第22話
このまま終わってしまいたいところだが、遠路はるばるやって来た客人だ。そんな邪険に扱う事も出来ない。アメリーとアリソンはオトギとセンカを城の庭園へと招待した。庭師のオウル達が整えてくれている美しい庭園だ。庭園の真ん中には噴水があるのだが、それを囲うように色鮮やかな花々が植えられている。
「とても美しい」
オトギが右手だけ広げて大袈裟に言う。それが返って白々しさ満点なのだが、アメリーは何も言わないでおく。オトギのような男には、あまり深く関わらない方がいいとアリソンからも言われていた。
オトギよりもセンカと話をしたいのだが、彼女は兄から離れず、なかなか機会が訪れない。オトギがいると、センカとの会話を尽く邪魔をされていた。
「そういえば、リグルト王はいらっしゃらないのですか?」
「……父上は、急用で出掛けておりますので」
「そうですか。それは残念」
久し振りにお会いしたかったのですがね、とオトギはアリソンに微笑みかけた。それはまるでアリソンでは力不足だ、と言っているような気がしてアメリーの方がムッとする。しかし、言われた方のアリソンはものともせず、むしろ爽やかな笑みを浮かべていた。
「ええ。第二王子である貴方なら、次期国王である私が適任かと思いましてね。カリバン国次期国王であるナツメ第一王子とまたお会い出来ると嬉しいのですが」
ピクリとオトギの白い眉が痙攣する。アリソンは自分の地位をひけらかすタイプではないのだが、プライドの高い第二王子の神経を逆撫でするには利用するのが一番だ。しかも自分よりも十以上は年下のアリソンに言われるのは大変不服だろう。
お互い笑顔なのだが、見えない火花が散っているような気がする。
そんな二人を見ていたアメリーだったが、ふとセンカの方へ目が行く。彼女も王子二人を見てオロオロとしていた。オトギはアリソンと表面上の対話をしていて、センカの方へ気が回っていない。これ幸いと、アメリーはセンカに近付いてそっと耳打ちをする。
「ね、センカ。こっちに綺麗な花壇があるの。こっそり行ってみない?」
「……あ、うん」
アメリーの突然の誘いに戸惑ったセンカは、一度兄の様子を窺ってから、コクリと頷いた。
二人に気が付かれぬようこっそりと移動し、アメリーは庭園で一番大きな花壇へと案内した。庭園の隅にある花壇はアメリーが無理言って造ってもらったものだ。アメリーの自室からよく見える場所にあり、彼女の好きな花ばかりが植えられている。
「ほら、綺麗でしょ? 最近入った庭師が手入れしてくれているんだよ」
最近入った庭師とは、オウルの事である。土いじりが大好きなようで、花壇の手入れも彼が受け持っているのだ。がたいの良い外見とは裏腹に随分と器用なようだ。
色とりどりの花を見て、センカは少しだけ表情を緩ませた。ここへ来て初めて見た彼女の笑顔だった。
「本当に、綺麗ね……」
「覚えている? 私達、この庭園で追いかけっこをしたりしていたんだよ」
「勿論、覚えているわ……」
二人は顔を見合わせて微笑んだ。少女の時と比べれば雰囲気は大分落ち着いているが、微笑む姿は変わらない。アメリーは他愛のない話を少ししてから、話を切り出した。
「ねえ、センカ。何かあったの? 貴方、まるで別人みたい。何かに怯えているように見えるよ」
「……あ」
途端に、センカから笑顔が消えて悲しい表情に戻る。何かがあったのは明らかだった。しかし、彼女は口を噤んでしまう。仲が良いとはいえ、他国の王女だ。自国で何かが起こっていたとしたら容易に話す事は出来ない。
「……あ、ごめんね。無理に聞くつもりはないの。ただ、心配で――」
そう言い掛けた時だった。センカが突然アメリーの手を取って両手で覆うように握ってきた。アメリーは思わず目を見開いてどうしたのかと問おうとしたが、センカの表情は切羽詰まっていて口を噤んでしまう。
「アメリー……!」
「え……?」
センカに握られた手に違和感を覚える。しかし、目の前のセンカは今にも泣きそうな表情で、その違和感はすぐに消えてしまった。
「な、ナツメ兄様が――」
震える声で、センカが何かを言おうとした時だった。
「センカ? 何をしているのです? 駄目でしょう、私の側を離れては」
背後から聞こえた声に、センカの顔色が変わった。立っていたのは、もちろんオトギ。アリソンとの話を終えてこちらに来たようだ。オトギはニコニコといつもの笑みを貼り付けている。兄が笑っているというのに、センカは恐怖にひきつった顔で震えている。明らかに異様な雰囲気だ。震えだしたセンカを庇うようにと、アメリーは前に立った。
「あ……。すみませんオトギ第二王子。私が誘ったんです。久し振りに話がしたくて」
「そうでしたか。楽しい話は出来ましたか? それとも――何か聞いたりしていないでしょうね?」
「――え?」
