第58話

途方に暮れていると再び翔が春香に聞こえない様小声で話しかけてくる。

「小日向・・・だっけか?あいつそんなに俺達の事が駄目なのか?そこまで酷いならここにいる方が危険なんじゃねーのか?」

「かなり酷いよ。駄目とか言うレベルじゃないんだよね・・・ここにいるのだってかなり無理して我慢してるだけで本当は今すぐにでも逃げ出したいはずなんだよね」

「そこまで・・・あ」

「何?翔ちゃ・・・うわ!?春香?」

「うぅ・・・悠ちゃん!」

翔が納得し話し出そうと口を開こうとした途中で何かが死海に入り込んだのか話すのを止めさっとこちら側から離れたと同時に体にドンと衝撃が走った。その衝撃の正体は春香だった。

結構思いっきり体当たりしてきたけど逆に春香は痛くないんだろうか・・・!

衝撃が走り痛みをこらえていると体全体を締め付ける痛みへと変化し、春香が悠に力いっぱい抱きしめる。待って!思ったよりも痛いよ!?

「こ、怖かったよっっ・・・む、無理だよっ悠ちゃんっっ!!」

「あー・・・頑張った頑張った。」

ごめん春香!私も割と今の状況が無理だ!!と思い悠はやんわりと春香を離しつつ頭を撫でる。

「へへ・・・・悠ちゃんのこれ好きだな~」

春香の頭を悠が撫でる光景は女子校では見慣れた光景となっている為春香も悠も気にすることなく撫でられ、撫でているが男子校での悠の言動を知っている者達からすればそれは異様な光景に見えた。

そして、そんな中一人複雑な表情でそのやり取り。特に春香を見ている人物が居た。

春香が少し落ち着きこちらも周りの様子を伺えるようになった頃、ふと隆斗が目に入った。・・・なんかすごい顔してるんだけど。何あの表情?・・・あ、マジか。隆斗の心の声を読み思わずそう口にしてしまいたくなる情報に頭を抱えそうになっていると隆斗が近づき、名を呼んだ。

「・・・・・・はる、か」

そしてそのままの表情で私に抱き付いている春香の名前を呼んだ。その声を聞いた春香は私から離れて服を掴んだまま隆斗を見て、驚いていた。私も違う意味で今驚いてるよ!

「・・・・隆斗・・・くん?」

「もしかしなくても知り合い?」

まぁついさっき隆斗の心読んで知ったんですけどね!!あえて知らない振りするよ私は!

「うん。・・・・・幼馴染、だったの」

もう既に知ってますとは言えない雰囲気だよ!!

悠は知らな振りをしてどうにかその場をやり過ごすが隆斗と春香の心の声がやけに頭に響くように聞こえ酔うような感覚に陥っていた。情報量が多すぎる・・・!

‶あの時守れなかった‶俺は家の命令とは言え許されない事をしたんだ‶隆斗君のせいじゃないの‶隆斗君が始まりだから…‶怖い‶怖いよ…っ!‶助けてくれたのは誰だったの?‶助けたのは俺じゃない‶

一気に流れ込んだ心の声をどうにか処理し、若干の気持ち悪さはあるもののなんとか抑える事が出来たことにほっとしていると翔の声が聞こえた。

「隆斗が言ってた気になってる女子ってこいつの事だったのか」

そう一人翔が納得してる表情が若干ニヤけどうにも違和感が拭いきれない。・・・翔ちゃん空気読んで!?

「隆斗君。・・・男の人がね、嫌いになったのは隆斗君が原因でもあるの」

男性恐怖症になった原因、元凶でもあるはずの隆斗を目の前にした春香の表情は恨みや強い喪失感などではなく慈愛に満ちた表情をしおり言葉と表情が噛み合わない。

・・・どうしようもない居心地の悪い空気が教室を支配している中悠は無理やり話を終わらせた。

「とりあえず、もう夜中の2時過ぎてるし一度帰る訳にも春香にとって夜は特に危険だろうからここにいた方がいいと思うんだけど、今交流会の準備で教室で寝泊まりしてるんだけどここじゃ寝れないよな?」

