第16話
気を改めて、燈は別の質問をする事にした。
「ミレジカでは働くのに年齢は関係ないの?」
「そうだねー! 生きていれば誰でも働けるよ! 僕も働いているしっ!」
リックは明らかに義務教育真っ只中のはずだ。勉強はしなくていいのだろうか。
「学校とかは?」
「……ガッコウ?」
「燈の世界での学ぶ所だよ。ミレジカには教養所という所があって、そこで知識を学んでいるんだよ」
またウィルがすかさずに説明する。前半はリックに、後半は燈に。燈とリックは「なるほど」と同時に呟いた。
「僕もちょっと前までは教養所に行っていたんだよ! でも、すぐに卒業できたんだ!」
「うっわー、出たよ…リックの学力自慢。はいはい、私はどうせ16で卒業した馬鹿だよーだ」
「違うってば!」
後からウィルに聞いた話だと、その教養所は学校の様に一学年ずつ上がって卒業していくのではなく、成績が一定を超えると卒業出来るというシステムらしい。可愛い顔をして頭の良いリックは入学して異例の速さで卒業出来たのだという。意外な事実に、燈は溜め息が出た。自分にもその学力を分けてほしい。学力に恵まれなかった燈は密かにそう思った。
*****
一体何百枚床に捨てた事だろう。もしかしたら一ヶ月、こんな地道な作業をして終わるのだろうか。
(……うぅ。書類整理なんて、うちの会社でやるのと大差ないよ……)
そう思いながら紙を捨てた時、上からヒラリと一枚の紙が降ってきた。一番上にあった紙が落ちてきたようだ。燈は何気なくその紙に目を通した。
『家の隙間に挟まって動けないから助けて』
「家の隙間に……挟まって動けない………って、えええ!!!」
「何!? どうしたの燈!」
事務所全体に響く程の大声を上げたので、リックはビクリと肩を跳ね上げ、ラビィが慌てて近寄ってきた。震える手で二人に紙を見せると、リックがギョッと目を見開いた。
「むむっ! これはまずいね。早く行かないと」
「隙間に挟まったなんて馬鹿な人ねー」
一方でプププと笑いを堪えるラビィ。
「これ、いつ出したんだろう? というか隙間に挟まったままどうやって手紙を……?」
疑問に思っていると、背後からウィルの手が伸びてきて、紙をひょいっと奪った。
「この紙、私の魔法がかかっているんだ。書き終わったら紙飛行機になってポストに入るようになっている。この依頼主は挟まれた時運良く紙とペンを持ち歩いていたんだろう」
「……魔法って便利だね」
「よく言われる。……で、燈。その願いを叶えに行くかい?」
「もちろん行くよ!」
やっと願いが見つかったと安堵している暇なんてない。早く行かないとこの人が大変な事になってしまう。燈が即答すると、ウィルは優しく微笑んだ。
「よし、じゃあ行こうか。場所はトナマリだからすぐに行ける」
*****
トナマリの町は初めて来た時以来だった。目的地に向かいながらも、景色に目をやる。以前ウィルが紹介してくれた商店街のようで、様々な店が道を挟んで立ち並んでいる。食べ物屋だったり、雑貨屋だったり。その並んでいる物も見た事がないものばかりで、燈は物珍しげに視線を送りながら歩いていた。
「ほら、よそ見をしていると危ないよ」
手は当然のように繋がれていた。ウィルが手を引っ張って自分の方に寄せる。燈は動揺しながらも、ウィルにしっかりとついていく。
街を歩いていると、住人達が不思議そうな表情で燈達を見つめる。やはり、きちんと着替えておくべきだった。きっと人々は自分のラフすぎる格好を見てじろじろ見ているのだと思った燈は、顔を俯かせて表情を見せないようにした。
自分の女子力の無さに、悲しくなってくる。ふと隣を歩く彼はどう思っているのだろうか…と疑問を抱く。もしかして、女らしくないと呆れているのでは。一度考え出すと、妙に気になってしまう。
「あのう…。私の格好、変だよね?」
脈略の無い突然の質問ウィルはきょとんとしたが、すぐにいつもの優しい笑みを浮かべた。
