第11話

アリソンは湖の近くで引退した元騎士隊長、マイクルの鍛錬を受けていた。マイクルは現騎士隊長グランデルの師匠でもあり、引退を惜しまれながらも身を引いた男だ。六十代で白髪をオールバックにしたマイクルはアリソンが模造剣を振るう様を見ながら目を細めた。

「なかなか筋が通って来ましたな。この老齢の男から指導を受けなくても、アリソン様はきっとお強くなりますよ」

「何を言っている、マイクル。貴方から教えて欲しい事は山ほどある。騎士隊の指導係をやりながら私にも剣術を教えて頂けるのは、本当に助かっている」

「アリソン様。私にかしこまらくてもいいのですよ。普段通りに接してください」

「む、それは駄目だ。私は貴方を尊敬している。ならば相応の対応をしなければならないだろう」

 マイクルの教え通りに剣を振るうアリソンは、次期国王という意識を常に持っていて、ふさわしい王になるべく毎日努力をしている。その様子を微笑ましく見ていたマイクルだったが、ふと湖の真ん中に建つ施設に目を向けた。

「そういえば、アメルシア王女は今牢の中にいると聞きましたが…」

「それは姉上が許されない事をしたからです。一晩頭を冷やすよう、私がそう命令したのです」

「おや、いつもなら脱走してもお叱りになるだけでしたのに。何かあったんですか?」

「ああ、そういえばマイクルは昨日不在だったんだっけ。実は――」

 アリソンは模造剣を振るうのを止め、昨日あった事を話した。アメリーがアリソンに睡眠薬を盛り、自分に変装してググ村へ行った事。途中、魔物の森で魔物に襲われた事。――そして、リィという青年に出会った事。

「リィ?」

「ああ。右目に魔獣リィスクレウムの瞳を持つ男だ。真意は定かではないが、野放しには出来ないと思い、今牢に幽閉している」

「な、何と……!」

 マイクルは皺の刻まれた顔を驚愕に染めた。無理も無い。魔獣リィスクレウムなど五百年前の存在で、その瞳を持つ男が現れたなど、誰が言っても信じないだろう。

「グランデルから聞いた話だが、姉上の証言では、彼の腕が切断された後、再生したらしい。見た目は人間そのものだが、得体の知れない男だ。注意をしなければいけないな」

「信じ難いですが、アメルシア王女が嘘をつくとは思えませんな。国王が戻られたら報告をしませんと――」

「ああ。私から伝えるつもりだ。これは、マカニシア大陸を揺るがす事態かもしれない」

 マカニシア大陸を恐怖に陥れた魔獣リィスクレウムの生まれ変わりだとして、それが他の国に知られればパニックになるかもしれない。下手したら、リィスクレウムを匿う国だと紛糾され、戦争の火種になってしまうかもしれない。それだけは阻止しなければならない。

「――リィの事は、父上が戻られてから考える。今は、マイクルに剣の稽古をつけてもらいたい」

「かしこまりました。では、再開しましょうか」

 そう言ってアリソンがまた模造剣を振るい出した時だった。背後の木陰から、黒いローブを纏った性別不明の者がいる事にマイクルが気付いた。その手には、銃が握られており、その先にはアリソンが――

「――アリソン様‼」

 マイクルが血相を変えてアリソンを自分の身で護ろうと手を伸ばす。――しかし、老齢の彼では昔ほどの瞬発力が無く、王子の腕に触れるかくらいの瞬間――タン、と軽い音が辺りに響いた。

 一瞬、王子の頭に赤い花が咲いてしまったかと思ったが、銃にしては軽い音だった。そして、アリソンは何が起きたか分からないような表情をしていた。マイクルは一瞬眉を潜めたが、彼の無事が分かると直ぐ様腕を掴み、自分の身体で覆い被さるようにする。そして、背後の敵を首だけ振り返って確認する。

 銃を持っていたはずの刺客は地に伏し――こめかみに穴を開けて絶命していた。黒いローブに赤い染みがじわじわと広がっていく。

「……一体、どういう事だ?」

 マイクルはアリソンに自分の背後にいるよう伝え、死体に近付く。軽い音が聞こえたが、銃の音はしなかった。そして、刺客の近くに銃弾も落ちていない。――何故か、透明な液体が死体の周りに零れているが。

 マイクルは慎重に死体に近付き、こめかみの弾痕を確認する。その弾痕の形や角度から推測するに、誰かが撃った場所は――

「ま、マイクル……。その人は、死んでいるのか?」

 アリソンはマイクルの背後に隠れながら怯えた様子で言う。無理も無い。死体を見るのは初めてだろう。マイクルは彼に死体を見せないように身体で視界を阻み、頷いた。

「ええ。既に事切れています」

「い、一体誰がこんな事を――」

「推測するに、この男はアリソン様の命を狙っていたものと思われます」

「――え」

 元騎士隊長の言葉に、アリソンは言葉を失ってしまう。まさか自分の命の危機だったとは思いもしなかったアリソンは身体を震わせた。ここは国の者でも城門へ入るのに苦労をするグルト王国。そんな監視の目をかいくぐり、アリソンの命を狙って銃を向けた。死体を見た事と、自分の命の危機だったショックから、十四歳の少年はその場に座り込んでしまった。

「そして、この刺客を撃ったのは恐らく――」

 マイクルはそう言うと、湖の真ん中にある施設に目を向けた。

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