第72話

悠が倒れた。目の前で。

それに動揺したのは翔だった。真っ先に抱きかかえ何とか床への衝突を回避する

「また・・・ジーン・・・マスター・・・」


悠は気づいてはいなかった。気を失う中咄嗟に出た言葉を。その頃にはもう意識はほとんどなかったであろう。


そこからは理事長よりも翔の動きが早かった。各方面に指示を出し、理事長に悠を預けるとたった30分で女子高の生徒全員を集会場へと集めた。その際現場にいた者たちには口外しないようささっと理事長が作った誓約書にサインをさせた。


その後、集会場に集まった女子高の生徒や男子校の生徒に深く話しをせず粗方の事情を説明し、と言っても本当のことなど話せる訳もなく話をはぐらかしながら要点だけを伝えた。


そして交流会は何とも言えない空気の中幕を閉じた。



悠を理事長に預けた時まで遡る


軽々と横抱きにした理事長は休憩室などへは行かず、自らがいるべき場所である理事長室に向けて足を動かしていた。

さほど時間はかからずに理事長室に着き、悠をやや乱暴にソファーに寝かせると魘されている悠を跨ぎそのまま顔を撫でる。

「・・・似すぎているよ、」

と誰かの名前を呼ぶがその声はかき消された。

『相変わらずのロリコンぶりだ。僕は悠に負担になることはしないでくれと頼んだはずなんだけど』

声が聞こえたのだ。どこにもいないが確かに聞こえる。・・・理事長が開発した通信機からである。何故か悠たちに渡したものよりも遥かに古いその通信機から声がしたのだ。誰か、それは理事長にしかわからないであろう。あるいは、もう一人居るともいえるだろうか

「、さすがに無理があるよ~。ここに悠ちゃんを呼ぶためにキミが書類関係のすべてを担ってくれたことは知っているよ~。でもここは僕の学園だからね」

いつもとは少し低めの声でやれやれ仕方ないといわんばかりに悠の上から降りる。

『かなり緊迫してしまっているんだ。このままいくと僕の意識は乗っ取られることになると踏んでいる。・・・一番酷い目にあわせてしまうかもしれない、悠を』

「それをわかっていてキミはこの学園に悠ちゃんを入れたんだよ~。・・・女子高にいたとしても間違いなくそうなる日はあるんだよ。今更じゃないかい?」

『そろそろ時間が迫ってきているみたいだね。・・・もしもの時は手を出さない誓約、違えるな。分かっているな神籬ーひもろぎー』

「そっちになるの早くなってしまったみたいだね。・・・君こそ神乃宮悠という存在を忘れてはいけないよ。御氏ーおしー。君だって、僕にとっては大切な教え子なんだからね」

『すべてを知っている貴様だけには言われたくはないな』


静寂を断ち切るように、ブツッと音が途切れる。悠を寝かせたソファーの反対側にあるソファーに座り理事長はにこりといつもの表情へと戻る。

「labyrinthもphantom・・・僕は〝ある意味君たちと同じ〝かもしれないなぁ・・・」


このことは、理事長と御氏ーおしーと呼ばれたものしか知らぬことである。否、もう一人



『・・・・かわいそうね』


その言葉は消して外に聞こえることがない声でlabyrinthはあの空間で画面を見続けていた。

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