第62話

「・・・うそ、ついてたの。わたし、ゆうちゃんに、だれにも本当の事言えなかったっ。」

春香は顔を歪め苦しそうに悠に告げる。・・・だが悠は初めから知っていた事を春香は知らない。

悠は、人の心を読める能力を持つが元々表情の変化に酷く鋭い。それ故に、心を読む以前に何を考えているかなんとなくではあるが分かってしまうのだ。

分かってたけど、それが嘘だって言えなかったんだよな・・・春香が自分を守るためについている嘘だって事が分かったから。私と、同じだと分かったから。

「春香が嘘ついてるの分かってたよ。・・・私だって嘘ついてたんだからお互い様だって」

「ちがうの!ちがうの…わたしは・・・わたしは・・・」

春香はそう言うと俯き言葉を発さなくなった。

しばらくして静まり返る中、・・・春香は俯いたままぽつぽつと話し始めた。

「わたし、ある男の子のせいで男の人が嫌いになったって言ったよね?・・・本当の事だけど、本当の事じゃないの。上手く言えないけど・・・あの時隆斗君の言葉をちゃんと守っていれば良かったのっ!!」

春香は支離滅裂な言葉を破棄だし震え涙を流す。・・・まぁ、間違いなく隆斗と何かあったは分かってたけどここまでになるほどだったとは・・・てか、春香も隆斗も話し合えそうな雰囲気だったから話し合えばよかったのにな。私が、言えたことじゃないけど

「春香!・・・何があったのか、話してくれるんじゃなかったの?それとも、もう何もできない?」

春香の肩を掴み頬を掴むと無理やり顔を上げ真っ直ぐに見つめ、そう問いかける。

悠の言葉を聞いた春香の目には溢れんばかりの涙が溜まっていたがそのままゆっくりと微笑んみ手で目を軽くこすると悠に隣に座る様に促す。言われたままストンと腰かけると春香は自身の両手を握り締めながらぽつぽつと語り始めた。

「・・・わたし、隆斗くんと生まれた頃からの幼馴染だったの。あっ。隆斗くんには弟がいてね、邑斗くんっていうんだけどねっ。凄く可愛かったんだぁ」

そう語る春香を横目に、悠は苦笑いする。・・・今じゃその面影はないんだよ。それどころか大分性格歪んでるよ、とは言えない。うん。

「私と隆斗くんの生まれたおうちは少し変わっていて、私のお家じゃ‶巫女家‶。隆斗くんのお家は‶主従家‶って呼ばれてて、他の皆と少し違ったの。特にね、私のお家はしきたりが凄く多くて、隆斗くんのお家は巫女を代々見守る使命みたいなものがあったの。私が‶主‶で隆斗くんは‶従者‶って何度もいわれていたの。・・・わたしはそれが理解できなくて凄く嫌いだったんだぁ」

何かを思い出しているのか懐かしむような表情で空を見ている春香は、いままで見たことがないほど穏やかな表情をしていてそれが逆に、怖くなった。

それにしても、春香から話は聞いていたけど、こんな世界でお家と呼ばれるほどの人達は珍しい。前はあまり詳しく話してくれなかったから憶測だけだったけど、その憶測は間違っていなかったみたいだ

「それがあっていつも隆斗くんと一緒だったの。家から出る時は必ず私の隣にいてくれて、たまに隆斗君の弟の邑斗くんとも会って一緒に遊んだんだっ!・・・だけどねっ。わたしはどうしていつも外に出る時に必ず誰かが付いてくるのか考えたことなかったの。しきたりや使命に関係があることも知らなかったの。あそこは誰も本当のことを教えてくれない場所だったから・・・」

春香は、私と環境が少しだけ似ている。・・・私の場合本当の事以前の問題だったからな

「当たり前だったのずっと。だけど、私がその当たり前を壊しちゃったんだぁ。事件の日、私はいつも通り隆斗くんと久しぶりに会った邑斗くんと遊んでいたの。その時私は違う学校の初等部3年生で、隆斗くんも邑斗くんももうここの学園に通っていたみたいなの。・・・この学園の事は何も話してくれなかったから。ただ、特別処置があって隆斗君は殆ど学園にも行かないまま私の隣にいてくれたのを、私は後から知ったの。それでね?しきたりのなかの決まりごとによる外を歩くときは必ず夜部屋を出る時は必ずお世話してくれている人達を呼ばなきゃいけないって約束事があって・・・あ!で、でも夜で歩くのは禁止されてないからねっ!」

春香は焦らずに自分のスピードで表情豊かに独り言のように話し進める。・・・普通に従者とか世話係とか春香の‶家‶は私が思っていた以上に面倒な家なんだろうな、勿論隆斗や邑斗の‶家‶も。

