第9話

城に辿り着くと給仕達が一斉に現れ、アメリーの無事を涙ながらに喜んだ。いつも城から脱出して帰って来るよりも、熱烈な歓迎だ。恐らく、彼女らにもアメリーが誘拐された事が知らされたのだろう。流石のアメリーも罪悪感を抱いた。

 血まみれの服装だったので、入浴して着替えようと給仕達に促される。アメリーはされるがまま連れられたのだが、リィとオウルは乱暴に扱われ、何処かへ連れられてしまった。城の牢に繋がれてしまうのだろうか、と彼らの無事を祈りながら、アメリーは複雑な気持ちで入浴し、用意されていたゆったりとした白いワンピースに着替えた。

 少ししたらアリソンが来ると告げられ、アメリーは渋々自室へと戻った。給仕達の働きのお陰で、がさつなアメリーの部屋は今日も綺麗だ。皺一つないベッドの上にダイブする。

 どうにかして彼らを救えないか、と誘拐された張本人アメリーは考える。リィはぼんやりとした青年だが、見ず知らずのアメリーを、身を呈して助けてくれた。オウルだって悪い人には見えない。

 どうすればいいのだろう、とベッドの上で悩んでいると、自室の扉がノック無しに開け放たれた。アメリーは何事かと身体を起こす。扉の前に立っていたのは、肩を大きく上下させ、怒りの表情を浮かべた弟、アリソンだった。

「アメリー‼」

「アリー……」

 ご立腹の様子の弟に、アメリーはベッドから降りて苦笑しながら出迎えた。アリソンは大股で近寄ると、姉の顔前に人差し指を突き付けた。

「全くアメリーは何て事をしてくれたんだ‼ 僕を眠らせて拘束するなんて姉でもやってはならない事だぞ‼」

「ごめん、アリー。今回は軽率だったよ」

「誘拐されたそうじゃないか! 馬鹿な事をしなければアメリーがそんな危険な目に遭う事なかったのに!」

 この部屋の中には姉弟二人なので、アリソンの口調は普段のものになっている。アメリーも反論する気にはなれなかった。もし、アメリーがググ村へ行く事を企てなければ、攫われて魔物の森に行くのはアリソンだったはずだから――そこまで考えて、はたと気づく。

「やっぱり私が行って良かったかも。アリーがそのまま行っていたら、誘拐されていたのはアリーだったもんね」

 姉の心からの言葉に、アリソンはピタリと動きを止め、唇を震わせて俯いた。軽率な言い方だったかと思ったアメリーだったが、顔を上げた弟の表情にギョッとする。アリソンはエメラルドグリーンの瞳から大粒の涙を零していた。

「……アメリーの馬鹿ああ‼ こっちの心配も知らないでええ‼」

 反対を言えば、アメリーも下手すれば命を失っていたかもしれない。リィが助けに来るのが一瞬でも遅れていたら、魔物の餌になっていた。その心配を、弟にかけてしまったのだ。涙を手で乱暴に拭う姿は、まだ幼さの抜け切れていない少年そのものだ。アメリーは慌てて弟をあやすように頭を撫でた。

「ごめん、アリー」

「もう、無茶をしないでよ。お願いだから」

 小言の多いアリソンだが、それはアメリーの身を案じての事。端から見れば仲の悪い姉弟に見えるが、本当はお互いを思い合っている。睡眠薬を盛られたとしても、その気持ちは変わらない。アメリーは頭を撫でて弟が泣き止むのを待った。


***


 しばらくして泣き止んだアリソンの目と鼻は真っ赤で、白い肌では余計に目立って見えた。弟が落ち着いた事を確認したアメリーは、ベッドに腰掛けて話を切り出す。

「私リィに助けてもらったんだよ。彼には会った?」

「会ったよ。びっくりした。本当に伝承通りの金色の瞳で、まるで蛇のようだ。でも、リィがとにかくマイペースで、とてもリィスクレウムの生まれ変わりだとは思えないけれど……」

 鼻をかみながら、アリソンが答える。どうやらリィと言葉を交わしたようだ。彼と放せば、あまりの緩さに脱力してしまった事だろう。

「ググ村の者達が彼を魔物の森に閉じ込めていたようだが――何故彼の存在を隠していたか、一緒にいた村人に尋ねたが、顔を青くするだけで何も言わない。それにしても、秘密にしていたとはいえ、ここまで情報が来ないのも不思議だ。……誰かが裏で情報を揉み消していたとしか思えない――」