「最初の時の格好より好きだよ。かっちりしている服装より、自然体なこの格好の方が燈に似合っている」
「そ…そう?」
この格好が似合っているというのも何とも言えないが、ウィルに言われると最高の褒め言葉のように聞こえて、燈は照れ笑いを浮かべた。
「これからはそういう楽な格好で仕事をしなよ。あの格好じゃ、肩が凝っちゃうでしょ?」
あの格好、とはスーツの事なのだろう。
「うん、分かった」
燈は素直に頷いた。
商店街を抜け、少し歩いた所でウィルは足を止めた。
「ここみたいだ」
個性の無いレンガ造りの家がズラリと立ち並ぶ道。家と家の間も数十センチしか距離が開いていない。依頼主はきっとこの間にハマってしまったのだろう。
「えーと…」
それらしき人物を探して辺りを見回す。ウィルは探しているのか、遠くの方をぼんやりと見つめていた。
「誰か、いますかー?」
適当な方に呼び掛けてみる。すると、「おおい……ここだぁ……」と微かな声が耳に届いた。
「聞こえた? ウィル!」
「うん、聞こえたよ」
ウィルは遠くを見つめたままコクリと頷いた。
「行ってみよう!」
燈は声を頼りに足を進める。すると、家の隙間から誰かの臀部だけが見えた。燈はその臀部に近付いた。
結構大きなお尻で、牛の様な尻尾がぴょこぴょこと動いている。足も大根のようで、依頼主がふくよかな男性だという事が見て取れた。
「だ、大丈夫!?」
「駄目だぁ……挟まって動けないぃ」
燈が問い掛けると、口の代わりに短い足がパタパタと動いた。身体は隙間にぴったり納まってしまったようで、全く動けそうにない。
「な、何でこんな事に……!」
「落とし物しちゃったんだぁ……取ろうとしたら足が滑ってこんな事にぃ…」
挟まってしまった、という割には随分とのんびり話す人だった。間延びした声が緊張感を削っていくような気がして、燈は慌てて首を振った。
「ほ、他に助けてくれる人はいなかったの?」
「皆この時間は商店街で働いているからなぁ…。夜にならないと帰って来ないんだぁ」
彼の言うとおり、周りには驚くほど人がいなかった。賑わいは全て商店街に吸い取られてしまったようだった。
チラリとウィルを見てみると、彼は全く動く様子は無く、ただじっと依頼主の尻尾を見つめていた。
燈の視線に気付くと、「どうぞ」と言わんばかりの爽やかな笑み。
ウィルは手出しする気はないらしい。願いは見つけた人が叶えていくと言っていた。なので、燈一人でやれという事なのだろう。
「何かあったら手は貸すよ」
「…分かった」
燈はふぅと力強く息を吐くと、大きな臀部に向き直った。
「え…と、とりあえず引っ張って…!」
短い足を持って思い切り引っ張る。身体はピクリとも動かないが、「痛い痛いぃー」と依頼主の情けない声が聞こえた。
「あぁっ、ごめん!」
パッと手を離す。依頼主は特に怒った様子は無く、「いいんだぁー大丈夫だぁー」とのんびり言った。
「ど…どうしよう、ウィル」
身体は隙間にフィットしてしまったようで、燈の力では全く動かない。男であるウィルの助力を期待して話し掛けたが、本人は「どうしたらいいのかな?」と他人事のように聞き返してきた。
(……本当に自分の力で何とかしろっていうのね…)
気を取り直して考える。力づくで引っ張るのは無理だ。だが、燈の力では無理そうだ。
「え…と、引っ張るのが駄目だったら…… 押してみればいいかな。敢えて逆の事をしてみたら、何か解決策が見つかるかも……」
「ぶにー!」
「……しれなくないよね」
思い切り押してみたが、依頼主の身体が余計に隙間に入り込んでしまった。悲痛な声が隙間から漏れる。
「ご、ごめん!」
燈は慌てて引っ張ったが、ピクリとも動かない。余計出て来られない状況になってしまった。
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