第33話

***


 黒と青の獣は結局見つける事が出来なかった。木々が生い茂る魔物の森では隠れる場所が数多もあるので、上手くやり過ごされてしまったのだろう。

 息のあった黒いフードの男二人は意識の無い内に身辺検査をし、武器や毒薬等を没収し、手足を縄で巻き、自害されないように布を巻いた縄で口を巻いた。その後残党がいないか騎士達が周辺を見回り、そしてググ村にあった死体を全て埋め終えた。

 全ての作業を終えた頃には辺りは薄暗くなっており、隣の村で休ませてもらう事になった。そこにはオウルの父親や生存者数名が治療を受けており、それを聞いたオウルは自分が負傷をしている事も忘れて走り出してしまった。


 アメリー達は小さな民宿に世話になる事になった。普段は騎士達が寝泊まりする為の場なのだが、王女が泊まるという事で主人達は大慌てで部屋を隅々まで綺麗に掃除した。気を使わなくて良いのに、と思ったが厚意に感謝して部屋を使わせてもらう事にする。

 アメリーが通されたのは一番隅の部屋だった。やや狭いが清潔感のある部屋だ。ほんのりと木の香りがする。

「それではアメルシア王女。私達はこれで」

 アメリーを部屋に案内したグランデルが一礼をして、一緒にいたリィを連れて行こうとする。リィの服装は誰かから借りたようで、黒いシャツにベージュのパンツ姿だった。

 リィの素性を知る騎士は、今回は同行していなかった。なので、彼が何故あれだけ血だらけなのに無傷だったのを不審がる騎士が何人かいた。グランデルが上手くはぐらかしてくれたが、一回抱いた不信感はなかなか拭えないだろう。

 アメリーはリィに視線を向ける。彼はいつも通りの眠そうな表情で不思議そうに首を傾げた。リィは今日致命傷の攻撃を受けた。その痛みは蓄積され、また眠る時にもがき苦しんでしまう。

「あ。私、リィに付き添いたいんだけど……」

「いけません。王女とあろう者が男の元に行くなど言語道断。……それに、私達はアメルシア王女の部屋の前を護衛しますので、側にはおります」

 グランデルに却下されてしまった。だが、苦しむリィを目の当たりにした事のあるアメリーはすぐに引き下がれずに「でも」と言い返そうとしたが、それよりも先にリィが口を開いた。

「アメ。俺の事は気にするな。今日は少し眠ったし大丈夫だ」

「……ごめんね。私がここへ来なければこんな事をしなくて良かったのに……」

「今更何をおっしゃいますか。これくらいの事慣れています。……貴女のお陰で、リィとオウルは助けられたんですよ。もし、アメルシア王女が私を呼ばなければ、二人はもしかしたら更に深手を負っていたかもしれませんから」

「……そうかな」

「らしくありませんね。楽観的な思考がアメルシア王女の取り柄だというのに」

「……何だか褒められていないような気がする」

「これは失礼致しました。とにかく、アメルシア王女は気に病まれず、今日はゆっくりとお休みください。明日の早朝にここを出発しますよ。私達は外におりますので、何かありましたらお呼びください」

 グランデルは微笑んでそう言うと、リィと共に部屋を出て行った。アメリーは一人だけになる。正確には扉の向こうに人の気配がする。グランデルとリィはそのまま部屋の警護をするようだ。

 アメリーは盛大に溜め息を吐いてポケットにある黒い魔石を取り出した。アメリーがここにいる元凶はこれだ。この魔石が勝手に動かなければ今頃城で大人しく待っていたというのに。弟の激昂する姿が思い浮かぶ。

「はあ。今回は珍しく大人しくしているつもりだったのに」

 恨みを込めて、黒い魔石を指で軽く弾くが、動きも喋りもしない。

――ググ村へ。黒い魔石はそう呟いていた。

「貴方の来たかったググ村に来たよ。貴方はあそこで何がしたかったの?」

 幾ら待っても何も言わなかったので、アメリーは諦めて黒い魔石を隅にある小さな机の上に置いた。そしてそのままベッドに横になった。

 今日はショッキングな光景を目の当たりにした。人の死体を見たのは初めてだった。鉄や、焦げた臭いが記憶から呼び起こされて、アメリーは思わず布団に顔を埋めた。

 明日は朝早いが、眠れるはずがない。寝返りを何度もしながらググ村の光景をずっと思い浮かべる。灯りを消して暗闇に一人でいるのは怖かったので、机上のランプに火は灯ったままだ。火の光で黒い魔石が僅かに輝きを帯びる。その輝きと同時に、あれ程無かった睡魔がアメリーを襲う。

「あ、あれ――また……」

 アメリーはベッド越しから黒い魔石を見つめる。あの魔石が光ると、アメリーは夢の世界へと誘われてしまう。まるで子守唄を歌われているかのように、瞼を開けていられなくなる。

(――オヤスミ、ア、メ――)

 その声を聴いたと同時に、アメリーは意識を手放した。


***


 

 翌朝。アメリーはあれからぐっすりと眠ってしまったようだ。窓から入る陽の光に起こされ、アメリーは薄らと目を開けて一つ欠伸をした。あんな惨い事件が起こった翌日だとは思えないくらい、晴天だ。誰かが死んでも、次の朝は来る。アメリーは窓の景色を見つめてから、複雑な表情を浮かべた。