オトギが今まで貼り付けていた微笑みが急に消える。藍色の瞳に冷たさが混じり、アメリーの背筋に冷たいものが走る。初めて見せる別の表情はまるで汚物を見るかのように冷ややかで、感情が籠っていない。
オトギの右手が、ゆっくりと動く。アメリーは震えるセンカを身で隠す。彼の手はゆっくりとアメリーの頭へと近付き、指先が触れようとした時だった。
「!」
突然オトギが空を見上げて身を引いた。そして次の瞬間――空から何か大きなものが降ってきた。オトギとアメリーの間に現れたそれは人間だった。黒髪に藍色の布を右目に巻いた男。後ろ姿だったが、アメリーは誰だかすぐに分かった。
「リィ⁉」
「殺意を感じた。――お前、今アメに殺意を向けたな?」
リィは双剣を両手で構え、いつもは眠そうな目を鋭くさせてオトギを睨みつけた。
どうやらリィはオトギがアメリーへ殺意を放った事を察知し、二階から飛び降りて現れたようだ。オトギは舐めるようにリィを見つめると、大袈裟に肩を竦めてみせた。
「……これはこれは野蛮な男だ。服装は粗末なものだし、とても下品だ。――この男は不法侵入者では?」
今まで隠れていたカリバン国の護衛二人が瞬時に現れ、リィの前に立ちはだかる。どちらとも剣を抜いており、今にも飛び掛かりそうな勢いだ。リィの背後に王女がいる為、グルト王国護衛のマイクルとイムもそれを黙って見ていられるわけもなく、リィの両隣にそれぞれ立つ。
「うわー。リィ何やっているんだよー。俺、接近戦は苦手なんでマイクル殿お願いしますー。援護はしますんで」
「……お前は今弓を持っていないだろう。その手に持っている剣を使いなさい」
緊張感のない物言いだが、しっかりと剣を構えるイムに、マイクルは呆れた様子で返しながらも目は真っ直ぐとカリバン王国の兵士に向けられている。一触即発の雰囲気に、アメリーは慌ててリィの肩を掴んだ。
「ちょ、ちょっと落ち着いて! 皆、大丈夫だから剣をしまって! リィ、この人はカリバン王国のオトギ王子だよ!」
「……カリバン?」
敵意剥き出しだったが、アメリーの言葉により、リィは剣の構えを解いた。それと同時にマイクルとイムも剣を仕舞うが、アメリーの前をどこうとはしなかった。カリバン王国の護衛は剣を抜いたままであったが、オトギが「もういい」と一言言えば、すぐに剣を腰へ差し、彼の背後に回る。
そんな中、アリソンが息を切らせてこちらへと駆け寄って来た。自分がいない間に殺伐とした雰囲気となっていた為、アリソンは怪訝そうな表情を見せたが、その中にいるはずのない人物を見つけ、目を見開いた。
「り、リィさん! 部屋にいてって言っていたのに……!」
「おや、お二人の知り合いですか? こんな品の無い男、どうしてこんな所にいるのです?」
アメリーやアリソンの言動により、リィはこの城の者なのだと何と無く察したオトギは鼻で笑う。明らかにリィを貶していると感じたアリソンは思わず言い返しそうになったが、リィが手の平を見せて制した為、口を噤む。自分の慕うリィが悪く言われるのは我慢ならないようで、アリソンは下唇を噛んでいる。
「アリー、すまなかった。部屋にいるという約束を破ってしまった」
「いえ、仕方がないです……。何かがあったんですよね?」
部屋にいてくれという約束を破ってまでリィがここへ現れたという事は、余程の事があったのだとアリソンも理解したようで、オトギを一瞥する。リィはこくりと頷くと、オトギを指差して口を開く。
「この男が、アメに殺意を向けた」
「……オトギ王子が?」
穏やかではない発言に、アリソンは怪訝な表情を見せる。姉に殺意を向けられるとは許し難い行為だろう。リィの殺意を感じる力は、以前刺客から命を救われた事により一番理解しているであろうアリソンだが、その言葉だけではオトギに認めさせる事は出来ない。オトギも認めるつもりはないのだろう。慌てた様子も無く、いつもの薄い笑みを浮かべている。
「口の利き方が分からないようですね。貴方は誰と話していると思っているのですか? 随分と躾がなっていない男だ。まるで獣だな」
「獣は……どっちだ。お前は、まるで――」
「リ、リィ! とりあえず黙って! オトギ第二王子、えーと、この度はこちらの従者がとんだ失礼を致しました。長旅でお疲れでしょう? 部屋を用意しているので、そちらでお休みになられてください!」
オトギの行動には不可解な点があったが、これ以上この話を続けると本気で両国間に溝が出来そうなので、アメリーはリィの口を両手で塞いで早口で捲し立てるように言った。オトギは一瞬きょとんとしたが、すぐに口角を上げる。
「ええ、ありがとうございます。それではお言葉に甘えて……。センカ、良いですね?」
「……はい」
グルト王国の従者の案内で、オトギとセンカは護衛を従えてこの場を去って行った。アリソンがマイクルとイムに、もう持ち場へ戻って良いと伝えると、二人は一度礼をしていなくなる。
二人の背中が見えなくなってから、アリソンは顔を赤くし、怒りの形相で地団太を踏んだ。
