第19話
アリソンの部屋を後にしたアメリー、リィ、エダ。アメリーはこの後特に予定が無かったので、リィに今後の予定を尋ねると、王から謁見の間に呼ばれているという返答があった。
忘れがちだが、彼はグルト王国で失われたはずの氷魔法が扱える。だが、さほど魔力は強くないようでアメリーのように魔石を介してではないと魔法は扱えないようだ。アメリーはあの牢で見た氷魔法を思い出し、また好奇心をくすぐられる。リィの周りに浮く氷の結晶はとても美しく、儚かった。
「私も付いていく!」
「うん、分かった」
リィは悩む様子も無く了承した。それでは三人で謁見の間に行こう、と歩み出そうとした時、宙に浮いていたエダが突然二人の頭上へ飛び、上半身を折って顔を覗かせた。二人の前に現れたエダの顔は反対で、彼のウェーブのかかった髪が床に向かって垂れる。
「あー、俺はいいや。だって国王様は魔力を持っているから俺の姿が見えるんだよね? アメルシア王女とアリソン王子以外には姿を見られたくないし、俺はここら辺をブラブラしているよ」
「……エダ。人に迷惑をかけるなよ」
「あはははっ! リィ、俺の保護者みたい! 分かったよ! リィの言う通りにしますよーっと!」
明るく笑ってから顔を上げると、エダは天井をすり抜けて何処かへと行ってしまった。エダは、やはりアメリーとアリソン以外の人には知られたくないようだった。それならば、何故魔物の森から脱け出してグルト王国へとやって来たのか。ただリィが心配なだけなのだろうか。アメリーは彼の真意が上手く掴めずにいた。
アメリーもアリソンも、エダに念を押されてから、誰にも彼の事を話していない。言う事をきちんと守っているというより、言ってはならない、と心の中で誰かに忠告されているような感覚に陥り、話そうにも話せなくなってしまうのだ。
『リィに会いに行こうと魔物の森に行った時、何故か使命感のようなものに駆られて、気が付いたら――王女を誘拐しようとしていた。まるで、誰かに操られていたかのようだった』
ふと、牢の中でオウルが言っていた事が頭を過る。もしかしたら、オウルを駆り立てたのはエダの仕業ではないか。エダには人に暗示をかける能力があり、オウルにアメリーを誘拐するように促した。アメリーやアリソンにも同様に自分の事を誰かに話してはならないと暗示をかけたのではないか。
(…でも、悪い事には使わなそうだし、気にしなくてもいいか)
アメリーがエダの正体を怪しまないのはリィが信頼を寄せているからだ。それなのでアメリーはエダを危険視していなかった。
「じゃあ、謁見の間に行こうか。リィ」
「うん」
アメリーとリィは王の待つ謁見の間へと歩を進めた。
***
謁見の間はリィがアリソンの命を救った日以来だ。リィとアメリーが中に入ると、既に国王リグルト、マイクル、グランデルの三名のみが二人を待ち受けていた。少人数だと謁見の間の広さが際立つ。リグルトは部屋の奥におり、その少し前にマイクルとグランデルが王を護るように立っていた。リグルトは二人の姿を見ると、目を細めて笑って手をひらひらと振ってみせた。
「やあ、リィ君。今日は突然呼び出してすまないね。アメルシアも来たのか。二人は本当に仲が良いな」
「別に構わない」
「久し振り、お父様。リィといると面白そうな事が尽きないから今日も付いて来ちゃった」
「はは。最近アメルシアが城を脱走しなくなったのはどうやら私の落とした雷ではなく、リィくんのお陰のようだな」
リグルトは柔和な笑みを浮かべる。彼にとってリィは娘と息子の命を救った恩人だ。表情からして、リィに対して信頼を寄せているのが分かる。しかし、国王の前に立つ騎士達はまだ彼を警戒している。騎士を引退したマイクルは口元に笑みを浮かべているものの、目はしっかりとリィを見つめている。グランデルは警戒心を隠すつもりはないらしく、口を真一文字に結んだままだ。
「それでは、リィ君。君の氷魔法を見せてもらっても良いかな? グランデル、彼に魔石を」
「はっ」
グランデルは王に一礼すると、リィの目の前に歩み寄り、彼に金色に輝く手の平サイズの魔石を手渡した。アメリーが持っている魔石より一回りは大きそうだ。受け取ったリィは眠そうな瞳でそれを見下ろした。