服を着替えて髪を高い位置で結い、机の上にあった黒い魔石を手に取ると部屋を出る。外にはリィとグランデルが立っていた。二人とも一晩中立ちっ放しだったのだろうか。アメリーが挨拶をすれば、グランデルは「おはようございます」と爽やかな笑みを浮かべ、リィは眠そうに返した。

「アメルシア王女。朝食を食べたら直ぐにここを出発します」

「えっと……二人は休まなくて良いの? ずっとここにいたんでしょう?」

「ご心配頂きありがとうございます。一晩くらいでは疲れませんよ」

 少しも疲れを見せずに、グランデルは言う。リィはこくこくと何度も頷いた。彼が眠そうなのはいつもの事なので、表情からは疲れが判断出来ない。「でも」とまだ言いたげなアメリーにグランデルは「それよりも朝食です」と言って話を逸らしてしまう。

 

グランデルの言われた通りに朝食を済ませたアメリーは騎士達が食事をするまで泊まった部屋で待機して欲しいとグランデルに言われ、素直に待つ。人数もまあまあいるので一時間以上はかかるかと思っていたが、数十分程で「そろそろ出発します」とグランデルに声を掛けられた。

アメリーが起きる前にもう出発の準備は出来ていたらしく、外へ出ると馬や荷馬車がずらりと並んでいた。騎士達が馬の調子を見たりと最終準備をしている中、顔を俯かせているオウルが目に入った。口は悪いがいつも明るかった彼の憔悴している姿は見ていられない。

オウルに声を掛けたが、何処か虚ろで瞼は腫れて目は充血していた。父がいるこの村に留まるのかと尋ねたが、彼はグルト城に戻ると言った。

「……俺にはやらなくてはいけない事があるから」

 重い瞼の下で、藍色の瞳が強い思いを抱いているのが見て取れた。その瞳に映る感情はググ村を襲った男達への憎しみか。オウルに何か伝えたかったが上手く言葉が出ない。そうしている内に、彼は「俺も手伝ってくるから」と言って逃げるように騎士達の元へ歩いて行った。

 一人になってしまったアメリーは、自分も何か手伝いが出来ないかと辺りを見回す。するとこちらに背中を向けて騎士達と話すグランデルが目に入った。グランデルに何かないか聞いてみようと近付いた時、彼らの会話が耳に入る。

「――グランデル騎士隊長。彼らは、恐らくアリソン様を暗殺しようとした男と同じ組織だと思われます」

「……そうだな。そして、以前リグルト王を襲った者達も同じと思っていいだろう」

「……え⁉ どういう事、グランデル!」

 初耳の話に思わず割り込むと、グランデルが珍しく焦った様子で振り返った。

「……アメルシア王女。今の話……」

「お父様が襲われたって知らないよ! いつ⁉」

 グランデルは言い逃れが出来ないと思ったようで観念して全て話した。リグルトが襲われたのは数年前。エンペスト帝国からの帰り道で黒いフードを被った男達に囲まれた。その時はグランデル達が全て倒したのだが、騎士達が数名犠牲になってしまったという。リグルトは子供達には心配かけたくないからと、アメリーやアリソンには伝えられていなかった。

「そ、そんな……。お父様もアリーも命を狙われていたなんて……」

「あの者達が何処の国の者で何が目的なのか、生き残った男達に尋問するつもりですが、恐らく口は割らないでしょう。――ならば、他の二国に探りを入れるべきです」

「エンペストとカリバンに……?」

「ええ。隊長で手分けをして二国に赴き、探りを入れて来ます。カリバンは貿易関係で揉めてはいますが、表向き友好的ですので何事も無く入国させてくれるとは思いますが、エンペストは苦労するかもしれませんね。女帝エンジュは疑り深い事で有名です。突然グルト王国より遣いが来たら聞き出せる事も聞き出せないかもしれません。国王陛下にご同行頂けるか相談はしますが――」

「じゃあ、私がエンペストに行くよ。エンジュさんの娘のマリアにも会いたいし、ごついお父様が行くより私の方が警戒されないんじゃない?」

 グランデルに「駄目です」ときっぱり断られるかと思ったのだが、彼の反応は意外と鈍いものだった。顎に手を添え眉間に皺を寄せて「ですが……」と悩んでいる。これはもしや千載一遇のチャンスではないか、と思ったがそう簡単には了承されず。

「……私の判断ではどうにも出来ませんので、国王陛下にお伝えください」

 そうはぐらかされてしまった。彼の言う通り王であり父のリグルトから了承を貰えなければ、エンペスト帝国へは行けないだろう。

 小さい頃はよく父と共にエンペスト帝国やカリバン王国に何度も連れて行って貰った。それなのに、リグルトがアメリーやアリソンを外へ出したがらなくなったのは、二人の母であるクラウディアの存在があるからかもしれない。

 だが、アメリーは引き下がれるわけがなかった。父や弟が襲われたというのだ。そのまま黙って見守るだけなんて出来ない。

絶対父にエンペストに行く事を了承して貰う。アメリーはそう決心をしたのだった。

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