「・・・あ、・・・うん。ごめんね悠ちゃんっ」

「え?何が?・・・とにかく色々あると思うから今は寝た方がいいと思う。起きてから考えればいいんじゃない?って私が眠しだけなんだけど」

心の声を聞いたところで毎日聞こえている声の対処法は分かっている為、対して動揺することは無く春香に語り掛けるとやんわりと春香が笑顔を見せた。

そこからの行動は皆はやかった。話し合うことはしないまま強制的に春香は悠の部屋で一夜を過ごす事になり、転移で寮まで送り届け後は私だけ帰って来て寝るってなるはずだったんだけど・・・

「一人になりたくないの・・・」

「え?・・・あー、それもそうか。」

春香の心はかなり乱れており様々な心の感情が頭の中に流れ込んできている。制御で来たとは言え感情は読み取れてしまっている為春香の気持ちを汲み、悠も自身の部屋で寝ることになった。

早めに起きればいいだけの話しだし。と、春香を部屋に残し翔に伝えに戻り10分ほど起きた後の話しをした後慌てて自身の部屋へ悠が戻ると既に春香はベッドの上でスヤスヤと眠りに落ちていた。

・・・やっぱり疲れてたんだな。色々あったしもうこんな時間だし。

明日じゃない、もう今日だった。の事を考えるとちょっと不安だけどもう無理眠い。どうにかなるでしょ、多分。

「・・・寝よ」

パジャマに着替え制服をクローゼットの中へ仕舞うと教室で使う予定だった予備の布団一式をベッドの近くへ敷きそのまま垂れ込む様に寝ころび目を瞑ると直ぐに深い眠りに付いたのだった。


「・・・おやすみなさいあずっ・・・ゆうちゃん。」

一人の少女と言うには大人びている黒髪の少女、神乃宮悠を見てそう囁く。そっとベッドから降りると三色にグラデーションされたまるで春色の様な髪を靡かせながら窓の外を見上げる。空は所々雲が出ており、月は薄い雲に覆われ鈍い光を放っている。

それをまた中の奥深くから画面を通し見ている者が居た。

「・・・なんで知ってただろう」

一人の少女にしては少し大人びた小日向春香はぽつりと一人言葉を零す。

誰にも、悠ちゃんにも言ったことなかったのに・・・なんで理事長さんは知ってたのかな

小日向春香は自身の髪を乱暴にぐしゃりと握りつぶすと数本鈍い月の光に照らされ銀色に見える髪が舞う。

「こんなの・・・いらないのにっ」

・・・男の人が怖いから悠ちゃんに凄く迷惑かけちゃってるの分かってるのに。それなのにどうしてわたしは・・・本当の事がいえないの?

握り締めたままの手をそっと開き視線を落とすと、髪の毛が一本だけ残っていた。鈍い月の光に照らされて本来の色とは別の淡い銀色が浮んでいる様だ。

「・・・・きらいっ」

そう一言小日向春香は吐き捨て、自ら抜いた髪を地面へと投げ捨てるがひらひらと桜の花びらの様にゆっくると落ちていく。

この髪の色が証明していることが、あの家と同じ血が流れていることが、男の人が怖いことが・・・

なにもできないこんなどうようもないわたしが一番、きらい

「ゆうちゃ・・・ん」

深く眠りに付いている神乃宮悠の頬に優しく触れ名を呼ぶ。

悠ちゃんがいなかったらわたし、わたしじゃいられなかったの。・・・お家とか、男の人が怖いとか関係なく接してくれる悠ちゃんが私は大好きなの。


あの時嫌でもあの家の子供だと証明しちゃうこの大嫌いな髪の色を唯一褒めてくれた悠ちゃんは、私にとっての〝かみさま〟だと思ったの

再び窓から鈍く光る月を見上げ、小日向春香はその時の出来事を思い出していた。


季節は桜の花びらが散り、葉桜になっている桜の木も多くなってきた頃。

当時小日向春香は‶家‶から近い私立の中高一貫校に通っていた。名の知れた共学校でありながら分校や大学部は存在しない不思議な雰囲気を纏う中、高等学校。名前はもう思い出せないや・・・

敷地も広く寮も有り、なによりも全ての場所に桜が植えてあることから通称‶桜‶と呼ばれていたその学校に入り三年目になる中等部三年生の4月下旬。

私はその時を忘れないよ

家の事で口論になり新学年早々遅刻してしまい憂鬱な気分のまま‶どうせもう遅刻だもん‶と、葉桜を見上げる春香の目の前に突如舞い降りたのは、漆黒の髪と瞳を持つ少女だった。

