第56話

「はぁぁ・・・ようやく寝たか。何だったんだ一体!」


まるで引っ付き虫になったかのように悠の傍を離れない翔と面白がり同じ様にしている新を無理やり剥がしたものの翔が中々離れなかった為いつも通りに話をしていると見慣れていない他のクラスメイト達が喧嘩だと思い止めに入り・・・後はもう想像が出来るだろう。もうめちゃくちゃだったよ!

皆疲れ果てて結局寝ちゃったけどこの状態で寝れるほど神経図太くないからね私。雑魚寝だよ!雑魚寝!

悠と翔を止めたクラスメイト達は死んだように健やかな表情でピクリともせずに熟睡している。

他のクラスメイト達は各々夢を見ているのか時々寝言を言ったりと様々だがやはり皆死んでいるように眠っている。

本当に死んでるんじゃ・・・って突いてみたけどちゃんと皆呼吸したから生きてるわってなって安心したけど同時に腹立ったよ!

勿論ジーンも珍しく寝てるんだけど・・・くそ。相変わらずの綺麗な顔だな!!余計腹立つ!

「・・・翔ちゃんは間抜け面だな」

ジーンの横で眠っている翔の頬をつねり一言そう言った後、悠は寮に戻る時ふと翔が口にしたことを思い出していた。

「・・・・月が綺麗、か。」

翔ちゃんはなんで突然あんなこと言ったんだろう・・・確かに綺麗だったと思うけど!

そう心の中で悪態を付くと悠はそっと教室の窓を開けると淵に座り月を見上げる。

確かに今日の月は綺麗だよ。特に今日の月は・・・残酷なほどに

「・・・・二月だからまだ肌寒いな」

腕を組み自身の身体を摩りそう呟くがそこから悠は動こうとはしない。

そう言えば結局あの騒動からすぐにこっちに編入することになっちゃったからろくに会話も出来なかったな・・・特にちゃんと話したかった子が居たのに

私の唯一無二の・・・親友。

悠にとっては珍しく少し昔を懐かしんでいる時だった。不意に聞こえてくるはずのない女の声が聞こえた。

「小日向・・・だよね?」

勢いよく下を見るとそこにはかつて自身が見に纏っていた制服と同じものを着た女が三人。雲一つなく月明かりで照らされたその顔に悠は見覚えがあった。だがしかし・・・

会いたいとは思ってたけどお前じゃないんだよな!!

「てか・・・どういうこと!?」

動揺し悠の叫び声は夜の闇に響く。勿論教室も例外ではなく飛び起きたクラスメイト達は一斉に声を重ね悠を非難する。

『うるせー!!』

「それはこっちの台詞だ!!こんな時間に・・・難で女子校の生徒か来てる訳!?」

教室内から非難の声が殺到しているが、そう言ってるお前らもうるさいからな!?

「・・・・おお!女だ!」

「ちゃんとした女子が俺の目の前に・・・!」

「ちゃんとした女だ!」

悠は窓枠から降り再び下を覗き込むが、確かに女子校の制服を着た生徒が三人こちらに向かい手を振っているのが見え頭を抱える。そんな悠とは裏腹にクラスメイト達はこぞって窓から顔を出し口々に言いたい放題だ。

おい。私に対する地味な嫌がらせか。私もちゃんとした女だよ!

「・・・乃宮だよね?」

「あー・・・まぁ、そうだね」

その呼ばれ方も久しぶりだな…

悠は悪魔に狙われ名が知られている他‶女でありながら聖杯所持者である‶事実を隠す為中等部二年まで学校や学園に一切通うことはしていなかったが突如女子校に通うことになったのだ。そしてとっさに乃宮楓ーのみやかえでーと名を偽り、過ごす事になった。何度か危い場面もあったが偽名でも生活は送れていたが・・・決して本名を口にすることは無かった。

「乃宮?・・・確かお前のな「翔ちゃん」

「・・・そうだったな。とにかくそこの三人はここに来てもらうからな。転移」

偽名を使い女子校に通っていたことは既に翔達には周知されている事だが、悠の制止で忘れていた事を思い出した翔は女子校の生徒の手前ということもあり取り繕う。

既に時計は12時を回っている事に気づいていたのか翔は安全の為、はたまたただ遠すぎるが故話がしにくいだけなのか本心は分からないが女子校の生徒達を教室内へと転移させた。

「・・乃宮これは一体どういうこと?」

女子校の生徒達は驚きはしていたものの冷静に此方に向かい話しかけてくる。

「それはこちらの台詞。一体どういうこと。」

どうしてここにあんたたちが居るんだよ。女子校も寮で門限も厳しいはずなんだけど。後名前が一致してなくて男共が困惑してるからもうこれ以上話さないでくれ!

