第59話

突然の移動に驚いた春香はぺたりと座り込み辺りを見渡す。

「きゃっ・・・あれ?ここ教室じゃないよ?」

春香は教室にそのまま移動すると思っていたようで玄関だと分かるとスカートを払い立ち上がる。

「男子校は室内用靴と外用靴があって今春香が履いてるのが室内用の靴なんだよ。外用の靴は教室に持ってく訳にもいかないから」

それにどうせ春香の靴いれる場所とかもちゃっかり用意してあるんだろうな・・・

って思ってたけど、木材で出来ている真新しく仄かにいい匂いが漂うSSと書かれた部屋の扉を小さくしたデザインが箱全体に大きく描かれており、一センチ四方の四角い機械が丸い取っ手の上に重ねて取れないように固定されている毎回見ても見慣れない靴入れではあるが案の定悠の真下に用意されていた。

「春香、多分胸ポケットになんか名刺みたいなの入ってなかった?」

「あったよ!ほら、これどうやって使うの?」

春香は悠の問いかけにおもむろに胸ポケットからカードを取り出す。カードの説明をすると春香は目を輝かせながらやり方を悠に急かした。

カードを翳しピッと小さな機械音が聞こえると箱を開ける。脱いだ靴を下段に入れると上段の靴を取り出す。靴箱を閉めるとカチャンと鍵が閉まった音が聞こえた。

やり方が分かったようで恐る恐るカードを翳すとピッと小さく機械音が聞え嬉しそうに頷くと悠と同じ様に靴を入れそのまま扉を閉める。カチャンと鍵が閉まる音がし、春香は笑顔で悠を見た。

「じゃあいきなり教室・・・は無理だろうから出入口まで行こうか」

「う、うんっ!」

直ぐに転移を使い春香と共に教師につの出入り口に立つ。春香にとって二回目の転移だがまだ慣れていないのか少しふらついているのを悠が支える。・・・・小刻みに震えているのは知らない振りだな

「ゆ、悠ちゃん・・・」

やっぱり男が怖いのか裾ぎゅっと掴んで私の傍を離れないようにしている。

「大丈夫。・・・確かに口悪いし見た目怖いかもしれないけどここにいる奴らは春香の嫌がることはしないよ。したら私が叩きのめすし」

そう言えば春香は曖昧に微笑んだが、微笑は引きずっている。

‶・・・恐い。分かってるけど怖いよ悠ちゃんっ!‶と、心の声が伝わってくる。

しかし悠は特に気に留める様子もなく重い扉を開いた。すると扉のすぐそばに翔が立っており悠と春香を見つけホッとした表情を浮かべた。

「思ったよりも早かったじゃねーか」

「翔ちゃんか・・・ってそう言えば朝から有稀と新と怜見てないけどどこに行った?」

「あいつらも理事生徒会の仕事してんだよ!お前も仕事しろ!」

「分かってるってば・・・朝からそんなテンションになれないんだって!」

戸惑う春香をよそに悠と翔はいつも通り言葉を交わしている。

「あー・・・春香。私これから交流会の準備で色々としないといけないんだよ。理事生徒会にもなんか入れられちゃってるからずっと一緒にいることが出来ないんだ」

「・・・ぇ」

更に戸惑い一気に表情が曇り出す春香に追い打ちをかけるように悠は言葉を紡ぐ。・・・これから先私がずっと一緒に居る事は出来ないから仕方ないけど心が痛いな

「それに、移動が多い分男子と関わるのも多くなると思う。本当は一緒に居たいし連れても行きたいけど今から行くところは教室程広くないし色々な学年の男子たちも集まる。正直そんな中に春香を連れて行きたくないから、ここに残って欲しい。」

春香の表情はさらに曇り出し不安が溢れだすように涙を浮かべている。

・・・心が痛い!でも、理事長が入学させるって言った以上私にはどうすることもできない。だったら、慣れてもらう以外方法が無い。

「・・・悠ちゃんは私のこといつも考えてくれるもん。今だってきっとそうだから。待ってるね!」

春香は決心した様に震える身体を隠しぎこちない笑みを浮かべる。

「うん。・・・でも安心して。春香一人じゃないから。」

「っふぇ?」

待って今の可愛すぎるじゃなくて・・・!

