第7話

洋風な屋敷とは打って変わって、何処にでもあるような職場だ。仕事用のデスクに、回転式の椅子。天井には蛍光灯が列をなしている。

だが、どの机にも天井についてしまうくらい紙が積み重なっており、異様さを醸し出している。その紙は机の上だけではなく、床も埋め尽くしていた。

その紙の海を脚で押し退けながら、ウィルは中に入る。


「皆、いる?」


そう適当な方向へ呼び掛けるとーー


「はぁーい」

「ああ」

「はいっ」


何人かから返事が。そして紙束の影から三人が現れた。


「あーっ! やっと来たんだぁ! 今度は女の子だっ!」


そう言ったのは白髪の女の子。燈より年下に見える。髪は背中まであり、色に映える赤いカチューシャを付けている。首元に白いファーがついた薄いピンク色のワンピースが、可愛らしい彼女によく似合っていた。大きな瞳はカチューシャと同じ赤色だった。


「ラビィ。今紹介するから待っていて」

「はぁい」


ウィルに注意され、ラビィと呼ばれた少女は不満そうに返事をした。


「今日から一ヶ月ここで一緒に働く事になった燈だよ。…ほら、燈も一言言って」

「えっと…柊燈です。一ヶ月という短い間ですが、宜しくお願いします」


戸惑いを隠しきれないまま、簡単な挨拶をしてペコリと頭を下げる。普通はここで拍手があるはずなのだが、全く起こらない。

もしかして、あんまり歓迎されていないのだろか。そう思いながら顔を上げると、三人はポカンとして燈を見つめていた。


(……?どうしたんだろう)


「じゃあ彼らの紹介もしよう。まずはラビィ」

「……あ。はぁーい。私がラビィだよ! 女の子同士仲良くしてね~!」


燈を不思議そうに見つめていたが、ウィルに紹介され、ラビィは笑顔で手を挙げた。


「次はライジル」

「ライジルだ。宜しくな」


ライジルと名乗った男は金髪がツンツンに立っており、黒のタンクトップにジーンズという格好だ。

眉は細く、金色の眼は獣のように鋭い。銀色のいかついバングルが彼の手首で輝いていた。

……それよりも気になったのが、彼の全身にある入れ墨のような線。彼の頬と腕に、まるで虎模様のような線が入っており、何だか怖い人のように見えた。


「それと……リック」

「はいっ! 燈、よろしくねっ」


リックと呼ばれた、恐らくこの中で一番年下の少年はくりくりとした茶色く丸い瞳で燈を見上げた。

赤い野球帽子の下からはみ出る癖のある茶髪は彼の幼さを際立たせている。この中ではリックが一番人間に近いかと思ったが、彼の臀部で勢いよく振られる尻尾がそうではない事を知らせてくれた。


「……オロロンは?」

「さぁ? 手紙を送る依頼を受けてから、帰って来てねぇな」


ライジルが欠伸をしながら言うと、ウィルは「なら仕方がないか」と呟いた。


「もう一人いるんだけどね。彼は帰って来てから紹介するよ。……そして最後に私がウィル。この仕事場の一応上司……かな? まあ君にとっては仮上司になるわけだけど、よろしくね」


仮上司とは何だか変な響きだ。緊張も忘れてクスリと笑ってしまう。ウィルは人を落ち着かせる才能があるようだ。何だか心が穏やかになる。

そう思っていると、ピョンとラビィが跳ねて燈の前に立った。


「自己紹介も済んだ事だし、燈の席に案内してあげるー!」


ラビィはそう言うと燈の手を取って引っ張った。


「うわ…」


床に散らばる紙で滑りそうになりながら、ラビィに付いていく。一番奥の席に着くと、ラビィが「ここだよー」と指差した。


「燈の真ん前が私だよ! んで、燈の隣がライジル、その隣がリック。私の隣はオロロンっていう奴!」

「なるほど……」


しかし紙のタワーがあるせいでラビィの姿は見えなそうだ。この紙は一体何なのだろうか。燈は床に落ちている紙を拾ってみた。そこには、『夕飯を作って欲しい』と手書きで書かれており、右端には名前と住所らしい文字も書かれていた。