「隆斗くんは私のことをできるかぎり自由にしてくれていて、何か言ってくることは一回も無かったの。だけどその日だけは違ったの。学校の帰り道に‶絶対に部屋から出ない様に‶って強く言われちゃって。“どうして?‶って聞いてもただ同じ言葉を繰り返すだけでつい怒って隆斗君を置いてそのまま逃げるようにおうちに帰っちゃったの。・・・そのまま夜になって。私は隆斗君の話しが気になって外に出ちゃったんだぁ。隆斗くんの言う通り、大人しく部屋にいればよかったって凄く後悔してるの、今も。」

春香の表情は暗くなり、小刻みに震える手を両手で強く握りながらも気丈に振舞おうとする。だけど、それはあまりにも痛々しく幼い誰かの影が重なって見えた。

「・・・春香」

「えへへ・・・ちょっとだけ手を、握ってほしいなんて、駄目かなぁ…?」

「・・・これで良い?」

無意識に春香の手を握ると直ぐ強く私の手を握り返してくる。少しだけ震えが収まったのが春香自身自身理解したのか再びゆっくりと話し始める

前に話しを聞いた時はここまで酷く症状が出ることは無かった。・・・春香自身が本当の部分を誤魔化していたからこうならなかったって事か。

「ありがとう悠ちゃんっ・・・家に帰った後、凄く後悔したけど謝りに行く勇気が無くてご飯も食べずにそのまま気が付いたら寝ちゃってたの。目が覚めたらいつも寝る時間になっててね。喉が渇いたなぁって思って、でも廊下に出たいけどお世話をしてくれる人達がいなかったから呼んでみたけど何時もすぐ来るのに返事がなかったの。キッチンまでなら大丈夫!って隆斗くんが言っていたことを無視して、初めて約束事を破って外に出たの。キッチンでお水を貰おうと廊下を歩いていたら、見たことない人達を見かけてとっさに近くの扉を開けて部屋に入ったんだぁ。足音がどんどん近づいて来て、慌てて部屋にあったクローゼットに入ったの」

春香の‶家‶には大勢の使用人が存在し、春香は全ての使用人の顔と名前を憶えている。それを覚えさせたのは両親であり万が一の為に、と前回悠は直接聞いていたが、悠はそれが嘘だということを分かっていた。

そして春香の今の話しを聞いた悠は完全に理解した。

間違いなく教えたのは隆斗だ。

・・・多分こういう事態が起こりうることは既に想定済みで尚且つ何度か被害にもあっているのは間違いないと思う。それが春香か別の人かは知らないけど。だからこそ春香が出来る自衛の術を隆斗は教えたんだろうけど・・・

「部屋は明るくて、一瞬しか見れなかったけど二つのベッドに何人かが横たわっていたけどもう何が何だか分からなくてっ!頭が真っ白になっちゃったぁ・・・部屋の扉が開く音がして、ただここにいることが分からない様にって震えを抑えていたの。・・・その人たちの声が今もはっきり覚えてるっ。その人たちは、男の人たちは私を探していたの。私が見つからなくて、諦めて部屋の中から出て行ったの。足音が聞こえなくなって、そっとクローゼットから出たらベッドに居たはずの人たちが居なくてっ。凄く怖くなってお部屋に戻ろうと扉を開けて、誰かにぶつかって一瞬目が合った後、気づいたら知らない場所にいた、の」

震え涙を流す春香を抱きしめる。・・・間違いなく春香の力を狙って誘拐したのは間違いないけど天使使いの力の覚醒は不安定で予測も出来ないはず。それと!!極力春香の心が読まないようにしてたから前教えてもらった話と大分違い過ぎて混乱してるんですけど!!

「わ、わたしこ、わくて・・・わ、わたしはっ!!!」

春香が急にそう叫び出し、両腕で尋常ではない振るえを抑え込もうとするように悠を突き放し自身の肩を抱きしめるように抱え込み涙を流したままどこか遠くを見ている。目に光はなく、まるで・・・

「話すって決めたのにわたし悠ちゃんに迷惑かけちゃってるっ・・・」

そう無理に笑おうとする春香を悠は再び強く強く抱きしめる。・・・どうしてもあの頃の私と重なって、見ていられなくなった悠は春香にある提案を持ちかけた。

「話せないなら、私だけに記憶を見せてくれればいい。春香にとってはほんの一瞬にしか感じないし、話していないから苦しむこともない。その一瞬の出来事は曖昧になるから。」