 傍目で見れば、リィは普通の青年だ。本当にリィスクレウムの生まれ変わりであるとしたら、ググ村の者達はグルト王国に報告をするはず。彼には何か秘密が隠されているのだろうか。

「リィ達は今何処に?」

「城の牢に閉じ込めている。王女の誘拐未遂は大罪だ。僕はあのリィって男の素性が気になっているが、父上に判断は任せる。父上がどういう判断をするかは分からないけれど、下手したら死罪かもね」

「そ、そんな! ねえアリー! リィは私を魔物から守ってくれたんだよ! 誘拐だって言われているけど、それにはちゃんとした理由があって――!」

 アメリーはベッドから腰を離してアリソンに詰め寄る。アリソンはにこりと微笑むと、姉の右手をそっと手に取り――その手首に、手錠を掛けた。

「な、何これアリー」

「姉上、今回の事は流石に小言だけでは済まされません。あなたには一晩牢に泊まって反省してもらいます」

「え! 何それ!」

 反対の手首にも手錠を掛け、アリソンは突然他人行儀になり説明する。手錠が両手首に掛かったと同時に、ドアの向こうから数人の従者が現れ、アメリーの周りに立つ。その者達全員が申し訳無さそうな表情をしている。

「私を拘束した罪は例え姉上といえど、軽くはありません。一晩で罪を帳消しにするのです。悪くない話でしょう?」

「そ、そんなアリー!」

「冷たい牢屋の中で頭を冷やせ、アメリー!」

 こうしてアメリーは王子アリソンを拘束した罪として、一晩牢屋で過ごす事を告げられたのだった。


***


アメリーが従者達に丁重に扱われながらも連れられた先は、グルト城の東側にある囚人を収監する施設だ。簡単に脱獄出来ないよう、グルト王国南側にある海から海水を引いて人工的に造られた湖の真ん中に、その施設はぽつりと建っている。三階建てになっており、一階は看守の待機部屋、二階は軽度の罪を犯した囚人、三階は中度の罪の囚人、そして地下室は死罪相当の罪を犯した囚人が収監されている。

アメリーが案内されたのは二階。軽度の罪とは万引きや窃盗等の場合が多く、長く収監されないのがほとんどなので入れ替わりが激しい。

檻が立ち並ぶ道を看守と共に歩いていると、見覚えのある姿を見かけ、アメリーは思わずその檻に近付いた。

「あ、リィとオウル」

「アメ」

「何であんたがこんな所にいるんだ?」

「えへ、ちょっと色々あってね……」

 リィとオウルは同じ牢に入っていた。リィは地面に腰を下ろしていて、オウルは質素なベッドの上に項垂れながら腰を掛けていた。ここは軽度な罪で囚われた者達が収容される場所。――という事は、彼等は死罪で囚われているわけではないという事だ。

(アリーめ、嘘をついたな)

 リィと話し、グランデルと意見を交わしてひとまずこの階に収容する事にしたのだろう。それを言わずに嘘をついたのは、アメリーの隙を突いて牢に入れる為。そんな事をされてもアメリーはアリソンを少しも恨んでいない。むしろ自分の方が酷い事をしているし、彼の成長を見られたような気がして嬉しい気持ちもある。

 アメリーはくるりと看守の方を向くと花のような明るい笑顔を見せた。

「ねえ、看守さん。私この人達と相向かいの場所に入りたい」

「ええ⁉ 駄目ですよ、アメルシア様! この二人は貴女を誘拐した奴等ですよね! そんな事出来るわけ――」

「そこを何とか! どうせアリーはここを見に来ないんだし、バレやしないって! これは王女命令だよ!」

 うろたえる看守に指を突き付けて堂々と言うが、アメリーはこれから収監される身なのであまり様になっていない。看守は粘ったが、アメリーは頑なに提案を押し通そうとする。やがて根負けした看守は、やや半泣きで相向かいの檻へ入る事を了承した。

「ありがとう、看守さん!」

「アリソン様には、内緒ですよ……」

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