第28話

ググ村へはグランデルと騎士隊数名、リィが行く事になった。ググ村出身者であるオウルにも凄惨な事件が伝えられたのだが、彼はショックのあまりその場に倒れてしまった。生まれ故郷がそんな事になってしまったのだ、無理もない。事の顛末を伝えた兵士に頬を叩かれ、すぐに覚醒したオウルだったが、彼は顔面を蒼白にし、身体を震わせ、地面に座り込んだまま声を上げて泣いた。

 不幸中の幸いか、オウルの父親は生きているという。しかし、深手を負っており意識が戻っていないそうだ。そして、村の長であり予言者であるシーラも無事だそうだ。

 アメリーはオウルに何も言葉を掛けられなかった。大丈夫だとか、元気を出してとか言えるわけがない。長年オウルに世話になっていたリィは、ただ黙って彼の背中を撫でてあげていた。


 そんな中、ググ村への出立準備を終えたグランデルがやって来た。いつもの紫色の鎧を纏い、柔和な表情を少しだけ張りつめさせている。グランデルはオウルの前で片膝立ちになり、彼と視線を同じにする。

「オウル。私達はこれからググ村へ向かう。君も行くか?」

 オウルは嗚咽を漏らしながら泣いていたが、グランデルの言葉を受け、涙を手の甲で乱暴に拭って鼻水を啜った。

「……行く。行かせて、ください」

 それを聞いたグランデルは少しだけ頬を緩めた。だがそれは一瞬で、直ぐに立ち上がると「では、君も準備をしてくれ」と言い、次はオウルの隣にいるリィに目を向けた。

「リィ。あと数刻程で出発する。念の為武器も忘れるな」

「……分かった」

 オウルが落ち着いたのを確認すると、リィは支度の為去って行った。彼の後ろ姿をアメリーは複雑な気持ちで見送った。オウルにとっては生まれ故郷であるググ村だが、リィにとっては憎んでも当然な人々の住む場所だ。彼の胸中には一体どんな思いが秘められているのだろうか。


 アメリーは一度自室へと戻る事にした。アリソンが時間になったら見送りに行くと言っていたので、自分もそうしようと思いながら廊下を歩き、自分の部屋へと着く。

 アメリーはベッドにダイブして、深く息を吐いた。アメリーの手首には金色に光る魔石が付いたブレスレットがある。魔力を多く使ったので、疲労が溜まっている。それはリィだって同じはずだ。もしググ村を襲撃した者達がまだ近くに潜んでいて、リィ達を殺そうとしたら。彼は不死であるが、その痛みは記憶に残される。もうこれ以上リィに辛い思いをして欲しく無かった。

 ふと、今日交換した翠玉石のお守りの事を思い出し、ショートパンツのポケットから取り出そうとする。その手に二つの塊の感触を感じ、アメリーは不思議に思いながらもどちらも出してみた。

「あ、そうだ。これ、アリーに見せた後ポケットに仕舞っちゃったんだっけ」

 リィから貰った翠玉石と共に出て来たのは、黒い魔石。自分より知識のある弟に託そうと思っていたのだが色々あって渡し損ねていた。アメリーは寝転がったまま、ブレスレットの金色の魔石と黒い魔石を見比べてみる。雷魔法を携える金色の魔石は澄んだ色をしているのだが、黒い魔石は淀んでおり、中心部にある炎のような模様がぐねぐねとうねっているように見え、まるで中に生物が閉じ込められているかのようだ。少々気味悪さを感じる。

「あなたは魔石なの? 本当に真っ黒……」

 返事が無いのは当然なのだが、思わず問い掛けてしまう。書物を調べても、アリソンに聞いても正体が掴めない。これを託したセンカにも聞く事が出来ない。八方塞がりだ。

「カリバンは一体どうなっているの? センカは――ナツメは無事なの?」

 他国の者とはいえ、友達だ。何かがあったのなら力になりたい。それにナツメは、アメリーにとって憧れの存在。王族でありながら国民に分け隔てなく接し、屈託の無い笑みを見せていた彼はアメリーに大きな影響を与えた。――こっそり城を脱け出している、という所もだ。

 だが、ナツメは何年も姿を眩ませるなど、兄弟や国民に心配させるような男では無かった。センカの表情に影が落ちていたのも、彼の失踪のせいなのだろう。

「……ググ村はどうして襲われたの? マカニシア大陸はずっと平和だったはずなのに、どうして――」

 ずっとこのまま平和な世界が続いていくのだと思っていたのに、一つの黒が混じった途端、あちこちに不穏な雰囲気が漂い始める。リィも、センカも、ナツメも、マカニシア大陸に住む全員が幸せになって欲しい、という願いはあまりにも無謀なのかもしれない。けれども願わずにはいられない。

