第34話
***
アメリーはグランデルの馬、リィとオウルは騎士の馬に乗せて貰った。――そしてもう一人。
馬に乗った老婆は身体を震わせながらブツブツと何かを呟いている。ググ村の予言者、シーラだ。ググ村の人々がほとんど死んだ中、彼女だけは無傷で助かったという。しかし、精神的ショックを受けたせいかずっと何かを呟いており、話は出来無さそうだ。
唯一正気を取り戻したのは隣村を発つ際にリィを見た時。シーラは鬼の形相で「お前のせいで‼」とリィに掴みかかろうとした。リィはさほど驚いた様子もなく身体を引いて避けると、標的を見失ったシーラは足をもつれさせてその場に倒れ、またブツブツと呟きだした。アメリーが確認出来たのは「あのお方が」「リィスクレウムが」「裏切った」という言葉。
オウルが、何があったのかとシーラの両肩を掴んで迫っても、彼女は虚ろな瞳で呟くだけ。今はこんな状態だが、シーラはググ村の悲劇の真相を知る鍵になる。そう考えたグランデルは彼女をグルト城へ連れ帰る事を決めたのだ。
そして、ググ村を襲撃した可能性が高いフードの男二人。彼らは荷馬車の中に繋がれているという。騎士達の内緒話を盗み聞きしたところ、どうやら彼らは何も隠し持たれる事が無いよう身ぐるみを剥がされてロープに縛られているらしい。いつも優しい笑みを浮かべているが、敵には容赦無いグランデルの冷酷な一面を見た気がした。
長い旅路を終え、王都へ到着したのはちょうど陽が完全に昇った頃だった。旅を共にした騎士達に礼を言ってからアメリーがリィと共に城の中に入れば、顔を真っ赤にしたアリソンが仁王立ちで出迎えてくれた。
「姉上……貴女は余程牢に入りたいようですね」
「ま、待ってアリー! 今回はちょっと色々あって……!」
「アリー、アメは嘘を吐いていない」
「リィさんが庇っても許しません‼ また牢屋に入って貰いますよ、姉上‼」
リィも助け船を出してくれたが、尊敬する彼の言葉でもアリソンは簡単に納得しなかった。今回はリィやオウルは牢には入らないので、実質一人だ。アメリーはがっくりと肩を落とし、諦めて一人牢に入る事を承諾しようと思った時、隣に紫色の鎧が映った。
「アリソン王子、お待ちください。今回は私の不注意で、アメルシア王女が荷馬車に間違えて乗り込んでしまい、その中で貧血を起こして倒れていた事に気付く事が出来ませんでした……。アメルシア王女のお陰で死なずに済んだ者もおります。どうかお考え直しください」
騎士隊長グランデルだ。彼は出まかせをつらつらと述べ、アリソンに深々と頭を下げた。庇ってもらっているのだが、平気で嘘を吐くグランデルに若干違和感を覚えながらも、アメリーもアリソンに向かって頭を下げる。リィもつられて頭を下げた。
三人の脳天を見つめて怒りが少し収まったのか、アリソンは深く溜息を吐いた。
「……グランデルが言うなら、そうなんでしょう。分かりました。姉上、何度も言うけれど本当に無茶はしないでください」
「うん、ごめんね。アリー」
アメリーが謝ると、アリソンは姉の額を軽く小突いて「今回はこれくらいで許してあげます」と言って微笑んだ。
そしてアメリーとリィ、アリソン、グランデルは詳細を話す為に場所を変える事にした。アリソンがよく使用している執務室へと入る。そこでグランデルはググ村の状況、死傷者、黒いフードの男について報告した。あまりに凄惨な報告に、アリソンは顔を青くさせたがグランデルに自分の意見を伝え、二人で情報を纏める。そしてアリソンが一番驚いた事は――
「……男が魔物に変貌した⁉」
人間が魔物に変わったという、有り得ない報告だ。グランデルは見ていないが、リィが実際に目撃したと聞いてアリソンは頭を抱えてふらつく。
「そ、そんな事例は聞いた事がありません。……黒いフードの彼らには、私が想像するよりも重大な秘密を抱えていそうですね……」
それからアリソンとグランデルが意見を述べ合う。頭の回転の速いアリソンとグランデルの会話について行けないアメリーは聞くのを諦め、彼らの話が終わるのを待った。
彼等の話がひと段落着いたところで、アメリーは待っていましたと口を開いた。
「あ。それでアリーにも伝えておきたいんだけど」
アメリーは二国の動向を探る為にグランデル達隊長が二手に分かれる事、そしてエンペスト帝国に自分が行く事を簡潔に伝える。勿論、心配性のアリソンが簡単に了承するはずもなく。