「乃宮、少し変わったね・・・噂で聞いた。あの日乃宮がいなくなって・・・置いて行かれたのかと思ったの」

一体何言ってんだこいつは・・・

引いている悠に対し名も覚えていない女子校の生徒の一人がひとりでに語るように話し出す。が、悠は既に限界に来ていた。魔界での戦いから目を覚ますな否や男子校へそのまま変える事になりさらには交流会の準備と怒涛の忙しさだ。あー。もう無理

「・・・相変わらず嘘つくのが上手くて笑えてくるよ」

「な・・・!!」

‶そんなことを言っていいのか!?‶と言いたげな隆斗を無視し冷めた表情で目の前にいる女子校の生徒を見据える。

最初あった時からこいつらが嫌いだった。心を読まなくてもすぐに分かった。こいつらは、敵だって

てか悪魔の声が聞こえるだけだったのにいつの間にか人間の心の声も聞こえるようになってたんだよな

「乃宮「私乃宮梓って名前じゃないんだよね、これ偽名。本名は神乃宮悠。で、いつまでこの茶番を続ければいい訳?」

「・・・酷いっ・・・酷いよ梓!」

そう言い顔を覆い泣き出した女子生徒達だがよく見ずともそれは演技だということが分かるがクラスメイト達はすっかり騙されている。男子達の視線が痛いけど、そんなのどうでもいい。

何故悠がここまで焦っているのか。それは、彼女たちが来ているということは間違いなく巻き込まれている人物が居るからだ。その人物は悠にとって唯一無二の存在である。

「あんたがここにいるってことはあの子、‶春香‶もここにいるって事。必ず連れ回してたから。その春香が居ないんだけど、一体どこに置いてきた」

「知らない。あんな奴どうでも・・・」

「どうでもいい?・・・春香の体質の事分かってるのにわざと連れて来たくせに?

「・・・春香はあんたに会いに自分から来るって言ったの!私はもう帰る!今頃あの子・・・襲われてるかもね」

プツリ、と頭の中で大切な欠陥が二三本キレたような音が響いた。

女子生徒の一人は‶春香‶と言う名の生徒を嫌っているようでそのまま廊下へ出ようと扉に手を掛けるが手を掛ける前に再び悠の前に転移させられ鬼のような形相で胸元を掴みかかる

「どうして、あの子をここへ連れて来た」

「どうしても来たいって言われたからよ!私だって止めたわ!!」

「止めた。けど春香をここへ連れて来て故意に春香から離れたんだろ。もういいい。・・・早く探さないと」

全部聞こえてるんだよ。

「おい!・・・おい悠!待て!・・・この敷地がどれだけ広いか知ってんだろ。闇雲に探すつもりじゃねーだろーな?」

怒りで我を忘れかけている悠の手を掴み押さえつけ肩を組み説得する。

翔ちゃんが言いたいことは分かる。だけど、あの子は・・・

春香との出会いは女子校に通う前、つまり中等部三年と言う中途半端な時期に転入と言う形でやって来た時に出会った。その学校には一年程しか通わなかったものの唯一の友達になっていた。

悠は高等部へ通うつもりはなく、春香は何処へ進学するのか告げず離れ離れになったと思っていたが女子校へ通う事になり春香と再会した。この世界で唯一無二の親友と言う存在になったのだ。

