第4話
放課後だというのに部活動を行っている人は一人もいない。広い校庭は野球部の備品は出しっぱなしになっているし、サッカー部のボールがゴールポスト前にポツンと取り残されている。
人がいたはずの気配はあるというのに突然消えてしまったかのようだ。春斗はそのボールを器用にリフティングをし、綺麗にゴールを決めて見せた。
「すごい春斗」
「まあ、俺エースだったからな」
春斗は得意げに言う。春斗の言う事が本当ならば彼はサッカー部で明日香はマネージャーだった。
明日香は自分が何故サッカー部のマネージャーだったか不思議に思っていた。今の自分ならば迷いなく家庭科部を選びそうだからだ。記憶を失う前の自分には他に思う事があったのかもしれない。
「うおっ」
ボールで遊んでいた春斗だったが、バランスを崩して突然倒れてしまった。明日香は慌てて近寄る。
「だ、大丈夫!?」
「ああ、大丈夫! へへ、俺よく転ぶから明日香に心配されていたんだよな」
春斗は顔に似合わずおっちょこちょいなところがあるようだ。自分がサッカー部のマネージャーだったのはもしかしたら春斗が心配だったのかもしれない。保健室の記憶は怪我をした春斗を連れて行くものだったからそう考えると合点がいく。
「俺達が通っていた高校は偏差値高めだったけど、お前が行くっていうから俺も頑張って受験したんだ。へへ、何とか受かったけどな!」
サッカーボールの上に座りながら春斗がそう言って笑う。明日香は目の前の校舎を見上げる。
やや古びた校舎だ。雨垂れのせいかやや黒ずんでいる箇所がある。奥にある体育館は最近改修したのか新しそうだ。
校庭全体を見渡してみる。体育でよく使う校庭は野球部やサッカー部が使用しているらしい。砂場のある場所はハードルが均等に置かれており、陸上部が使用している場所のようだ。その奥でフェンスに囲まれているのはテニスコートだ。ラケットやボールが乱雑に置かれている。
人のいない普通の高校。校庭は様々な色の【追憶の宝石】が泳いでいる。色で部活を現しているのかもしれない。
「それにしても明日香が校庭に来たいって言うなんて。何か思い浮かんだのか?」
「うん。ちょっと……ね」
校庭に来た理由はあの消えた人物を探す為だが、春斗には内緒にしている。こちらを少しも怪しんでいない春斗を見ると心苦しいが、素性がぼんやりとしたままなので完全に信頼し切れない。
あの人物の姿は今の所目視出来ない。校庭を探索したいが突然何かを探し始めれば流石の春斗も怪しむだろう。
(どうしたら春斗の気を逸らせるだろう)
これでも四階から落ちた女だ。更に記憶まで失っている。春斗はあまり表に出さないが明日香の事を心配している。そんな彼の目を盗んで何処かへ行くなんて出来ないだろう。
ならばどうすれば良いのか、と考えを巡らせている時だった。
「――ん?」
春斗が何かを気にする素振りを見せ、テニスコートの方を凝視する。
「どうしたの? 春斗」
「何か視界の端で動いたような気がした」
「えっ……!? 誰かいたの?」
もしかして自分の探していた人が見つかったのか、と少しだけ焦る。春斗は目を逸らさないまま首を振る。
「いや、小さいから多分人間じゃないと思う。気になるからちょっと見て来る。明日香はここで待っていてくれ」
春斗は立ち上がると、明日香の返事を待たずにテニスコートの方へと歩いて行ってしまった。
取り残された明日香は春斗の背中を見送りながら少しだけ寂しさを覚える。誰もいない学校に一人でいるのは初めてだ。
(……寂しさを感じている場合じゃない。あの人を探すチャンスだ)
待っていてと言った春斗には申し訳ないが、明日香はこっそりと動き出した。
図書室で見たあの人はこの校庭の真ん中にいた。試しに同じ場所に立ってみるが、あの人の気配は何処にも感じられない。
「うーん……気のせいだったわけじゃないよね」
その場に腰を下ろし、膝に両肘を乗せて頬杖をつく。そこから校舎をぼんやりと見つめる。確かあの人を発見した図書室は二階にあった。こちらからだと――と探している時、違和感に気が付いた。
「あれ? 図書室のところ……窓がない?」
自分達がいたはずの図書室の窓が無くなっていた。隣の部屋は存在しているのだが、図書室があった場所は古びた外壁が続くだけ。図書室はそれなりの広さがある為、酷く違和感がある。場所を間違えているのかと思ったが、二階の端にあった図書室の場所を間違えるはずがない。
窓は確かにあった。そこから校庭を見たのだから。うすら寒さを感じ、明日香は両腕を抱えるように自分を抱き締める。
自分はこんな違和感に気付かないくらい動転していたのかもしれない。誰もいない学校。変な魚が空を飛んでいる。居た場所の喪失。明らかに普通ではない。心細くなり春斗が去っていった方向を見たが、帰って来る気配は無い。
「……怖い」
思わず言葉となって零れ落ちる。家に帰れば普通の日常があるのだろうか。この状況では両親もいなさそうだ。この世界は自分の知る学校ではないのかもしれない。では、どうして春斗はここで平然としていられるのか――
「――え?」
ふと視線を感じて顔を上げてみると、目前に【追憶の宝石】がいた。今まで一色の【追憶の宝石】しか見なかったが、この魚はヒレが動く度に七色に変わっている。
そして他の【追憶の宝石】はこちらに無関心で泳いでいたが、七色のそれは明日香を真っ直ぐに見つめている。
体の色の鮮やかさに思わず呆けた顔でそれを見つめていたが――【追憶の宝石】はゆらりと動き出して何処かへと行こうとする。
「――あ! 待って!」
明日香は慌ててその不思議な魚を追いかけた。
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