「で、でもっ!わ、わたしがちゃんと話さないとっ!・・・わたしのために力使ってもらってるのに」

「それで無理をして壊れてしまったら、駄目なんだよ。この方法は私がただ・・・これ以上辛い顔を見たくないだけ。春香じゃなくて私の自己満足なだけだから春香が背負う必要はない訳。分かった?」

ジーンとの戦いで、やっぱり思っちゃったんだよね。

もう誰も傷つけたくない。

私の事情で巻き込みたくもないし傷ついて欲しくもない。傷つくのは、私だけでいい。

「・・・・お、お願いしてもいい、かなぁ。本当はね。これだけは、思いだしたくもなくてっ。だけど、悠ちゃんは私にちゃんと話してくれたから、私も話さなくちゃって思ったの。・・・えへへ、だけど無理だったんだなぁ」

春香の鼻にかかった声の後、小さな泣き声が聞こえた。・・・どのくらいの時間が過ぎたのだろうか。否、そこまでの時間は過ぎていない。だが永遠とも思える時間だと沈黙の中悠は思っていた。

「もう大丈夫だよ」

春香のその声で抱きしめていた手を緩め止める。春香の目元はただれた様に赤くなっているが穏やかに笑っていた。・・・あー・・・まって!目の赤さ尋常じゃないんだけど。パンパンに腫れてるし絶対あんまり見えてないでしょそれ!

「…癒せ」

目元に手を翳し癒す。柔らかな光が春香の目を覆い直ぐに消えていく。・・・まぁ、怪我とかじゃないから直ぐ治るんだけど。うん。元の可愛い春香に戻ったな。元々可愛いけど!

「悠ちゃん。・・・さっき話してた記憶?のこと。お願いしても、いいかな?」

遠慮しながら聞く春香に

「もちろん。」

悠にとって、考える必要もない答えだった。


結界を再度確認した後、術を発動させるために春香の右手を取りしっかりと繋ぐ。

・・・何故そこまで結界を気にしているのか。答えは簡単な事だ。悠が張った結界のすぐ傍に複数の人の気配がするからだ。

てか、もう隠す気ないよあいつら!

まぁ最初から気づいてはいたけどね。付いてくるなって言ってここまで来たけどどうせ後追って来るんだろうなって思ってたら案の定だよ。

・・・隆斗を追って翔ちゃんが、翔ちゃんの後を追って他の三人が追って来るのは考えなくても分かる事だったしね。あいつら言っても言わなくても付いてくるからな。

その為に悠はわざと結界を緩め追って来た翔達に聞かせることにしたのだ。

それに、結界を確認したのはそれだけじゃない。・・・結界をわざと二重に張り結界内に入れる事である程度の記憶を見せることが出来るようにしたのだ。こちらが見せたい記憶だけ見せることが出来る術を結界内に仕込ませてある。

正直大きなお世話かも知れないけど・・・それでも、春香はちゃんと会えて、ちゃんと自分の言葉で自分の気持ちを伝えることが出来るから、諦めて欲しくない。私のエゴだとしても。春香と隆斗はまだ元に戻ることが出来る場所に立っている。

私は諦めてしまったからな。

「今から使う術は術者が術に掛かった者の記憶を映像化して直接述者自身に見せることが出来るもの。簡単に言うと春香の記憶を術を介して他の人に見せることが出来るって事。」

悠の簡単な説明に春香は‶凄いね‶と感心した様に当たりを見渡す。・・・見渡しても見ることできないんだよ春香!

「記憶を映像化された者、この場合は春香になるんだけど。春香にとっては一瞬にしか感じないんだけど映像を見せられた者、つまり私は記憶の映像と同じ時間を追体験することになる訳。相手には記憶が読み取られたことが分かるから、春香がそれに気が付いたらすぐに私に話しかけて欲しい。稀に記憶が鮮明しすぎると中に入りこんでループが起きて戻って来られなくなる場合があるから念の為。春香の手を取ったのは、術者と相手の一部が繋がっていないとうまく発動しないから。・・・あー、そこらへんは春香は気にしなくてもいいから、とにかく、春香が気づいたら私に話しかける事。後は私の言葉を聞いてて。」

「う、うん!」

春香は戸惑いながらも何度も強く頷く

。・・・春香に入ってないんだけど実はこの術一回も使ったことないんだよね!書物で呼んだことあるくらいだし。・・・この術もlabyrinthが作ったはずなんだけど、なんで作ったのか疑問なんだよね。ま、後で本人に聞こう!

深く深呼吸をし、お互い意識を集中させる

「・・・記憶の合鍵を生み出せ。呼び起こし、引き出し、形となり移し、映し出せ。」

その瞬間、悠の意識は暗闇へと落ち反転した。

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