第21話

城へと戻れば、すぐに給仕達に囲われて衣裳部屋へと連行されてしまった。既に用意されていた緑と黄が基調のドレスに着替えさせられる。いつも上の位置で結っている髪もサイドに編み込みを入れられ綺麗に一纏めにされた。

 着飾った自身の姿を鏡で見て、顔をしかめる。このような堅苦しい恰好がどうも苦手だ。しかし、他の国の客を前にいつものような露出の多い恰好ではいけないと自分でも理解している。

 衣裳部屋から出ると、扉の前ではアリソンが仁王立ちでこちらを睨んでいた。

「姉上……。今日はオトギ第二王子とセンカ第一王女との会食だって言っていましたよね。最近大人しくなったと思っていたのに……!」

「だってオトギ王子に会いたくないんだもん」

「だからって私一人に押し付けないでください!」

 アリソンもオトギの事を苦手と思っているようだ。アメリーは苦笑して謝ってから、辺りを見回した。

「あれ、リィは?」

「リィさんは別室に待機してもらっています。あまり他の国の人達と関わらせたくないので」

 リィスクレウムの右目を持った男。そのような存在がこの城に匿われていると知られたら一体どのような騒ぎになるのか。最悪争いの火種になりかねない。それを懸念したアリソンの提案のようだ。はっきりと言わなかったのは、周りに何も知らない従者達がいるからだろう。アメリーは残念に思ったが、リィの為なら仕方がないと納得した。


***


 会食をする場に到着すると、既に男女が席に着いていた。男は白髪で長い前髪をセンターで分け、左側を青色の宝石が散りばめられた大きなピンで留めている。瞳は藍色で、目鼻立ちがとても整っており、格好いいというより美しいが似合う男だ。歳は二十代半ばくらいだったはずだ。アメリーとアリソンの姿に気が付いた男――オトギ=レイ=アクアソットはにこりと微笑んで立ち上がり、軽く頭を下げた。

「これはアメルシア王女、アリソン王子。お久しぶりです。先日は私の体調不良により中止となってしまい申し訳ございませんでした」

 アリソンは彼の姿を見てやや目を見開かせたが、他所行きの笑みを見せて答える。

「ああ、良いのですよ。体調が戻られたようで良かったです。ところで、その髪はどうされたのです? 以前は青色だったような気がするのですが……」

「……実は最近私も病魔に侵されてしまいましてね。そのショックで白髪になり、左手もこのようになってしまったのですよ」

 オトギはそう言って紺色のマントに隠れていた左腕を見せる。彼の左腕は包帯で覆われ、首にくくられた布で支えられていた。アメリーとアリソンがオトギに会ったのは五年以上前の事だ。当時は綺麗なスカイブルーの髪色をしていたのだが、その色はかろうじて毛先に残っているくらいで、ほとんど白髪の状態だ。カリバン国の王族が原因不明の病に侵される者が多い、と以前聞いていたアメリーは驚きのあまり思わず口元を手で覆う。

「病気って大丈夫なんですか? そんな無理してこちらに来なくても良かったのに……」

「おや、アメルシア王女。本日も相変わらず麗しい。ますます美しく健康的になられましたね」

「あ、あはは……素敵なお世辞ありがとうございます」

 歯の浮くセリフを恥ずかしげもなく述べるオトギに、アメリーは引きつった笑みで返す。彼は美しいが、言葉に感情が籠っているように聞こえない。口元は微笑んでいるが、目元は全く笑っていないからだろう。彼の値踏みするような視線が、アメリーはとても苦手だった。

「私の病気は大した事ないのですよ。生死に関わるものでもありません。誰にも移りませんし、ご安心ください」

 髪の色が抜け、左腕が動かせない状態はとても大した事のように思えたが、本人がそう言っているのならあまり深入りしてはならないと思ったアメリーは「それなら良かったです」と軽く受け流した。そしてアメリーはオトギの隣に立つ女性に目を向ける。

 スカイブルーの髪は顎下までの長さで、内側に整えられている。紺色の生地にフリルが控えめにあしらわれたドレスに身を包んでいる。胸元には青く輝く石のブローチ。兄と同じ藍色の瞳は何処か悲しそうで、顔色があまり良くない。アメリーが幼い頃よく遊んでいたセンカ=リヴァ=アクアソットだ。

「センカ久し振り。センカも具合悪いの? 顔色が良くないよ」

「あ……。アメリー久し振り……。ううん、私は元気よ……」

 明らかにオトギよりも覇気が無いのだが、センカは静かに笑う。センカに最後に会ったのは五年前。アメリーが十一でセンカが十二の時だ。その時の彼女は明るく走り回る少女だったのだが、五年でこんなにも変わってしまうのだろうか。

「失礼、センカは人見知りでね」

 アメリーが口を開いた時、オトギが割り込むようにそう言った。センカは兄を怯えた表情で見ているように見えた。まるで化け物を見つめるかのような彼女の視線に、アメリーは違和感を覚えた。