だから・・・絶対に悪魔や聖杯に巻き込まないようにしてきた。それに・・・それに春香は男性恐怖症だ。こんな所一人で放置していれば壊れてしまう

「・・・っておい何するつもりだ」

「下がってて」

問答無用で翔を引き離し女子高の生徒三人を押しのける。翔は仕方なく受け止め溜息を付くとこちらを見てもう一度ため息を付いた。

私の周りにはもう誰もいない。・・・これなら方陣展開できそうだな


「・・・四方に囲まれし箱庭。水と風を混ぜ合わせ、展開するは索なりて。方陣展開・・・水慈、風再

「おいおい・・・大掛かりすぎるだろ!」


優しい風が巻き起こり、雫の落ちる音が聞こえ、方陣の中央に現れたのは風の精霊王と水の精霊王だ。


「・・・呼ばれたのは嬉しいのだけど、まさか人探しで呼ばれることになるなんて思ってもみなかったわね。私達の使い方間違っている気がするのは気のせいかしら?水慈」


「同感ですね。でも何回か前の主には探し物頼まれたことありますから。人間は無かったです。でも主が望んでいるのが僕たちの現実ですから」

優雅に気品高く現れた風と水の精霊王だったが話の内容は探し物で呼び出されたことによる不満だった。私だって四従士呼びたくないけど非常事態だから!一番手っ取り早いの!春香はそう言うのに好かれやすいから!

「いいから、やるよね?」

「「勿論・・・主の命じるがままに。我らは従いましょう」」

風再と水慈は顔を見合わせた後膝をつき私にそう応える。

悠が行おうとしているのは本来天使が必要なのだが方陣を精霊用に書き換えられている難易度が高く失敗しやすい術でもある。が、そのための方陣なのだ。

男子校は理事長の手で結界が張られている。結界内で探知などを行う場合結界の力が邪魔になり上手く探知することが出来なくなるのだ。その為相手の結界内に入りかつ情報が何もない場合方陣の探知を行う。


「方陣は王の間となりて、水は体に。風は羽となり作り出せ。四人の王は踊り跳ね、我望む者をこの地へと誘うだろう。・・・さっさと春香をここに連れてきて。」


まぁ、これ本来天使を呼び出すのをを応用して作ってるからどうしても言葉が天使寄りになるんだよね・・・仕方ないけどあんまり好きじゃないんだよな。仕方ないけど!!

身体は水、羽は風で出来た天使に似た何かがくるくると周りだし言葉通り踊り跳ねる。踊る度に水面に波紋が起こる様に探知をし、跳ねる度に在処を探していく。

「これが、聖杯・・・?」

唖然とした息を飲むような声が聞こえる。

「そうだ。聖杯は間近で見れり機会は滅多にないからな。あいつは俺達とは比較にならないくらい力を持っている。世間でいう特別な力ってやつだな」

「特別な、力・・・」

「乃宮さんが特別・・・?」

翔は押しのけた女子校の生徒達が息を飲むのをチラリと見た後‶またあいつは・・・‶と呆れた表情で悠を見ながら決して女子生徒を見ることなく話しかける。

「いいか、よく見とけよ?中々見れるもんじゃねーしな・・・これでもあいつにとってはほんの一部の力だけどな」

方陣が逆回転を始め、中心に水と風の渦が突如として現れた。そして渦が静かに消えると方陣が効力を失いはじけ飛び風再に抱きかかえられている少女と困った表情の水慈がそこにはいた。

「僕は何もしてませんよ!・・・でも流石にこんなに怯えられるとどうしていいか分からないです。」

手を上げながら風再に抱えられている少女から距離を取り悠に水慈が訴える。

「貴方が怯えられること一度もなかったものね。・・・そうね。まだ怖い者達は居るけれどここは貴方にとっては安全な場所よ。私達の主が居るもの」

そう風再は微笑むと目瞑りガタガタと震える少女を促した。暫くし意を決しその少女は目を開ける。目の前には穏やかに微笑む女性、風再ではなく心配している様子の悠が立っている。

その少女はゆっくりと顔を上げ悠だと分かるな否やぽろぽろと涙を流しだした

「あ・・・あず、さちゃ・・・」

「・・・はるか」

そう。この少女こそ悠が探していた‶春香‶である。


目の色は灰桜色。ーはいざくら、桜の花びらのようなはんなりとした色に灰みがかった明るい色のことを言うー髪の色は全体が桜色ーさくらいろーだがわずかにグラデーションが施されている。

頭頂から順に一斤染ーいっこんぞめ、紅花で染めた淡紅色ーにも似た退紅色ーたいこう、桜色よりやや褪せ桜色と一斤染の中間色にあたるーが毛先部分に行く連れ撫子色ーなでしこいろーへと変わる不思議な色合いだ。長さはセミロング程で今の髪型は両側で軽く三つ編みで纏められているが普段の髪型とは異なる。