「私に出来る事って……あるのかな」

 思い悩みながらポツリと呟いた時だった。

(――ア、ル――)

「⁉」

 突然自分のものではない誰かの声が聞こえてきて、アメリーは飛び起きた。声を掛けられたというより、直接脳に響くような声だった。

(――タ、ス、ケ、ニ――)

「え、え、何⁉ 誰が話しているの⁉」

 部屋の中にはアメリーしかいない。アメリーは自分の頭を掴みながらパニックになってしまう。濁ったような声は雑音のようなものが混じっていて男か女か判断する事が出来ない。怖くなったアメリーは部屋の外にいるであろう給仕達に助けを求めようと扉の方に向かおうとしたが、それを阻むように目の前で黒い魔石が浮遊していた。間髪いれずに起きた出来事に、あまりに驚き過ぎたせいかアメリーは悲鳴も出なかった。目の前の魔石は、まるで意思があるかのように浮いており、見据えられているような感覚に陥る。アメリーは固まってしまい、しばらく魔石を凝視してしまう。

(……ア、メ……コッ、チ……)

 すると、先程の声がしたかと思うと、黒い魔石はアメリーの頭上を飛び、少し開いていた窓から外へ出て行ってしまった。

「えっ⁉ ちょ、ちょっと待って――!」

 明らかに魔石が喋ったのだが、それよりもあれが無くなってしまってはセンカに申し訳が立たない。アメリーは慌てて部屋を出ようとしたが、外には給仕達がいる。いつも脱出するルートを使おうと思い立ち、カーテンを二つ外して器用につなぎ合わせてロープ状にすると、それを使って近くの木の枝へと飛び下りた。

 木の幹にしがみついて降り、綺麗に地面に着地する。もう黒い魔石はいなくなってしまったかと辺りを見回してみると、意外にもそれはアメリーを待っているかのようにふよふよと浮いていた。しかし、アメリーが見つけたと同時に、黒い魔石はまた何処かへと移動してしまう。アメリーは魔石を見失わないようにと必死に走って追いかけた。

 整えられた美しい庭園を抜け、城門前へと辿り着く。魔力を消費していたアメリーは息も絶え絶えになっていた。フラフラとしながら黒い魔石を必死で追う。一定のスピードで動いていた魔石だったが、城門前の荷馬車の前でピタリと止まった。ググ村へ行く予定の荷馬車だろう。御者は馬の面倒を見ていて、宙に浮く黒い魔石も息を荒くしているアメリーの存在にも気が付かない。

 アメリーが魔石を捕まえようと手を伸ばしたが、それを避けるように荷馬車の中へと入ってしまう。アメリーも追い掛ける為こっそりと荷馬車に乗った。

 荷馬車の中はスコップや、武器、医療物資など様々な物が置かれていた。恐らくググ村の人々の埋葬、家の解体等を行う物だろう。薄暗いので黒い魔石が同化してしまい、探すのに難航してしまう。

「おーい、魔石くーん……」

 試しに適当な方向へ呼び掛けてみたが、勿論返事は無かった。荷馬車はもし座席があれば十人くらいは乗れる広さだ。ただ物資の量が多いので足の踏み場が少ない。金色の魔石を使って手の平に小さな稲妻を走らせて灯り代わりに使う。道具の入った木箱を避けながら探していると、荷馬車の隅に落ちた黒い魔石を見つけた。

「魔石くん?」

 ゆっくりと近付きながら恐る恐る手を伸ばしてみるが、突然浮いたり話したりする様子は無い。ホッと一安心してアメリーは黒い魔石を手に取った。

「良かった。早くここから出なくちゃ。アリーに怒られちゃう」

 そう言って歩き出そうとした時だった。

(ダ、メ)

「え――?」

 濁った声が聞こえたと思った途端――黒い魔石が熱を帯びた気がした。そして突然アメリーは酷い睡魔に襲われる。

「あ、あれ……?」

 アメリーは感じた事の無い程の睡魔に、立っていられなくなる。そのまま膝から崩れ落ち、抗う事も出来ずにゆるゆると瞼が下がっていく。

(こんな、所で、寝ている場合じゃないのに――)

 そう思っていたが、睡魔には叶わず、アメリーは目を閉じた。

(――グ、グ、ム、ラ、へ――)

 意識を手離す直前、濁った声がそう言ったような気がした。

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