違いのお揃いだ。ウサギのストラップを見て、ウィルは目を細めて笑った。


「へぇ……私のは無いのかな?」

「あるわけないじゃん! これは私と燈二人だけのお揃いなんだからー!」


ラビィが上機嫌に言うと、ウィルは「そう? 残念だなぁ」と言うわりには微笑んでおり、全く残念そうではなかった。


「ライジルは買わなかったのかい?」

「いるかよ、そんな女々しいの」


ライジルは不機嫌そうに言うと、ウィルの横を通り過ぎ、階段を上り始めた。ウィルは首だけ振り返らせ、土で汚れている背中に声を掛ける。


「あ、ライジル。今日は食堂で夕飯を食べるよ」

「………一回部屋戻るわ。風呂入りてぇ」


ライジルは背中を向けたまま呟くと、二階に消えていった。

数日に一度、三階にある食堂で皆で一緒に食べる習慣がある。昼御飯のように当番が決まっており、今日はラビィが当番だったようだ。


「今日は私が下ごしらえしたんだよ! 後はウィルに任せちゃったけど! 私の好きな野草があってね、それをスープにしたの!」

「へぇ…」


野草とは草食のラビィらしいチョイスだ。


「楽しみにしていてね!」


あまりにも輝いた笑みを見せるので、燈はクスリと微笑んで頷いた。

食堂といっても、学校や会社のように席がたくさんあるわけではない。真ん中に長いテーブルが一つ置いてあるだけだ。染み一つ無い真っ白いテーブルクロスが掛けられている。その奥がキッチンになっている。テーブルからキッチンが見える構造になっていて、料理器具が綺麗に整えられているのが分かる。


「あ、みんな来たろん!」

「お帰りみんな!」


食堂には既にオロロンとリックがいた。オロロンはピョンと飛び跳ねると燈に飛び付いた。


「ただいま。リック、オロロン」


小さな身体を受け止めて微笑むと、オロロンは大きな目をくりくりとさせて短い手足をばたつかせた。


「もうお腹空いちゃったろん! ウィル、早くご飯頂戴!」

「分かったよ。ちょっと待っていてね」


ウィルはニコリと微笑むと、燈からオロロンを奪って彼をリックの隣に座らせた。


「燈はそこの席に座って。隣は私が座るから」

「あ……うん」


オロロンの隣に座ろうとしたらウィルにそう牽制されてしまい、燈は大人しく指定された席に座る。


「じゃあ私も燈の隣ー!」


ラビィも燈の隣に座る。その様子を満足そうに見つめ、ウィルは口角を上げた。


「さて、それじゃあ準備をしようか」

「あ、私手伝うよ」

「大丈夫だよ」


立ち上がろうとする燈を制し、パチンと指を鳴らす。するとキッチンの料理器具が勝手に動きだし、食器棚から出てきた皿へ順番に料理を盛り付けていく。ウィルが指で手招きすると、料理の盛り付けられた皿は宙を滑ってそれぞれの前に置かれていく。


「ほら、手伝いなんて必要ないでしょ?」

「……本当、便利だね。魔法って…」

「そう?」

(本当、そんな力があったらきっと私はブクブクに太るだろうな……何でこの人はこんなに痩せているんだろう…)


ウィルの細い身体を見つめ、何だか溜め息が出てしまった。


「今日は私のお得意料理だよ!おすすめは花弁の入った野草スープ!」


ラビィが誇らしげに胸を張る。今日の献立は野菜が入ったシチューとパン。そしてラビィおすすめの野草スープだ。水菜のような野菜と、赤い花弁が浮いている。


「また葉っぱばっかり! 少しくらいお肉入れてよ!」


肉食のリックは頬を膨らませて不満を言う。


「うるっさいわねー! 嫌なら食べないでよねー!」


ラビィはリックに向けて赤い舌を出した。ライジルが戻ってきたらきっとリックと同じ事を言うのだろう。彼が座るであろうオロロンの隣を見つめ、燈は苦笑した。


「ほらほら、燈食べてー!」


ラビィに勧められ、燈はスプーンを取った。スプーンを取り、まずはラビィのおすすめであるスープをすくってみる。赤い花弁も一緒に付いてくる。少し大きめな花弁。ふと、おしゃべり草のセイラを思い出した。

