第12話

リィが刺客を撃ってから少しして、看守が慌てた様子でアメリー達の元へやって来た。この囚人を捕らえる監獄所から、銃弾が放たれたとの報告を受けたそうだ。

「俺が撃った」

 そんな中、リィは少しも隠さずにそう白状した。

「ええ⁉ そんな、だって身体検査はきちんとして――!」

「この魔石を使って、殺意を撃った」

「えええ⁉ 何で魔石を持っている⁉ そして何で使える⁉」

 看守はパニック状態だった。そんな彼に、アメリーが簡単に説明する。あまりに理解しがたい真実に、看守は思わずよろけてしまう。

「そ、そんな……! では、あれはアリソン様を護る為に――!」

「……貴方が、リィスクレウムの瞳を持つ方ですか」

 あわあわと騒ぐ看守の後ろから、しゃがれた声が聞こえた。アメリー達が一斉にそちらに目を向けると、そこには白髪をオールバックにし、青銅色の鎧を纏った老齢の男が立っていた。看守はその男に慌てて礼をする。見知った顔に、アメリーは思わず檻にしがみついた。

「マイクル!」

「おはようございます、アメルシア王女。まさか本当に囚われているとは……」

 マイクルは苦笑して牢の中の王女を見た。皺が刻まれた表情には優しさが滲み出ているがピンと伸びた背筋は元騎士隊長であった名残のように見える。

「マイクル! アリーは無事なの⁉」

「アリソン様はご無事です。しかし、目の前で人が死んだ事、そしてご自身の命を狙われた事に大変ショックを受けており、今はご自分の部屋にて静養しております」

「そっか……」

 無事で良かった、と同時に弟が精神的ショックを受けてしまった事にアメリーは心を痛める。アリソンは大人びているが、中身はまだ十四歳の少年。ここから出たら弟に会いに行かなければと心に決めた。

「さて、話は戻りますが、リィと言いましたかな。貴方は魔物の森に住んでいて、リィスクレウムの瞳を持っていると」

「……そう」

 檻越しからマイクルを見つめながら、リィは頷いた。氷魔法で刺客を射抜いた時は金色の瞳を晒していたが、今は布を巻き直して眠そうな左目が覗いている。

「先程聞こえてきた会話によると、貴方は魔法も使えるそうですが……何故です?」

「分からない。俺には父も母もいない。でも、魔石は知っている。赤ん坊の頃に見た事があるような気がする」

「マイクル! しかもリィは氷魔法を使ったんだよ!」

 途中で割って入ったアメリーの言葉に、マイクルは目を見開いた。そして顎に手を添え、考える素振りを見せる。

「ふむ、リィスクレウムの瞳を持ち、”失われた魔法”を使う男、ですか。これは予想以上にとんでもない存在ですね」

 眠そうな男は不思議そうに首を傾げた。自分の存在がいかに異端である事も理解していなさそうだ。その男の隣には、がたいが良いが不安げに表情を曇らせる村人の姿。マイクルは彼らに笑みを見せてから、看守に顔を向ける。

「昼頃に国王が戻られる。それまで別室で待機してもらおう」

「ま、マイクル様! しかし、この男達はアメルシア王女誘拐の罪で捕らえていて――!」

「アメルシア王女とアリソン王子のお命を救ったのは確かだ。命の恩人に、そんな真似は出来ない。責任は私が取るから、この方々を牢屋から出しなさい」

 元騎士隊長にそう言われてしまうと、看守は反論出来なくなってしまう。牢から出す事を了承すると、看守はアメリーとリィ、オウルの牢の鍵を開けた。自由の身となった三人は一斉に牢から出る(ぼうっとしていたリィはオウルに引っ張られながら出た)。

「ありがとう、マイクル!」

「いいえ。礼には及びません。――しかし、アメルシア王女。彼はどうやら思っている以上に異質な存在かもしれませんな」

 リィはリィスクレウムの生まれ変わりと言われている。その男が――この王国、スノーダウン家が継承出来なかった氷魔法を使えたという事実。グルト王国から失われた魔法――それが、氷魔法。

 この世界から消えたはずの魔法を、魔物の森にいた青年が使えた。これは、一体どういう事なのだろうか。アメリーはリィの顔を見上げる。彼はいつも通り眠そうで、何処か他人事のようにしていた。


***


リィとオウルは別室へと案内され、アメリーは自室へと戻るよう促されたが、弟の事が心配で彼の部屋の前へと来ていた。アリソンの部屋の前には何人もの給仕が揃っており、彼は誰とも会いたくないと言っていると言われたが、アメリーはそれを無視して無理矢理入室した。

「アリー!」

 弟はベッドの中で怯えた様子――ではなく。アリソンは鏡台の前に立ち、身だしなみを整えていた。鏡越しで姉の姿を見て、「ああ、姉上ですか」と他人行儀にそう言った。

「まだ私は姉上を解放するよう命じていないはずですが。――ああ、マイクルの指示ですね。全く、あの人は本当に姉上に甘いですね」

「アリー、聞いたよ。刺客に襲われたって。――怪我が無くて良かった」

 その言葉に、アリソンの肩が僅かにピクリと動いたのを、アメリーは見逃さなかった。姉はゆっくりと弟に歩み寄る。この部屋には姉弟二人しかいないというのに、アリソンは取り繕っている。その意味が何を差しているのか、アメリーは理解していた。

「ねえ、アリー。無理をしなくていいんだよ。しばらく休んでいないと」

「いいえ、今日は父上が戻られますから、きちんと出迎えなければなりません。例え、命を狙われて目の前で誰かが死んだのを見たにしても……それくらいで、王になる私が動揺してはいけないのです」

 そう言う弟はエメラルドグリーンの瞳で自身の姿を鏡で真っ直ぐ見据えている。一見強く見えるが、肩は僅かに震えている。姉弟しかいないのに言葉が堅いままなのは、本心を隠そうとしている時だ。アメリーはその背中を優しく抱き締めた。

「な、何をするのです姉上! いい加減子供扱いしないでと――!」

「無理しないでアリー。私と二人の時は、強がらなくていいんだよ」

「つ、強がってなど……! 私は強くならなければいけないのです! これしきの事、私は怖くもありません!」

「私には分かる。だってアリーのお姉ちゃんだもん。無理に背伸びしないで。私には弱さを見せても大丈夫だよ。アリー、怖かったね」

 姉の優しい言葉に、嫌がっていた弟の動きがピタリと止まる。それから少しして――アリソンの瞳から、一筋の涙が零れたのが鏡越しから見えた。

「……こ、怖かった。……血を流す死体を見て……ぼ、僕がああなっていたかもしれないと思ったら――震えが止まらなくて」

「ごめんね、側にいてあげられなくて。無事で、本当に良かった」

 途端にアリソンの瞳から大粒の涙が零れ落ちる。彼はくるりと振り返ると、アメリーにしがみつくように抱き付いた。そして姉の胸の中で、声を上げて泣いた。

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