他の紙も見てみると、『話を聞いて欲しい』『散歩に付き合って欲しい』『ある人を探して欲しい』と、願望のようなものが書かれている。


「……これ、何ですか?」

「それは僕らの仕事だよ!」


燈が尋ねると、ラビィの代わりにリックが元気よく言う。


「……仕事?」


そういえば、どんな仕事をするか全く聞いていなかった。ウィルに視線を送ると、彼は苦笑しながら頭を掻いていた。


「そういえば、燈に仕事内容とか言っていなかったね」

「はぁ? 何をやっているんだよこの間抜け」


ライジルがウィルの腹を肘で小突いた。


「このアホ上司の代わりに俺が説明してやる。ここはミレジカの願いが集結する場所だ。入口の所にポストがあっただろう。そこに住人達が自分の願いを書いた紙がどんどんと入って来る。それを俺達が極力叶える事が仕事だ」

「……この山が、そうなんですか?」


燈が恐る恐る紙のタワーを指差すと、ライジルは「そうだ」と頷いた。


「毎日のように願いは届くから、ここはいつも紙の山だ。俺達だけじゃこの数は捌けないから、お前みたいな人間が来てくれると助かるんだ」

「…でも、見た限り…願いが何というか……」


はっきり言ってしょぼい。人の手なんて借りなくてもいいようなものばかりだ。しかし、そんな事を言えるはずもなく、燈はお茶を濁した。


「言いたい事は分かるよ! 僕達が動かなくてもいいようなお願いばかりでしょ?」


小学生五年生くらいにしか見えない少年リックがズバリ燈の思いを口にした。


「ミレジカの人はあんまり悩み事が無いから、本当に願いたい事なんてないんだ。…でも、その中には本気で叶えて欲しい願いがあるから……僕達はその願いを叶えようと奮闘する。まあ、いわゆる何でも屋って感じかな?」

「何でも屋……」

「……でも、範囲をちゃんと決めなかったから色々なお願いが来ちゃうんだけどね」


リックは顔に似合わない乾いた笑みを見せた。


「じゃあ、いつもこんな感じなんですか?」


そう言いながら紙の山を指差すと、今度はラビィが口を開いた。


「いつもはそれほどじゃないよ! 最近私が長期休暇を貰っていたのと、オロロンが不在なのが重なってこんなに溜まっちゃったんだよー」


それを聞いたライジルが細い眉をヒクリと跳ね上げた。


「あぁ? サボっていたの間違いだろうがこのサボり魔が」

「うるさいなぁライジル、後輩の癖に生意気!」

「俺の方が年上だ!」


どうやらラビィとライジルの仲は険悪のようだ。

二人は顔を寄せて睨み合っていた。そんな二人を見て溜め息を吐くリック。一番年下に見えるのだが、ラビィやライジルよりも小さなリックの方が大人びている。


「……まぁとにかく。燈には僕達の仕事を手伝って貰いたいんだ。住人の願いを叶える仕事を!」


人の願いを叶える仕事。玩具を作って子供達に夢を与える事が目標の燈には、彼らの仕事が素敵に思えた。


「……はい。私でよかったら、力になります」


そう言って笑顔を見せる。戸惑いながらミレジカにやってきた燈だったが、この人達の誰かの力になりたいという気持ちはとてもよく理解が出来た。


「良かった !よろしくね、燈!」


リックが表情を明るくして燈の手を握った。彼の手のひらは妙に柔らかく、温かかった。


「うん。お願いします!」

「あー! リックずるーい! 私も燈に触る~!」


ライジルから離れ、ラビィがリックの手の上から燈の手を握った。


「……勝手にしろ」


ライジルはそっぽを向いて腕を組んだ。そんな彼らを見て、上司の彼は柔らかく微笑んでポソリと呟いた。


「…やっと、笑ったね」

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