普段は三つ編みは解き緩いカーブを描いた髪に横髪を残しつつハーフアップで三つ編みされ大小二連になった簪で止めている。

簪は桜をモチーフにしており軸となる大きな方にはモルガナイトの宝石を桜の花びらに加工し連なる様にいくつかの花びらが横から垂れ下がっており、色は桜色。

さらにチェーンで二連目と繋がっており小さな方も同じくモルガナイトの宝石を使い桜の花びらの形をしているが色は退紅で真ん中には撫子に近いピンクトルマリンの石が入り同じ様に横からいくつかの花びらが垂れ下がっているシンプルだが上品な造りの簪を挿しているのだ。

「どうやらもう僕たちの出番はないみたいですし帰りましょうか」

「そうね。・・・絡んでいた者達はただ助けようとしてくれていた様子でした。幸い優しい者達でとても安心しましたわ。それでは私たちは一度帰りますわ。また、呼んでくださいね」

そう言い近くにあった椅子を悠の所まで運びそこへ少女を座らせ女子校の生徒達を攫い先に風再は去っていった。・・・きっと寮に返してくれたんだ。そう思おう。

「次はぜひ他の二人も呼んでください・・・あの二人呼ばれないと僕に八つ当たりして来るんです。」

水慈も伝言を残し去って行った。

回りに他の二人の気配もない・・・本当に精霊界に帰ったな。てか、水慈が可哀想だからちょっと次からは優しくしてあげよう

「ど、して・・・梓ちゃん!」

その少女、春香は思いっきり私に抱き付いてきた。・・・その体はやはり小刻みに震えている

「とりあえず、まだ寒いのにそんな薄着じゃ風邪ひくからこれ羽織って。」

悠は自らの上着を少女に羽織らせる。少女の格好は女子校の制服ではなくパジャマ姿だ。

女子高は寮と自宅通いの二つを選択できる。この少女は寮を選択し、住んでいる。

女子高の寮は男子校程ではないものの温度管理が徹底されている為薄手の物でも十分暖かい。その為、今の少女の格好はやや薄い生地ながらもこもことした無地の淡い桃色のワンピースに風が吹いた際に同じ素材と色で出来た半ズボンを着用していることが分かる。

どうせ寝てる所無理やり起こされた上に説明されて勢いのまま来ちゃったんだろうな・・・てか可愛いな。

自分の服装がパジャマな事に気が付いたのかその少女、‶春香‶は小さく悲鳴を上げた。

その悲鳴も可愛いなとか思った私は相当ヤバいよな!


「ごごごご迷惑をおかけしましたっっっ!!」

ペコペコと頭を下げながらも悠の後ろに隠れ縮こまっている春香を見て悠は苦笑いする。

まぁ、こうなることは分かってはいたけど。・・・ちゃんと謝るところが春香らしいんだけど

「別にいいけどぉ~・・・」

そう言う有稀だがあからさまに戸惑い新の近くへと寄りかかる。皆困惑しているようでどうすればよいのか分からずただただ突っ立っているだけだ。まぁ、有稀が困惑してるくらいだから相当だよな。でも可愛い

「うぅ・・・変な所みせちゃったよぉぉ」

マジで可愛い・・・じゃなくて

「しょうがないでしょ。・・・ここに来たのは駄目な事だけどちゃんと反省してるならいいんじゃない?」

‶春香‶は小さく悲鳴を上げた後、慌てて椅子から立ち上がり靴を脱ぎ棄てるようにして悠の後ろにしがみ付いた。そこからは少し慣れるまでまるで親子の様だったが唐突に謝り始めしがみ付いていた場所は腕へと変わっている

別に私はこのままでもいいんだけど・・・

「ここにいる人達は春香には何もしないから大丈夫。・・・何かしたら私が春香を守るから」

春香の心の声を覗けば、悠に対する気持ちで覆いつくされていた。

まぁ覗く必要もない位には伝わって来てたけど!

「心配、してたんだからね!急にだ、男子校に編入するって聞いて!」

「あー・・・それはごめん。」

「そ、それに男のこと楽しそうにしてるし!私のこと忘れちゃったかと思ったんだよ!?」

「・・・春香、男子恐怖症でしょ。それに忘れるなんてある訳ないでしょ?」

「むぅぅ・・・そ、それに名前が違うって言うしだもん!・・・私に嘘ついてたの?」

縋るような表情に少し胸が痛むがどうにか春香を落ち着かせる為頭を優しくなでる。


「春香・・・落ち着いて。ちゃんと話すから」

「・・・うん」


説得する様に語り掛ければ渋々と言った表情で一言そう言い小さく頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る