「何なんだよ、あいつ! アメリーに殺意を向けたって本当か⁉」
「間違いない。あの殺意はアメに向けられていた」
アメリーも勿論、自分に殺意を向けられた事は分かっていた。凍るような視線、真一文字に結ばれた薄い唇。今思い出すだけでも身震いしてしまう。オトギがいる前では気丈に振舞っていたが、今更恐怖心で身体が震える。そんな中――リィが突然アメリーの頬を両手で包んだ。
突然の出来事に、アメリーは目を見開く。頬から感じるリィの体温が心地よくて、恐怖心が少しだけ和らぐ。目の前のリィはいつも通り眠そうだが、真っ直ぐとアメリーを見つめている。
「アメ、大丈夫だ。俺がいる限り、お前を危険な目に遭わせない」
その言葉に、体温に、アメリーは安堵した。感じていた恐怖心は消え去り、リィの優しさが身に染みる。先程もアメリーの身の危険を感じ、颯爽と現れてくれた。彼ならきっと、自分を助けてくれる。そう確信したアメリーは大きく頷いた。そんな二人を見ていたアリソンは顔が赤いままだったが、怒りは落ち着いたようで、一つ咳払いをしてから口を開いた。
「でも、一体何があったの? アメリー」
アリソンの言葉と同時にリィはアメリーから手を離した。リィの体温に名残惜しさを感じながらも、アメリーは弟の問い掛けに答える。
「センカと二人きりで話していたの。元気が無さそうだったから、どうかしたのかって。そうしたら途中でオトギ王子に見つかって……」
――アメリー……! な、ナツメ兄様が――
必死の表情で何かを伝えようとしていたセンカ。カリバン王国で異変があった事は明らかだ。――そして、第一王子ナツメの身に何かがあった事も。その事をアリソンに伝えると、彼は難しそうな表情で自分の顎に手を添えた。
「……他国の事であまり首を突っ込むのは良くないかもしれないけれど……センカの態度は気になるね。もし、ナツメ第一王子に何かがあったというのなら、ただ事では済まないはずだ。……オトギ王子とセンカはここへ三日程滞在する事になっている。僕がそれとなく探ってみるよ」
「あ、じゃあ私も――」
「アメリーはオトギ王子に会いたくないでしょ? ここは僕に任せて、リィさんと一緒にいてくれる? リィさんが一緒なら僕も安心だし」
「う、うん……」
アリソンの姉を庇う気持ちが痛いくらいに伝わって来たので、弟に任せようと頷く。本当はセンカに直接聞きたい事があるが、オトギの目が光っている内は難しそうだ。
アメリーは手中のある物をキュッと握り締める。先程――センカがアメリーの手を掴んだ時、悲しげな表情を浮かべる彼女はそっとある物を渡していた。そっと手の平を開けて見てみると、五センチくらいの丸い塊が白い紙で乱雑に包まれている。オトギに隠れて手渡したこの塊に、何かがあるのだろうか。
「アリ―、あのさ……」
「あ、次の仕事が控えているから、僕はそろそろ戻るよ。アメリー、今日は部屋で大人しくしていてね」
「あ、うん……」
この謎の物体の事を伝えようとしたが、アリソンは忙しそうに走って行ってしまった。アメリーとリィだけがその場に留まっている。アメリーがチラリとリィを見れば、彼は紙に包まれた塊が気になっているようで凝視している。一人で抱え込んでいるのが嫌だったので、リィに話してみる事にする。
「あ、これセンカに貰ったの。何なんだろう」
そう言いながら、塊を包んでいる紙を開いてみる。本の頁を破いたもののようで、人の手で裂いた跡があり、文字が並んでいる。しかし、アメリーは見た事の無い文字だ。そしてそれに包まれていた塊は、漆黒の色の石だった。一瞬ただの石のように見えるが、微かに魔力を感じる。
「黒い石? 魔石のようだけど何か嫌な感じ……。これ、何だろうね?」
「分からない」
リィは首を振った。魔石はその者の持つ魔力によって色を変える。雷だったら金色、氷だったら透明、水だったら青色。――黒色の魔石など聞いた事が無い。
(カリバン王国の加護石的な存在の何か? ……それにしてはドス黒いけど)
魔石は国それぞれが保管しており、グルト王国では王が魔力を込めた石を加護石と呼び、国民達の防御壁として効力を発揮する。アメリーのように魔力の足りない者の力を補う事も出来るのだが、加護石がグルト王国にとって本来の使い方だ。
カリバン王国にも恐らく王族が魔力を込めた魔石が存在している。それは回復に特化した魔石だと思っていたが、手中にある漆黒のそれは明らかに人の傷を癒す物ではない。
(……皆忙しそうだし、私で調べてみようかな)
調べ物が得意ではないアメリーだが、友達のセンカの異変を知る手掛かりになるかもしれない。そう思うと、不思議とやる気が湧いて来た。決心して黒い石を握り締めたアメリーを見て、リィは不思議そうに首を傾げたのだった。
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