第35話

エンペスト帝国へは一週間後に行く事になった。謁見の間を後にしたアメリー、リィ、アリソンはグランデル、ガイアと共に廊下を歩いていた。アリソンは不服そうな表情でグランデルを振り返る。まだ自分の案を拒否された事を根に持っているようだ。対するグランデルは申し訳なく思っているようで、眉を下げて困ったように笑う。そんな中この場で最年長のガイアが豪快に笑ってグランデルの背中を何度も叩いた。

「いやあ、それにしてもグランデル騎士隊長が意見を言うとは思いませんでしたな!」

「――会いに行かなければならない方がいるのです」

 グランデルは軽く咳き込んでから、はっきりとした声で言った。そんなグランデルに、アメリーは胸がざわめくのを感じる。まるで――彼が遠くへ行ってしまうのではないか、という思いが過る。アメリーが口を開こうとした時、ガイアがハッとしてから嬉しそうに頬を緩めて太い小指を立てた。

「おお! グランデル騎士隊長も隅に置けませんな! もしやこれですな?」

「え! グランデル、女いるの⁉」

「……アメルシア王女。その聞き方は如何なものかと。そんな私事の為に動くわけがないではありませんか」

 反射的に聞いてしまったのだが、グランデルは呆れた様子で顔に手を当てた。

彼も三十を過ぎているので、伴侶を迎えても良い歳なのだが。騎士隊長とはいえ、全ての隊を統括する役目もあるので忙し過ぎて恋にうつつを抜かしていられないのかもしれない、と思っていたがまさかの情報にアメリーは目を輝かせた。そして、同じく心躍らせたアリソンはやや頬を染めて一つ咳払いをした。

「いいんだよ、グランデル。貴方は十六年もこの城に尽くしてくれている。忙し過ぎて恋人にも会えないのだろう。少しくらい、良いよ」

「……そういう事にしておきましょうか。アリソン様、ありがとうございます」

 アリソンの機嫌も直ったようなので、グランデルは否定をしない事にしたようだった。それからアメリーやガイアが会いたい人について根掘り葉掘り聞こうとしたが、グランデルは笑顔で質問をかわし、きちんと答えてくれなかった。

「それよりも、ガイア隊長。城の留守はお願い致します。最近、騎士達の失踪事件が続いており、城の者も不安に思っています」

「おお! それは俺に任せてくだされ! 不審な輩はこのガイアがスコーンと一発殴ってやりますからな!」

 グランデルの言葉に、ガイアが腕を曲げて力瘤を作ると豪快に笑った。銃器兵隊長と言われるこの男だが、実は銃器はほとんど扱えない。そもそも、銃器兵隊は最近出来たばかりで、誰に取りまとめてもらうか王が頭を悩ませていたのだが、腰を痛めてしまって前線に立てなくなったガイアが手を上げたのだ。今では銃器兵達と共に銃の取り扱いを学び、鍛錬に励んでいる。

 グランデルとガイアが話し込んでいる時に、アメリーはアリソンにこっそりと尋ねる。

「……ねえ、アリー。騎士の失踪事件って?」

「……アメリーは知らないんだね。ここ最近になって、騎士が数人行方不明になっているんた。探してはいるんだけれど、見つからないようで――」

「そ、そんな事があったの……?」

「うん。――確か、オトギ第二王子やセンカ第一王女がここを訪れた辺りからだよ。合計四人が失踪しているんだ」

 まさかそんなに失踪していたとは、とアメリーは驚いた。隣にいるリィに目を向けたが、彼も知らなかったようで軽く首を傾げた。アリソンは少し周囲を気にする素振りを見せてから、二人に聞こえるくらいの小声で続ける。

「……それで、失踪した騎士達の共通点が引っかかっていて……どうやらリィさんの右目の秘密を知る騎士達なんだ」

「……俺?」

「リィさん達が牢から出て、謁見の間に行った時に同行していた騎士達だよ。僕は、この失踪には裏があると思っている」

 アメリーは息を飲んだ。リィの正体は緘口令が出されている。それを知る騎士達がいなくなった。これは只事ではない。リィはあまりよく分かっていないようで、困った表情でもう一度首を傾げた。

 もし、四人の男が城から脱け出し、他の国民に言いふらしたりしたら。何処かの国へと渡り伝えていたとしたら。とんでもない事になってしまう。アリソンが言うには、彼らはそんな事をする人達ではないと思うが、騎士達で毎日のように捜索しているらしい。――最悪、もうこの世にはいない可能性もあると言われ、アメリーは全身が粟立つのを感じた。

「だから、ガイアにはこの城を護ってもらうと同時に、引き続き騎士達の捜索を――ん?」

 話している途中で、誰かが向かってくる気配を感じ、アリソンは顔を前に向けた。アメリーとリィもつられて同じ方向を見る。大股でこちらに歩いてくるのは、ググ村の青年オウルだった。その表情は鬼気迫っている。あまりの迫力にアメリーは後ずさるが、オウルはまるで目もくれず、一直線にグランデルの元へ行き、立ち止まった。