「一人に出来る訳ないじゃん!・・・代わりにここに残る人を呼び出せばいいと思って。」

まぁ人じゃないんだけどね・・・と悠の言葉に春香は大きく息を吐くが

「え?呼び出す?」

悠の言葉に混乱しているのか首をかしげ困惑した表情を浮かべている。

「私が呼び出す方が早いんだけど・・・力の使い方を兼ねて一度天使を呼んでもらって一緒に居てもらおうと思って。今後の事を考えると‶星使い‶の力の扱い方もなんとなく分かってた方がいいと思うんだ」

方陣で他種族を呼び出す際の難易度がある。

下位、中位、上位と分かれており下位は微精霊。

中位は悪魔、精霊、そして上位は天使と大まかに分けるとこの様になる。

だが知っての通り‶星使い‶にとっては難易度など関係なくありとあらゆる種族を呼び出す事が可能なのだ。それは頼もしい力であるが同時に危険ともいえる。

幸い春香は自身が‶星使いである‶ということを自覚しており幼いころから微精霊や悪魔が見えていたこともあり適正は凄まじいものだろう。

多分簡単に呼び出せるだろうからね・・・星使いってのは元々そういうものだから

悠の言葉に真剣に耳を傾け少し間を開けて静かに春香は頷く。

「・・・わかった。やってみるねっ!」

そう言うと春香は手の指同士を組み目を閉じ祈り始める。

本来は徐々に力を解放し呼び出す種族を上位へと持っていくのだが今回は時間が無いため一番早い方法で春香に呼び出させることになるのだ。

‶星使い‶は、言葉など一切言うことなく己が祈ることで自身にあった者を呼び出すことが出来る。

悠もある程度言葉なく呼び出す事が可能だが、星使いの力は次元が違うのだ。

向こう側が来てくれるってほうが正しい気がする。

前呼び出した天使に散々嫌味を言われて星使いの話しばっかりされたから無駄に知識が増えたんだよな・・・まぁ、そのおかげで初めて会った時から春香に特殊な力があることが分かった訳だけど。


祈り始めて少し経ったとき春香の真下の大きな方陣が浮き上がり、それは突如光を帯びまるで天使の輪の様にぐるぐると回転し始める。

本来方陣が回ることなどないのだが、これも‶星使い‶だからこその現象なのだ。

その光景に物珍しさを感じ教室内に人だかりが出来るが悠が近づかせないようにそれを阻止しながら春香を見守っている。

やがてぐるぐると回転していた方陣が瞬間、目が眩むような眩い光りを発すると方陣の回転がピタリと止み春香の前に小さな球体が浮かぶ。

それはゆっくりと人のようなものになりやがて羽の生えた天使へと姿を変えた。

春香が呼び出したのは、やはり純白の羽が生えた天使だった。

透き通るような白い肌に輝く背中に生える大小二枚の羽はもはや翼のようにキラキラと輝きを帯びている。天使特有と言われている白い瞳の奥にボルダーオパールが微かに揺れている。

髪の色は白くシンプルなティアラを着けきらりと様々な場所に反射し、肌と同じ白色のドレスの様な物を見に纏っている。

上はチュール素材のローマンカラー襟の事ーになっておりローマン部分も同じ素材で出来ている。

また、袖は肩が隠れるほどのバルーン・スリーブで手にはシースルーに刺繍を編み込んだ独特なウェディンググローブを着用している。

幅広のレースで出来たチャーム付きチョーカのチャームは見たことのない複雑なモチーフで出来ており上品さを醸し出す。ワンショルダー・ラップワンピースにウエスト部分からベルラインのレースで出来たバッスルスカートがふわりと舞う。

トウシューズのような靴を履いたその天使は全てが白銀に包まれ惹きつけられる。

なお、瞳の色と同じボルダーオパールの色で出来た宝石が少しずつ至る所に散りばめられている。まつ毛までが白いその天使は目を開く。

天使の位は瞳の奥にある微かな色で判別が出来る。・・・中位の主天使ってところか。中位の中で一番高い位を持ってるんだよね。流石春香だね。

「・・・ふわぁぁ。おはようございます」

と、その天使が発した言葉はあまりにも抜けているようなその場に合わぬ空気感を醸し出し教室中が何とも言えない空気に包まれる。

え・・・めちゃくちゃ眠そうなんだけど寝てたよね?絶対さっきまで寝てたよね!?

「お、おはようございますっ!」

何で春香も挨拶してる訳!?