 挨拶を終え、オトギとセンカの対面に座ったアメリーとアリソン。給仕達が食事を順番に用意してくれる。今回はグルト王国で獲れた魚介や野菜などをふんだんに使ったものだ。アメリーは大好物ばかりで勢いよく食べたい衝動に駆られたが、一王女として下手な行動は出来ないと我慢してゆっくりと口へ運ぶ。自由奔放なアメリーだが、王女としてのマナーは一通り覚えている。

「それにしても、相変わらずグルト王国は美しいですね。城下町も栄えていて自然も豊かで。我がカリバン王国も見習いたいですよ」

「カリバン王国も良い国ではありませんか。私が訪れた時は十も満たぬ歳でしたが、とても美しいのを覚えていますよ」

「……フフフ。ありがとうございます」

 アリソンとオトギの会話は、表面上は褒め合っているように見えるが、何だか探り合いをしているような気がしてならない。アリソンは十代半ばでありながら、頭の回転が速いので十も歳上のオトギの前でも怖気づかずに堂々としている。

 この部屋には四人だけでは無い。オトギとセンカの背後には二人の護衛がおり、アメリーとアリソンの背後にはマイクルとイムがいる。ふと、オトギの視線がそちらへと向いた。

「おや。今日はグランデル騎士隊長がいないようですが」

「あー、グランデルは本日急用で外出しておりますー。それなので私イムとマイクルが同行させてもらっていますー」

 イムは他国の王子の前でも変わらず、だるそうに語尾を伸ばして伝える。隣のマイクルが彼に注意をする意味で名を呼んだが、イムは全く聞いていない。彼の失礼な態度に、オトギは気にした様子も無く微笑む。

「ふむ……。イム弓兵隊長ですか。貴方もなかなかの腕を持っていると聞きます」

「いやー、そんな事無いですよー。私の事はどうでもいいので、どうぞお食事を進めてくださいませー」

 褒められたというのに、全然嬉しくなさそうに、むしろ話かけられた事を面倒くさく思ったようで、イムはオトギに食事をするよう促した。イムの態度にアリソンは片眉を痙攣させたものの、注意する事は無かった。恐らく、この会食を終了したらお説教が始まるのだろう。

「……オトギ第二王子はこちらの騎士達の事を随分と知っておられるのですね」

「ええ。グルト王国の騎士団の体制が風変わりであられるので。隊長は何名もおられるようですが、統括している騎士団長がいないようですね」

「実質取り纏めているのはグランデルですが、現在グルト王国に団長はいません」

「ほう……。グルト王国は騎士の人出に困っているのでしょうか。その方は随分歳がいっているようですし」

 オトギの藍色の瞳が捉えたのは、白髪をオールバックにした元騎士隊長のマイクル。本人は気にした様子も無く、微笑みを浮かべていたが、アリソンの勘に触ったようで、大きな瞳を吊り上げてオトギを睨んだ。

「この方は騎士隊長を引退した身ですが、こうしてグルト王国に貢献してくださっているのです。その言い方は失礼ではないでしょうか」

「おや、失礼。グルト王国の騎士は若い者が多いので、その方はどうにも目立っていましてね」

 明らかに気分を害した様子のアリソンに、オトギは微笑みを浮かべたまま肩を竦めてみせた。こういう人の神経を不必要に逆撫でする所が、アメリーは苦手だった。どうして彼だけがこんなにひねくれているのだろう、とアメリーは思う。センカは控えめになってしまったが心優しい女性のままだろうし、そして何より――第一王子が、太陽のような存在だった。アメリーは表情を曇らせながら、オトギに尋ねる。

「……ナツメ第一王子は、まだ見つからないのですか?」

 カリバン王国第一王子ナツメ=セア=アクアソット。オトギより二歳上の男。彼はよく笑う男で、人の痛みが分かる心優しい男だった。幼いアメリーは彼に憧れを抱いた事がある。次期カリバン王国の王になると言われていた男が――五年前、突然身をくらませたというのだ。カリバン王国の騎士達総出で探したが、結局ナツメは見つからなかった。アメリーは、彼が国を放って姿をくらますような男ではないと知っていた。だから、この失踪には何かがあると思っていた。恐らく、アリソンも同じ気持ちだろう。

「――ええ。残念ながら、ね」

 オトギは目を伏せながら首を振った。実の兄が失踪したというのに、オトギからは心配の色が全く見られない。今も悲しそうな表情を浮かべているが、アメリーには笑っているように見えた。

「私は兄上を慕っておりました。それなのに、まさか逃げ出すなどと思わず……」

「ナツメ第一王子は逃げ出したのですか? とてもそのような方には見えませんでしたが」

「人は見かけによらぬものですよ、アリソン王子」

 慕っているという割には、兄を逃げたと決めつけている。少しも庇おうとしない。アメリーはオトギのこういう薄情なところが苦手だった。悲しそうな表情を浮かべたまま何も言わないセンカも、彼の影響ではないのかと勘ぐってしまう。

アリソンは苛立ちを露わにしているし、オトギは微笑んでいるが、挑発しているようにしか見えない。そして、センカは顔を伏せたまま。これを見て和やかだとはとても思えないだろう。雰囲気の悪い状態のまま会食は終わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る