「グランデルさん!」

「オウル。どうした」

「俺を……俺をあんたの隊に入れて欲しいんだ!」

 その言葉に、グランデル以外の者は驚き、目を見開いた。騎士隊長である彼は、口を真一文字に閉じてから、ゆっくりと開く。

「……それは、敵討ちの為か?」

「ああ、そうだ! 俺はググ村をあんな事にした奴らを許せない! 入隊して、あいつらを嬲り殺してやるんだ! ググ村を襲った事、後悔させてやる……!」

「……オウル。お前の個人的な仇討ちが理由なら、入隊させる事は出来ない」

「何でだよ‼ 俺は魔物の森を一人で歩けるくらい、強い!」

 グランデルの言葉に、オウルは吠えるように怒鳴った。目を血走らせて歯を噛み締める姿は、以前の木を楽しそうに剪定していた頃の面影が全く見当たらない。

 そんな彼を、グランデルは冷静に見つめてから告げる。

「憎しみに取り憑かれたお前では、他の者にも悪影響を及ぼす。隊は多くの者達がいるんだ。調和を乱すつもりならば、入隊は認めない」

 オウルの敵を取りたい気持ちも、グランデルの騎士隊を思うからこその言葉も、理解出来る。だからこそ、どちらの肩も持てずにいるアメリー。アリソンも同じ気持ちなのだろう。不安な様子でグランデルに視線を送っている。

 グランデルの返答に「何でだよ⁉」と叫びオウルが掴みかかろうとした時だった。二人の間に、大柄な男が割って入った。銃器兵隊長のガイアである。突然現れたがたいの良い男に少々怯んだオウルは動きを止めて睨みつける。

「おっさん、誰だよ! 邪魔するな!」

「うわっはははは‼ 荒々しい闘志、良いな青年! 俺は銃器兵隊長ガイア。お前さん、俺の隊に入ってみないか?」

 ガイアの予想だにしない提案に、オウルは思わず「へっ」と間の抜けた声が漏れてしまった。ガイアはオウルの太い両腕を手で軽く叩いてから嬉しそうに何度も頷いた。どうやら銃器兵隊長はオウルの逞しい身体と気迫に惚れこんだようだ。

 まさかこんな事になるとは思わなかったグランデルは、やや冷静を欠いた表情でガイアの名を呼んだ。ガイアは勿論今までのやり取りを見ていたので、騎士隊長の言いたい事が分かる。銃器兵隊長は髭面の顔に晴れやかな笑みを浮かべて、オウルの肩に腕を回した。

「まあまあ、グランデル騎士隊長! こんな血気盛んな男、どうして拒否しよう! 俺はお前さんが気に入った‼ オウル、このガイアにどんと任せろ!」

「お、俺は銃器なんて……!」

「大丈夫だ! 俺も銃器がからっきし使えないんだ! 一緒に学んで行こうではないか‼ それでは早速銃器兵隊員達を紹介する‼ さあ、行くぞ‼」

「ちょ、ちょっと離せ……!」

 ガイアは豪快に笑いながら嫌がるオウルを無理矢理連れて行ってしまった。残されたアメリー、アリソン、リィ、グランデルはその後ろ姿が見えなくなるまでポカンとした表情で見送った。嵐が過ぎ去り、一気に静かになる。呆気に取られてしまっていた為、誰も口を開かなかったのだが、一番先に我に返ったアメリーが苦笑しながら二人が去った方向を指差した。

「……あれで良いのかな?」

「……ガイア隊長の事ですから、オウルの事は可愛がってくれるでしょう。彼の事は、ガイア隊長の方が適任かもしれませんしね」

 グランデルの言う通り、ガイアは情に熱い男だ。オウルが憎しみに囚われている姿を見て、自分が面倒を見ると名乗り出てくれたのかもしれない。彼は面倒見が良く、誰よりも優しい。そんな男と一緒にいれば、オウルの荒んだ心は少しずつ和らいでいくかもしれない。


 少し歩いたところで、グランデルが「私はここで失礼します」と言ってアメリーとアリソンに一礼をした。

「アメルシア王女、アリソン王子。私はマイクル殿とカリバンへ行きます。今後何が起こるか分かりません。しかし、お二人は自分の信じた道を真っ直ぐ進んでください。……決して、後ろは振り返る事の無いよう」

「え、うん……」

「分かったよ、グランデル。貴方も道中気を付けてくれ」

 グランデルの言い方が、何だか最後の別れのように聞こえてしまい、アメリーは曖昧な返事をした。アリソンは変わりなく言葉を返したので、それ程深く捉えていないようだった。顔を上げたグランデルは二人の顔を見て頬を緩めた。そして――アメリーの隣にいるリィに、視線を送る。

「……リィ。お二人を頼んだぞ」

「うん、分かった」

 真剣な面持ちで言ったグランデルに、リィは眠そうながらも大きく頷いたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る