凄く綺麗で、初めて見たはずなのにどこかで見たことがある気がして・・・

「・・・葉桜でも綺麗だね」

「え?・・・えっと・・・」

小日向春香が‶きれい‶と口に出す前にその少女が先に言葉をかけて来たのだ。しかし小日向春香は戸惑った。無理もないだろう。・・・その少女と小日向春香は初対面だったからだ。

「でもどうせなら桜見たかったな。だけどさ、髪の色。桜よりも凄く綺麗だから得した気分だよ」

「・・・ぇ」

「そんなに驚くことか?・・・もう少し前に会えてたら桜と一緒に見れてより一層綺麗だっただろうな」

「・・・・ぁ」

その少女は春香の横を横切り走りながら振り返り、

「小日向梓。私の名前だから覚えておいてよ」

「あ、待って!!・・・いっちゃった」

小日向梓と名乗った少女は春香が目を離した隙にそのまま消えるように居なくなってしまった。

「・・・わたしのかみ、きれい、なんだぁ・・・!」

初めて言われたきれいって・・・すごくうれしい!

この後直ぐに小日向楓と名乗る神乃宮悠と小日向春香は同じ教室で再会することとなる。


出会いを思い出しいつの間にか春香の表情は和らぎ微笑みを浮かべながら鈍く光る月を見上げていた。

・・・ここの理事長さんは何を考えているのか分からないことでちょっと有名だったしなにより男の子がたくさんいるから不安ばっかりだけど。わたしにとってここは女子校よりももっと安全な場所だって分かったからそれだけで十分!

まだ、悠ちゃんと一緒にいれるから

「・・・だいすきだよ悠ちゃん」

窓から神乃宮悠へと視線を戻しそう呟くと春香はゆっくりとベッドに戻り、熟睡している少女を視界に移しゆっくりと眠りに落ちた。


「・・・完全に寝過ごした」

あまりにも深い眠りに落ちてしまった悠が起きた頃には既に時計の針は朝9時を回ろうとしていた。雀のさえずりを聞きながら寝ぼけまなこのまま第一声を発した。春香は未だ深く眠っている様子で起きる気配はない。

春香を起こさぬようにバタバタとあわただしく支度をした後悠は転移を使い教室まで急いだ。

「翔ちゃん!」

「悠!お前遅いんだよ!」

「起きれなかった物はしょうがない!!」

そう悠が潔く言い切れば翔は少し怒った表情から呆れた表情へと変わり深いため息をついた。・・・翔ちゃんだって眠いくせに。あくびしてるのさっき見たよ私は!

「お前が居ないとどうにもできねーんだよ!・・・忘れてねーよな?」

・・・あ、そう言えばお菓子のことは私が大体のこと任されてたんだっけ。色々あったから忘れてたよ!

図星を突かれ悠は視線を彷徨わせた後誤魔化すように笑う。・・・バレてる

「あははは・・・。あー、今からあの場所・・・調理室に向かうのはいいけど、春香を私の部屋の中一人で居させる訳にも行かなでしょ。・・・どうしよう!」

「とりあえずお前と一緒に行動させればいいんじゃねーか。?・・・代わりに守れそうな奴呼ぶとかあるだろ」

翔の言葉に悠は何かを思いついたのか‶なるほど・・・‶と言葉を零す。

私が付いてあげたいけど・・・誰かを呼ぶか。たまにはいい事言うな翔ちゃん!

「でも春香まだ寝てるんだよね・・・準備もあるだろうし部屋に戻って起こしてくるよ」

「悠!」

転移、と言う前に突如ジーンに呼び止められる。・・・ずっと気配隠したままここにいたのか。すっかり忘れてたわ。忘れっぱなしだな私。

「ジーン?」

「彼女、小日向春香を僕に近づけないで欲しいんだ。・・・‶星使い‶は僕たちよりも先に違う種族と合わせた方がいいのは悠も分かっているはずだよ」

ジーンは悠の前に来ると複雑そうな表情で笑いかける。

「あー・・・そうだった。もう考えることが多すぎるな・・・」

「僕に会う前に天使を呼んで慣れさせたほうが良い。・・・星使いは聖杯とは違う特殊な力だからね。その力を一番簡単に効率よく発揮させて力の使い方を覚えるには天使が一番なんだよ。精霊は既に会っているから呼び出す必要性もないよ」

・・・確かに。それにジーンが悪魔だってバレるとジーンは魔界に戻らないといけなくなる。若干もうバレてる気もするけど、せめてジーンが本調子になるまではここ無い居て欲しいし。