「はぁ⁉ エンペストにアメリーが行く⁉ そんな事許されるはずがないだろう!」
鬼のような形相で一蹴されてしまった。こうなる事は予想通りだ。だが、簡単に引き下がるわけにもいかない。
「でも私はもう見ているだけじゃ嫌なの。大丈夫だよ。私、マリアとは仲が良かったし、怪しまれないでしょ? 私、アリーやお父様を襲った人達が何者なのか知りたいの。だから、許して」
しかし、アリソンは難しい表情で首を振る。
「……姉上が行くのは許せません」
「アリー……!」
「それなら僕も着いて行く! 僕だって城で黙って待っていられない!」
アリソンも同じ思いだったようだ。エメラルドグリーンの瞳には決意の色が込められている。それを聞いたアメリーは笑みを浮かべ、グランデルは困惑した表情を見せた。そしてリィは、嬉しそうに何度も頷いたのだった。
***
「――というわけで父上。私と姉上がエンペスト帝国へ行く事をお許し頂きたいのです」
謁見の間にはアメリー、リィ、アリソン、そしてグランデルを含めた隊長が揃っていた。騎士を引退したマイクルもいる。
そんな中、国王リグルトに対し、アリソンはグランデルから受けた報告を簡潔に伝えた。ググ村の惨状、生き残った者、フードを纏った男達の話。魔物に変わった男の話。
彼等に襲われた事のあるリグルトは驚きの表情を見せた。アリソンは、彼らは先日自分を襲った男と同じ組織の者の可能性が高いという事も伝え、フードの男達の素性を明らかにする為には二国の動向を探るのが必須な為、人を派遣する事、最後に本題であるアメリーと自分がエンペスト帝国へ行くメリットを小難しく話してから提案した。
しかし、今までアメリーとアリソンが外へ出る事を渋っていた父親が簡単に許すはずもなく、渋い表情を見せる。
「しかし、お前達二人が行っては――」
「父上。私達はもう十代半ばです。もう子供ではないのです。この歳から経験を学ばなければ将来立派な王になれません」
「だが、エンペスト帝国は危険だ。エンジュ殿は気難しい方だ。もし彼女の逆鱗に触れる事があったら――」
「そうならない為に、まずは女帝殿の愛娘マリアを懐柔します。幸運な事に姉上が彼女と仲が良いです。マリアを理由にして会いに行けば、娘に弱い女帝殿の疑いは薄まるでしょう。勿論、私達だけではなく、他の隊長にも同行してもらいます」
そう言ってアリソンは後ろを振り返る。そこには騎士隊長グランデル、弓兵隊長イム、銃器兵隊長ガイア、そしてマイクルが整列している。
「エンペスト帝国には私、姉上、グランデルが行き、カリバン王国にはイム、ガイアが行く。そして城にはマイクルに残って貰います。それなら文句は無いでしょう?」
「……確かに、グランデルがいれば心強いが――」
王の顔に迷いが生じる。アメリーは黙って聞いていたが、その顔を見てもう一息だと思わず拳を握り締めた時だった。
「――アリソン様。申し訳ございませんが、私はカリバンに行きます」
今まで無言だったグランデルが、突然そう言ったのだ。
「えっ……」
「私は所用でカリバンに行かなくてはいけないのです。私の代わりにイムを同行させては如何でしょうか」
「えー、俺ですかー。っていうか俺城で待機が良いんですけれどー」
グランデルの右隣でぼうっとしていたイムは突然指名されて面倒くさそうに顔をしかめるが、騎士隊長が笑顔で無言の圧力を加えると直ぐに口を噤んだ。王の前ですらかしこまらない男だが、一番弟子なだけあってグランデルの怖さを知っているようだ。
そんな中、イムの右隣に立っていたがたいの良い男が彼の両肩を思い切り掴んだ。
「イム! グランデル騎士隊長の直々の指名なのだからそんな態度はいけないぞ!」
「ぐえ。ガイア隊長―。分かりましたから揺さぶらないでくださいー」
イムを思い切り揺さぶるこの男は銃器兵隊長ガイアである。隊長の中では最年長だ。黄褐色の髪をオールバックにしており、太い眉の下には気迫の溢れた髪と同色の瞳。黄土色の鎧に身を包んでいるが、その上からでもがたいの良いのが分かる。イムは長身のグランデルよりも背が高いのだが、ガイアは意外と隊長の中では一番低い。だが、体格と勢いのせいか他の誰よりも大きく見える。