側にいたら危険だからとアメリーは部屋の隅へ移動する。謁見の間は水を打ったかのように静まり返る。グランデルが定位置に戻り、少ししてからリグルトは微笑んで「リィ君、始めてくれ」と言った。
リィは頷くと、手の平の魔石を握り締める。その瞬間――金色に輝いていた魔石は透明に変化する。それを見て、リグルトは目を見開かせた。そしてリィの周りには雪の結晶が舞い、辺りの温度が急激に下がる。白い息を吐きながらリィが魔石を持つ手を前に出す。すると彼の手の平の上に顔の大きさはありそうな綺麗な氷の結晶を出してみせた。
「これは見事な……!」
感嘆の声を上げるマイクルの隣で、無表情でリィを見つめるグランデル。アメリーは美しい魔法を見て、胸を高鳴らせた。そんな中、リィはその大きな結晶を軽く上へ投げる動作をすると、それはゆっくりと宙へと飛んでいき、天井に届くぐらいとところで、パッと弾けて氷が地上へと舞って行く。
「すごい、雪みたい!」
感動したアメリーは両手を上げて自分に落ちる氷を浴びながら嬉しそうに言う。
「…本当に君は氷魔法が使えるんだな」
リグルトは手の平で溶けて行く氷を見つめて呟く。氷魔法は五百年も前に途絶えたと言われているので、現国王もその魔法を目の当たりにするのは初めてだ。雪の結晶が全て床へ落ちると、冷気は無くなった。緑の絨毯は氷が溶けてじんわりと濡れている。
「この力で、アリソンの命を救ってくれたんだね?」
「……そう。氷の結晶で、殺意を撃った」
「ふむ。リィ君は赤ん坊の頃に魔物の森に棄てられた。……だから、両親の事も分からない」
「……そう」
リグルトは蓄えた顎髭を擦りながら眉間に皺を寄せて唸った。
「もし君の出生の秘密が分かれば、“五百年前の違和感の正体”に辿り着けそうなんだが――」
「……五百年前の違和感?」
部屋の隅からリィの隣へと移動している時に聞こえた父の声に、アメリーは首を傾げる。リグルトは微笑むと「気にしなくていい」とだけ言った。
「え、何それ気になる――」
「――国王陛下、そろそろ時間です」
好奇心からの問い掛けは、グランデルの言葉によって遮られた。騎士隊長の言葉に、リグルトは持っていた金色の懐中時計に目をやって「そうだな」と頷いた。
「リィ君、氷魔法を見せてくれてありがとう。それは間違いなくスノーダウン家が継承するはずだった氷魔法だ。何故魔物の森にいた君がそれを使えるのか――実に興味深い。私の方でも調べるが、リィ君も気付いた事があったら私やマイクル、グランデルにでも言ってみてくれ。その魔石は君にあげよう。それで、アメルシアやアリソンを守ってくれ」
「分かった」
迷いなく頷いたリィに、リグルトは優しく微笑んだ。グルト王国の王は体格が良く目付きが鋭い為、初見だと怖い人だと認定されがちなのだが、見ず知らずで得体の知れない男にも慈悲を見せてしまうほど、心の優しい男だ。それは娘のアメリーもよく分かっていた。
リグルトはマイクルとグランデルを引き連れて謁見の間を出て行った。二人だけになり、アメリーはふう、と軽く息を吐いてから伸びをした。
「何だか分からない事だらけだね。リィが何で魔物の森にいたのか、右目の事とか、氷魔法の事とか……アリーを殺そうとした人の正体も分かっていないし……」
考えれば考える程、分からない事は山積みで、アメリーは思わず頭を抱える。考えるのが苦手なアメリーが悩んでいるというのに、当の本人はぼうっと自分の手の平の魔石を眺めている。そんな姿を見ると、何だかこちらも力が抜けてしまう。彼は明らかに重要な秘密を抱えているというのに、それがどうでも良く思えてしまう。それくらい、彼の隣は居心地が良い。リィはまるで草原のようだ。淀みの無い風が吹き、穏やかな気候の下でさわさわと揺れる草原。
(リィはずっとここにいてくれるのかな)
ふと、考える。しばらくここにいていいと言われて城にいるが、もし彼に秘められた謎が解かれ、ここ以外の居場所が出来たとしたら――リィはきっとここを出て行くだろう。この城では時間に縛られ、窮屈に感じているだろうから。
リィがこの城から去る光景を思い浮かべ、アメリーの胸はなぜかチクリと痛んだ。
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