第61話
お昼時で生徒が多く居るのが分かっているはずの翔だが疲れ切っている為気が回らないのか、はたまた周りの事が見えていないのか・・・それはないだろう。が、とにもかくにも悠は内気が気ではない。
翔ちゃんは気づいていないみたいだけどさ・・・思ったよりも翔ちゃんの声通るんだよ!
「そうつまり!!ただでさえ視線感じるのに余計に痛くなった!」
「突然何だ!?」
怒りと困惑の表情を浮かべながら悠を捉える。怒っているのか?と声が聞こえるが、悠にとってそのことは既にどうでも良い事になっていた。・・・もういいや。なんか凄い疲れたし!
「あー・・・それにしてもまさかあそこまでとは思わなかったよ。片づける方に時間かかったせいで終わるの遅くなったよね。春香のこと心配なんだけど、こっちの方もある意味心配だよ」
歩きながら右手に持った男子校には似つかわしい可愛くラッピングされた小さな手提げに入った小袋をちらりと見つめる。
「あの状況で試作品が出来ただけでもいい方だろーが」
悠が持っている袋を心配そうな表情を浮かべ見ると小さく溜息をこぼす。
そう。悠が今手にしている可愛らしい小袋の中にはあの状況下で何とか作りあげた試作品が入っているのだ。
“良くあの後に試作品を作れたよな…‶と、翔の心の声が聞こえ本当だよ!!と声を大にして叫ぶのを何とか抑える。いや、ほんとに私が一番奇跡だと思ってるからね!?
「食べていいのか分からないものも入ってるけど・・・」
袋の中を覗きながら悠は翔よりも深い溜息をこぼす。・・・あーでも、うん。食べれるものが出来ただけでも良しとしよう。でもこれ、奇跡じゃ終わらせられないんだよな!!
悠は再び溜息を付きながらなんとか気分を切りかえようと春香の事を思い出す。と、タイミング良く春香の待つSSの教室の扉が見えた足取りが早くなる。
・・・未だにこの豪華な扉に慣れないんだよな、と思いながらも重い教室の扉を少し開けると春香が天使アルメンと楽しそうに話しているのが視界に入る。それを見た悠はほっと胸をなでおろした。
良かった・・・思ったよりも平気そう。最初に天使を呼び出させておいて正解だった!
「・・・あいつらはまだ戻ってねーみたいだな」
悠の少し上から声が聞こえ翔も教室の中を見ていることに気付く。
「って・・・本当だ。有稀も伶も新もいない。」
春香のことしか頭になかった・・・とは言えず見える範囲で見渡すがそれらしい人物を見つける事は出来ない。・・・そもそも気配しないから絶対いないと思うけど!
そんな会話をしながら思い扉をさらに開けるとそのまま教室の中へと入って行く。いつもより静かに扉を閉め再びあたりを見渡すとやはり有稀、伶、新の三人の姿はなかった。
やっぱりね!!だと思ったよ!!そもそも気配で分かると思うんだけどな…と思っていると悠を呼ぶ声が聞こえた。
「あ・・・悠ちゃんっ!!」
悠が帰って来た事に気付いた春香は悠目がけて飛び込んできたのだ。慌てて受け止めて春香を見ればなぜか涙目になっていた。あれ、さっきまでの笑顔はどこ行った!?笑ってたよね!?と混乱する悠をよそに春香はどこか安心した表情を浮かべていた。
「どうした春香?」
「うぅ・・・悠ちゃん見たら安心しちゃってっ。えへへ・・・」
そう言う春香はもう・・・本当に本当に可愛かった。いや、元々可愛いけど!!そんなことを考えながら一人悶絶していると隣から冷ややかな表情で翔がこちらを見ていた。いや、何も言ってないのになんで分かった!?
「声に出てるんだよ!いい加減気づけよ・・・」
と何故か呆れた様子で悠に軽くデコピンする。今デコピンする必要あったか!?
「なんで私デコピンされた!?」
「しらねーよ」
知らないのかい!!自分がやってたのに知らないってどういうこと!?
「そんなことよりもだ。それ、渡すんじゃねーのかよ?」
翔は軽く悠の言葉を流すと顔を動かしそれと、と視線を送る。それは悠が持っている可愛らしい袋だ。
「あー・・・そうだった。春香に食べて欲しいのがあったんだ」
先程まで話していた事なのだが・・・忘れていたのか悠は抱きしめている春香をそっと離し左手で自身が作った物を春香の前に出す。それはマーブルのクッキーだ。
キョトンとした表情でクッキーを見ると悠の顔を見た後再度差し出されたクッキーを見るなり弾けるような笑顔でクッキーを受け取り食べ始める。
「うんっ!悠ちゃんが作ったクッキーだっ。えへへ・・・!」
そう言いながら大切そうに食べる春香は・・・凄く凄く可愛かった。いつも可愛いんだけどね!!