そういえば、あれから全くセイラと話していない。一人で寂しい思いをしていないだろうか。あの様子だとライジルとも話をした事がないようだった。今日の夜、こっそり会いに行ってみようか。


「燈? どうしたのー?」


スプーンを持ったまま、ぼうっとしてしまった。


「あ、ごめん何でもないよ!」


燈はハッと我に返って、スプーンを口に入れる。その瞬間、フワッと甘い味が燈の口内に広がった。黄金色のスープだからこってりした味を想像していたが、甘い…といってもしつこさを感じさせない、さっぱりとした、食べた事のない味だ。


「美味しい…」


無意識に本音が漏れた。それを聞き、ラビィは表情を明るくさせた。


「本当!? 燈にそう言って貰えるなんて嬉しい!」

「食べた事無い味だけど……すごく美味しいよ」

「やった! 燈の為に料理した甲斐があったよ!」


嬉しそうに顔を綻ばせるラビィ。しかし、「ラビィは下準備しかしていないけどね」と燈の右隣から笑顔でサラリと言うウィル。


「んもう! 余計な事言わないでよねウィル!」


ぷくりと頬を膨らませるラビィを見て、燈はクスリと微笑んだ。料理を堪能しながら、話はリュラの話になった。


「へぇー! リュラジョーに会ったの?」

「そう! 道でばったりね。仕事をヒューオに頼んでサボってるトコだったよー!」

「パレードを数日後に控えているのに、相変わらずだねぇ!」


リックは苦笑いしながらシチューをスプーンですくって食べた。


「リュラさんって、皆と仲いいの?」

「まあね! たまにお城に遊びに行ったりするよ!」

「へぇ……」


城の中は自由に入れるのか。門番がいたから一般の人は入れないと思っていたが、ミレジカは平和という事なのだろうか。そう思っていると、今まで黙ってスープを飲んでいたオロロンが突然顔を上げた。


「それより! シェルバーには会ったろん!?」


一瞬誰の事かと思ったが、リュラの元に現れた金髪の青年を思い出した。


「会ったよー。といっても話はしなかったけどね」


燈の代わりにラビィが答える。オロロンは大きな目を輝かせ、短い手でテーブルを叩いた。


「僕も久し振りにシェルバーに会いたいろん!」

「オロロン、シェルバーと仲がいいの?」


そう尋ねると、隣のウィルが微笑んで代わりに答えた。


「オロロンとシェルバーは兄弟なんだよ」


燈の思考は一瞬停止した。


「え……えええ!!?」


驚きのあまり、思いきり声を上げてしまう。シェルバーは左腕は異形だったが、人型だった。それに対し、オロロンはペンギンのような動物型……どう考えても兄弟には見えない。そんな中、オロロンがえっへんと胸を張る。


「僕とシェルバー、そっくりでしょ?」

「何処が!?」


似ている要素が皆無だったので、思わず鋭く突っ込んでしまった。どうやらオロロンには鋭すぎたようだ。その瞬間、オロロンの瞳から大粒の涙が溢れた。


「お、おろろーん。燈が意地悪だろーん」


おいおいと泣き始めるオロロンのつるんとした頭を、隣のリックがあやすように叩いた。


「ほら、手の羽根とかそっくりでしょ?オロロンもシェルバーも羽根はあるけど飛べないんだ」


リックが代わりに説明してくれた。……確かにオロロンには退化した羽根のようなものが付いている。それでも、二人が兄弟なのは納得がいかない燈だった。

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