星使いとして目覚めると様々な種族から狙われるだけでなく、様々な種族と対話することも出来るのだがまだ純粋な力に‶悪魔‶を近づけてしまうと瘴気の影響を受けてしまうのだ。

その為星使いには必ず初めに天使か精霊に自身の力で呼び寄せ会わせ力の使い方を学ばせる必要が有る。

既に春香は悪魔よりも先に微精霊に囲まれていることもあり何より精霊王である風再と水慈に助けられているので問題ないのだが万が一の可能性もある。

また、別名天使使いとも呼ばれている為、いつの間にか天使を呼ぶ事が第一課題の様な物になっているのだがジーンの言う通り天使との対話は必要不可欠だろう。

人間以外だと男とか女とかないんだけどどう見ても悪魔も精霊も男と女にしか見えないもんね・・・その分天使は中世的な顔立ちが多いし可愛い女の子の姿が殆どだから春香にとってもいいかも。ずっと

「ジーンありがと。じゃあまた後で。・・・転移」

ジーンにそう伝え自身の部屋に転移すると驚いた表情の春香が目に入った。既にに大まかな準備を済ませているが何やら困っでいる様子だ。

「あ、悠ちゃんおはよう!」

「おはよ春香。・・・春香の制服そう言えばまだないんだった。どうしようか・・・春香?」

そう言えば春香はさらに困った表情でそっとベッドね視線を送る。

「昨日悠ちゃんが女子校の制服がまだあるって言ってくれたから朝にクローゼットの中を開けてみたの。だけど女子校の制服が無くて、その代りに悠ちゃんが着ている新しい制服がかかってたから・・・」

春香はそう言ってベッドの上に置いてあった制服を手に取ると複雑そうな笑みを浮かべて悠に見せてくる。ハンガーにかけてあったであろう制服をわざわざ畳んだのが春香らしい所だろう。

春香に見せられた制服は悠が着ている者と形状は同じだがデザインや色が多少異なっていた。・・・これ絶対徹夜で理事長が作ったな。

長袖の焦茶色ーこげちゃいろ、ものの焦げたような黒味のある濃い茶色を指すーの丸襟の七分袖のワイシャツに銀色と金色の線が入っており、シンプルな浅黄ーうすき、刈安染の深黄(こきき)が薄くなった黄色を指すーのカーディガンに退紅色ーたいこういろーのリボンに白と茶色を混ぜたような少しくすんだ太めの線の両側にこげ茶の線が入り更に銀色のラメが入っている。

その線は程よくリボン全体にありこげ茶単体の線も同様に全体にバランスよくデザインされている。

また、空いている場所には男子校の校章だろう。くすみかかった金色の校章がアクセントになって全体に散りばめられになっている。

襟のないお尻ほどあるブレザーは白く、袖部分とボタン部分に浅黄色ーあさきいろーの線が入っている。

裾部分は軽く、左胸のポケットには黒の校章が入っている。スカートは七分袖のワイシャツと同じ焦茶に白の線が入ったチェックプリーツのシフォン型でレースがあしらわれており、靴下は膝上まである黒色のニーハイでゴムトップに浅黄のフリルがあしらわれている。靴は黒のレースアップで靴底はやや厚くヒールは低く約4センチある。

さらにSSクラスになるとその証に金色のバッチが授与され、四つすべて合わせると校章の中心に花が咲いているようになるがまだ一つ目のSS、labyrinth隊共通バッチのみが付けられている状態だ。

確かに春香は服は黄色の方が映えるし似合うけど・・・これを考えたのが理事長だと思うと複雑!

「あー・・・うん。多分それ制服だから。少し早く着替えてくれると嬉しいな、なんて」

「もうっ。それを先に言って?」

春香はそう言うと直ぐ制服に着替え始めた。5分もしない内に着替え終わると脱いだパジャマを畳みべ度の上に置いた。ついでに時間が無く脱ぎ散らかした悠のパジャマも畳んでベッドに置いてある。

「えへへ・・・どう、かな?」

「可愛いに決まってる!」

嬉しそうにくるりと回る春香を見て即答する悠は時計を見てはっと表情を変えるとクローゼットの中に入っていた新品の室内用の靴に履き替えさせ元々春香が履いた靴を持つとすぐに春香と共に転移した。

そう言えば時間ヤバかったんだった・・・!

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