「中等部以来お菓子は一回も作ってないから、ここに来てから春香が一番最初に食べたことになるな・・・」
「すごく嬉しいっ!!」
「・・・良かった」
とても嬉しそうに喜ぶ春香に悠もいつもとは違い優しく微笑む。まぁ、心の中では叫びまくってるけどな!!
と、突然翔が悠が持っていたか可愛らしい袋を奪い中身を漁り始めた。
「ちょっと翔ちゃん!?」
悠の声を無視し、何故か不機嫌な翔はマーブルのクッキーを三つ手に取ると三つとも口の中へ放り投げるかのように貪り始めた。
「ってそれ私が作ったやつじゃ!?全部食べ始めるつもり!?」
と、翔が奪い取った可愛らしい紙袋を抱えるようにして悠が取り戻す。
「認めたくねー・・・料理も出来てお菓子も作れるとかんなの認めたくねー…くらいうまいじゃねーかよ!!」
「そんな悔しそうな顔しながら食べられても!てか普通に認めてるけど?!」
「うるせーな!」
そう言いながら翔は再び可愛らしい紙袋に手を入れようとするが悠に手を叩かれ…と繰り返しているとあわあわとしながら挙動不審だった春香が悠の腕を優しくつかむ
「悠ちゃん喧嘩はだ、ダメだよっ!」
「「・・・え?」」
翔と悠は顔を見合わせると拍子抜けした声を出した。あー・・・そう言えばこれ春香が見るのは初めてか!
既にこの喧嘩と言う名のじゃれ合いに慣れてしまっているSSのクラスメイト達は生暖かい視線を送っていたのだが、この状況に初めて会う者達は春香の様に喧嘩をしていると思ってしまうようだ。マジかよ。喧嘩じゃないから!!いつもの事だから!!
「別に喧嘩してるわけじゃ「あれぇ翔ちゃん何か食べてるぅ!」
と何とも拍子抜けした声と共に、にゅっと袋の中に手を入れクッキーを頬張る有稀の姿がそこに在った。
人の話し遮るの好きだなこいつら!!
「僕たちの分も勿論あるんだよね~?」
「・・・おい。天使がなんでここにいる」
いつの間に帰って来ていたのか、背後から聞きなれた声が聞こえ振り返ると怜が疲れた表情で一点を見つめ、有希と新は悠から奪い取った袋の中身を探りながら既に何個か食べている様だ。
本当に自由だな!!
「これ美味しいねぇ!あ、本当に天使いるぅ!」
「うっ・・・これ一体何が入っているのかな~?」
有希がおいしいと食べているのは悠が作ったクッキーなのだが…笑顔で食べながらも春香から少し離れた天使を凝視している。
新は冷や汗をかいているのか首筋から汗が噴き出ている。顔色も悪く、どうやらはずれを引いてしまったようだ。
・・・先輩達が作ったやつに当たったな。なんかお菓子に入れちゃいけないもの入れてたからな・・・見た目良い奴選んできたけど駄目だったか!てか、的確に私の作った物だけ食べてる翔ちゃんが怖いんだけど・・・なんなの?ずっと見てた訳?ストーカー???
そんな事を考えていると天使アルメンの笑顔がほんの一瞬消えたのに気が付く。
・・・天界から呼び出されたみたいだな。と悠は天使アルメンの心の声を聞きながら一人険しい表情をする。
本来天界からの呼び出しは緊急性がない限り行われないのだ。・・・なんか、胸騒ぎがするな
「申し訳ありません。天界から呼び出しがあったのでそろそろ戻ります。・・・契約している訳ではなく仮ですが一応報告した方がいいと判断してここにいましたがもう必要ないようです。呼び出されてしまいましたしね。春香さんありがとうございました」
「わ、わたしこそ守ってくれてありがとっ!」
天使アルメンは少し早口でそう言うと春香に深く一礼した。それを見た春香は慌てて同じ様にお辞儀をする。・・・ってそのまま動かないんかい!!
どちらが先に顔を上げて良いのか分からずタイミングを見失っている。と、天使アルメンが先に顔を上げこちらへ身体ごと視線を向ける。
「この光景を、大切にしてください悠さん。・・・私は主天使アルメン。もし私が必要になったのなら、どうか呼んでください。必ずお二人の声に応えます」
そう言い残し、天使アルメンは光に包まれ静かに目の前から消えていった。
‶この光景を大切にしてください‶・・・っていったいどういう意味なんだ。この胸騒ぎと関係あるのか・・・ま、いっか!