一気に騒がしくなる謁見の間だが、隊長達が集まるといつもこのような感じだ。国王リグルトもかしこまった雰囲気より親しみのある今の状態の方が好きなので、あまり注意した事も無い。
そんな中、今まで黙っていたマイクルが口を開いた。
「……グランデルがカリバンへ、ですか。ならば私もそちらへついて行きましょうかね」
「えっ……マイクルまで……」
「フフ、申し訳ございませんアリソン様。久しぶりにカリバンの地を踏みたくなりましてね」
マイクルまでも提案に乗らなかった事に更に驚くアリソン。グランデルとマイクルはいつもアリソンの意見には肯定的だったので、今回まさか断られると思っていなかった。自分の思い描いていた計画がことごとく壊れ、アリソンの瞳にジワリと涙が滲む。その様子にいち早く気が付いたのは意外にもガイアで、イムから手を離すとアリソンに歩み寄った。
「おおう……大丈夫ですぞ、アリソン様‼ このガイアがグルト城を護りましょうぞ‼」
「うう、ガイアありがとう……」
アリソンは涙を拭いながらガイアの優しさに礼を言った。ガイアが城に留まる事を決めたので、エンペスト帝国にはアメリー、アリソン、イム。カリバン王国にはグランデルとマイクルが行く事に決定した。丸く収まったかと思ったが、国王は渋い表情を見せたままだ。
「……しかし、エンペスト帝国に同行する者がイムというのは……」
「うわー、陛下それは酷くありませんかー。俺だってエンジュ女帝に一瞬で殺される未来しか見えないですよー」
別国の王子であるオトギの前ですら態度を変えない男だ。恐ろしいと噂のエンジュの前でもこのままなのだろう。正直アメリーもイムだけでは不安だ。しかし、彼を推薦したグランデルは笑みを浮かべたまま。
「私はイムを信頼していますので。彼だけに同行させるのが不安でしたら、このリィも一緒に向かわせましょう」
「……俺?」
グランデルの隣でぼうっとしていたリィは、まさか自分の名前が出てくるとは思わなかったのでやや驚いた表情を見せた。リグルト、アメリー、アリソンも彼の提案に面食らってしまう。彼は敬語を使えないし、エンジュの機嫌を損ねてしまう可能性が限りなく高い。それに、彼はリィスクレウムの右目を持っている。金眼がエンジュに見られてしまったとしたら、大変な事になってしまうかもしれない。アリソンがその事を言うと、グランデルは首を振った。
「リィはエンジュ女帝に気に入られるでしょう。何故なら、彼は英雄ヴィクトールと同じ氷魔法を使うのですから」
「……確かに、エンジュ殿はヴィクトールを熱烈に崇拝しているというが、同じ氷魔法を使うからといってリィ君を快く迎えてくれるのか?」
王は顎髭を擦りながら唸る。
五百年前に魔獣リィスクレウムを一人で倒したと言われている英雄ヴィクトールはグルト王国の王族だった――つまり、アメリー達の先祖である。ヴィクトールは氷魔法を使っていたが、その後は何故か氷を継承する事が出来なかった。それなのでスノーダウン家は五百年も前から氷魔法が潰えていたのである。その魔法を平民であるはずのリィが使えるのだから、由々しき事態だ。
グランデルはリィを一瞥してから変わらぬ微笑みを王に見せた。
「ええ。私は彼女がヴィクトールについて熱弁していたのを聞いた事があります。あの心酔ぶりでしたら間違いないでしょう」
「――そうかもしれないが……最近、我が国の騎士達が謎の失踪をしていると報告もある。このような状態の時に隊長のほとんどが城を留守にするのは如何なものか――」
「大丈夫ですぞ、陛下! この城の安全は私が保証致しましょう! 可愛い子には旅をさせよと言うでしょう! 今がその時ですぞ、陛下!」
ガイアは明るく笑い飛ばしてからそう言った。彼は国王と同年代であり、子供を持つ親なのでこの言葉にリグルトは突き動かされたようだ。少しの間悩んでいたが、意を決したように大きく頷いた。
「……そうだな。いつまでもアメルシアやアリソンを閉じ込めてはおけない。二国へ行く事が不穏を取り除く希望になるというならば、私は了承しよう」
「お父様……!」
「父上、ありがとうございます。必ず、有益な情報を掴んできます」
こうして、アメリーとアリソンはリィ、イムと共にエンペスト帝国に行くことが決定したのだった。
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