・・・何を思ったのだろうか。春香も同じように挨拶をし何故か綺麗に深々と頭を下げお辞儀をしている。天使と言っても今まで見てきた天使とは姿が違い戸惑っているのだろう。

それにしても・・・なんでこの天使が春香の元に来たんだろう。あ、起きた

「んー?・・・はっ!?」

深々と頭を下げお辞儀をしたまま動かず固まっている春香に対し天使はようやく頭が冴えた様で羽を仕舞いゆっくりと教室の床へと足を付けるがその様子は春香とは違いおろおろとしながら周りをしきりに見渡している。

・・・でもなんか似てる気がするんだけど春香とこの天使

「気付いてそうそうあれなんだけど・・・とりあえず今お辞儀したまま固まっているのが貴方を召喚した主の小日向春香。」

このままでは埒が明かないと、おろおろしている天使にそう話しかければその天使は悠の目の間へと移動して来る。・・・早く調理室行かないといけないから早く穏便に済ませたい。早く調理室に行かないとなんか嫌な予感がするんだよね!

「その方‶星使い‶ですね?・・・‶星使い‶に呼ばれたのであれば無下には出来ません。勝手に契約しておくので念のため私を呼び出した理由を聞いてもいいですか?主になる方は固まって聞ける状況ではないので」

やはり天使の言う通り春香は同じ態勢のまま固まりびくともしない。むしろその体制で良く固まれるよ!まぁ、付いて行けないのは仕方ないか。

「これから主になる小日向春香は男性恐怖症で私が傍に居られなくてここに一人で残すのは心配だから呼んでもらった。これは私の個人的な気持ちだけど、悪意のある者は退けて欲しい。春香はそう言うことに異常なまでに敏感だから。」

悠の言葉に天使は春香の方を見ると頷き再び悠へと視線戻し同じく頷く。

天使は悪魔とは違い心を読む事は出来ないが思考を感じ取ることが出来る。心の中で‶お腹が空いた‶と思っていることが分かるのが悪魔だとすれば、天使は‶空腹度上昇中。食べ物の摂取が必要‶と脳がどの様に信号を出しているのかが分かると言った所だろう。

「主も同じ様に思っているみたいなので、信用します。・・・ですが、貴方なら簡単に私達天使を呼ぶことが出来ると思いますが?神乃宮悠様」

何かを含んだ言い方で悠の名を呼ぶ天使に周りは‶やっぱり有名なのか・・・‶と何処か初めから納得している様だ。

あれ、私天使の間でも有名な訳?いつの間にそんな有名になってたんだ!

てか、様って何。様って。

「本人が呼び出した方が望んだ形の種族が出てくる方が本人の為にもなるでしょ。・・・あー、春香。」

「ふぇ!?」

周りの空気感には触れず天使の言葉をさらりと受け流すと固まっている春香の名を呼ぶ。

すると奇声にも似た声を上げ上体を起こすときょろきょろとあたりを見渡しあたふたしている様子からまだ混乱しているのが分かる。・・・これはもう誰が見ても混乱してるの分かる。完全に魂どっか行ってたやつ!

「時間無いからもう行くな。・・・なるべく早めに戻ってくるから!」

「ふぁぁぁ?・・・え、あ、う、うん!・・・えっと、天使さんよろしくお願いしますっ!」

春香は悠の言葉の半分も理解していなさそうだがとりあえず頷き自身が呼び出した天使ににこりと笑みを浮かべる。

「私は天界に置いて中位、主天使を授かりし名をアルメン。・・・‶星使い‶の方は相変わらず変わってますね。よそよそしいのはここまでにしましょう。はい、こちらこそおねがいします。」

天使アルメンは春香の正面まで移動すると同じように微笑み返す。・・・‶なんか上手く行きそうだな‶と、突然わき腹に衝撃走る。いつの間にか横に居た翔が悠の脇腹を軽く突いたのだ。

「そろそろ行くぞ!」

待って、なんで私今脇腹突かれた!?

そう言いつつも翔は天使アルメンを無言で見つめている為、同じように悠も翔の脇を突く

「なっ!何だよ!?」

脇腹を抑えながらこちらを見る翔に呆れた表情で見つめ返す。それはこっちの台詞だよ!

「翔ちゃん早く行くよ!」

「あ、お・・・!」

翔が言葉を発する前に悠は無理やり翔と共にその場から調理室へと転移した。


「お二人・・・仲いいんですね」

「へ?・・・うん!私もそう思うよ?」

「あの様に仲良くなれれるといいですね。」

「ふぇっ!?・・・えへへ。もう仲良しだよ!」

「・・・お優しい方ですね、春香様は」


悠と翔が転移した後こんな会話がされていたのだが、二人は知る由もない。

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