アルメンの言葉の意味が分かる日は、果たしてくるのだろうか。それとも…
「行っちゃったね・・・アルメンさんすごくいい天使?だったよ?」
「良かったね春香。・・・確かにいい天使だね」
忠告してくるなんて、色々な意味でいい天使だとは思うよ。うん。
まぁ、呼び出したとき寝てたんだけどね・・・
「・・・ぁ」
先程まで笑顔だった春香は小さく言葉にならない声を出し扉へと視線を向けると表情が曇り俯きながらそっと悠の袖口を掴む。春香の異変にいち早く気が付いた悠は春香の視線を辿るとそこには気まずそうな表情で立っている隆斗が居た。
「春香。・・・合うと気まずいだろうから会わないようにしてたんだけどな!」
そう言葉を発し空元気に教室の中に入ってくる隆斗だが、教室の中は微妙な雰囲気になっている。
さっきの雰囲気どこ行ったんだよ!・・・原因はなんとなく分かってるけど!!
知り合いだとは思ってたけど、これは間違いないな。
「りゅうと、くん」
春香は隆斗から視線を外す。悠の袖を掴む力が強くなり、震えているのが分かる。
「・・・・ゆう、ちゃん」
「なに?」
「少しだけ外に、出てもいいかな・・・?」
ぎこちなさそうにそう微笑むと同時に春香の心の声が悠に流れ込んでくる
‶どうしようっ…こわいよっ‶
‶ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!‶
春香の心の声に悠は少し考える。・・・春香をここに居させる訳には行かないな。かなり動揺してるみたいだし・・・仕方ない。まぁ、どうせあいつらついてくると思うけど…
「・・・ちょっと春香体調悪くなったみたいだから外行ってくる。後はよろしく翔ちゃん!」
「あ、ああ・・・って俺が何とかするのかよ!?」
春香も隆斗も、その場に居る誰もがどうすればよいのか分からない状態の中、悠は淡々とまるで何事もなかったかのように振る舞い、それに釣られ翔もついついいつも通りの反応をしてしまう。
しかし、悠の心の中は酷く荒れている。それ知るものは只一人だけだ。
言いたいことがあるなら、その場で言えばいいのに・・・。例え人に聞かれたくないことだったとしても。
じゃないと言いたいこと言う前に突然いなくなってしまうことだったあるかもしれないのに。唐突に、その時が訪れることだって、あるんだから
悠は春香の手を取り軽く翔に手を振ると重い扉を開け教室を出た。
近場にあるベンチに向かっている間、悠も春香も一言も話すことなく静寂の中ただ歩いているだけだった。
「春香大丈夫?」
「・・・うん。心配かけちゃったよね・・・?」
ベンチへ座り少しして悠は春香に声をかける。申し訳なさそうな表情を浮かべながら顔を覗き込む春香に悠は小さく首を横に振る
「・・・あそこに居たくない理由って男が怖いって他にも、あったでしょ?」
あの時聞こえた心の声はぐちゃぐちゃで、唯一はっきりと聞こえたのはあの二つの言葉だけだった。後はもう言葉になってなかったからな・・・
悠の問いかけに春香は微笑を浮かべ静かに頷いた。
あー・・・間違いなく隆斗が関係あるのはあの場にいた全員が瞬時に理解したと思うけどな。余りにも分かり過ぎて困ったからね!?
「えへへ・・・たぶん、ここに来た時からね。分かっちゃったと思ってたんだ。勿論悠ちゃんにも、ね?」
儚げに笑う春香の心の声は読むことが出来なかった。
春香と親しい悠は、男嫌いの件や幼馴染の事はさらっと聞いていた。しかし、そこにはまぎれもない嘘が交っており何か隠さなければならない理由があることも分かっていた。しかしなぜ、悠はその時追求しなかったのか。その理由は簡単だ
春香はその理由を刃穴そうとするたび、私と同じ瞳をしていたから。だから聞けなかった。
誰しも、何かを隠して生きているのだから。
「話したくないのなら無理には聞かない。だけど、もし私に少しでも話したいことがあるなら話して。・・・周りに聞かれたくないなら結界を張ることもできるから」
春香の前に跪き両手をぎゅっと握れば、春香は小さく“けっかい、張ってください・・・‶と呟いた。
「・・・内なるものをここに在らず。存在は全て幻に。幻影結界」
私と春香の周りに素早く結界を張り、結界を張り終わった旨を伝えると何かを感じとったのか春香は短く息を吐いた。
春香・・・ここに来たばかりなのに結界を張ったのがなんとなくでも理解できるようになってるなんて、なんて悲しいことだろう。それが分かるって事はつまり、もう元の生活をすることが厳しくなっている。こっち側に近しい存在になってしまっているということ。
元々こっち側に近い存在ではあったけど、間違いなく私の存在の影響だろうな…と心の中で小さく溜息を付いた。・・・溜息を付いた理由は他にもあるのだが
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