第51話

時間は少し戻る。


「一体僕をどこへ連れていこうとしている・・・って話を聞くつもりは無いようだね!」

「着いてこれば分かる」

「着いてからも何もないよ魔王。僕の首締ってるから少し緩めてくれないかな」

「黙っていろ」

「安心してよ。・・・苦しくて話せる領域はもう超えてるよ」

悠と翔が諦めて部屋に入った頃魔王は抵抗を諦め大人しくなったジーンを書斎連れ込んだ。

正確に言えば、嫌がるジーンを無理やり書斎へ拉致したと言ったほうが正しいだろう。その頃にはジーンは抵抗する気力すらなくなっていたのだが・・・。


‶まさか急に連れていかれるとは思わなかったよ・・・多分書斎に連れて行かれているんだろうね‶

と意識が朦朧と仕掛けていたジーンはそんなことを思っていたのだが、まさにその通り既に書斎は目の前だ。

魔王が主にいる六階には全ての部屋や床に至るまで高度な術が何重にも張り巡らされており特に魔王の書斎と、繋がっている寝室にはさらに厳重な術が掛かっており相手にしか聞かれてはならない話をする時は書斎で話すことが多い。

書斎の出入り口である扉は以前悠が男子校にて魔王と会話した扉と造りは全く同じだがレッドスピネルと黒色を使った高級感のある扉となっている。

この扉は先に認識させた者あるいは魔王が直接触れている者しか入ることが出来ず自動で開くようになってるため取っては無く中に入ると直ぐ書斎だ。

部屋はとても広く、悠と翔に当てが割れた部屋の二倍ほどの大きさだろうか。

天井は黒色でいくつもの照明がぶら下がっている。壁は白色と部屋の明るさを考えた造りになっており床にはレッドスピネルの上質な絨毯が全面に敷かれている。

また、窓はあえて下まで付けず少し高めの位置にあり中央は下部に謁見の間の椅子をステンドグラスで表現され上部分は窓ガラスで出来たが額縁位の大きさで回りが壁に覆われており左右は三枚の格子の窓がある。

入り口の真正面奥にはロココ調のーバロック時代に生まれたーアンティークのプレジデントデスクだ。

理事長室にある物は元々のプレジデントディスクにライティングビューロの組み合わせたオリジナルだが魔王の使う書斎にあるものはライティングビューローの特徴は無く本来の姿とも言え、それ以外の引き出しの造りなどは全く同じだが雰囲気や装飾等が異なり別の物にさえ見えてくる。

全体の色は魔王の髪の色と同じなのだが、光に当たると黒ではなく黒紅ーくろべにー、また黒紅梅ーくろこうばいーとも呼ばれる色となっている。

前側には三枚の板を張り合わせ中央のみ少し内側に入っている。

材質は木材だが加工され、細かな蔦や大花犀角等の草木や花の細工が各所に施してある。

 後ろ側へ回ると真ん中の板のみ黒色となっておりそれ以外はやはり一段目にはそれぞれ横に引き出しがあり左側は合計三段、左側は四角形の少し大きめな金庫が入る収納と理事長室にある物と同じだ。

また全ての引き出しの扉は跳ね上げ式で中にレールがあり収納できるようになっている。

扉に付いている取っ手、脚は猫脚になっており、色は枠等全て魔王の瞳の色と同じレッドスピネルで統一されている。

その立派な机の上には山積みになった資料の束が乱雑置かれ、シレッドスピネルの色のステンドグラスで覆われ足部分は海外の塔のようなデザインかつシンプルな黒色のアンティーク調のテーブルランプが端に置かれているが最早資料の山でほとんど見えていない。

その状況にジーンは小さく‶ため込む癖は相変わらずだね魔王…‶と溜息を付く。

椅子はナーシングチェアー元々は授乳時に使われていたーとソファーの様な全体を覆う作りと、チェスターフィールドー革張りの鋲で止められているのが特徴ーを合わせ持つパーソナルチェアー一人掛けの用の椅子を指すーだ。

背部分は革な為鋲で止められているがやや柔らかく座る部分は全体を包み込むよう柔らかさがありひじ掛け部分も同じ素材かつ綺麗な曲線を描いている。

脚は猫脚とは違い少しいびつながらも曲線が美しい。全体も机同様黒紅で統一されており鋲の部分の色はデッドスピネルだがよく見ると大花犀角をモチーフにした細工が全てに施されてある。

そしてプレジデントデスクの正面にはオケージョナルテーブルとーティーテーブルを指すーコーヒーテーブルを組み合わせた格好良さの中にも所々に細工が施され優雅さを兼ね備えたローテーブルがあり色は蘇芳色。さらに向かい合っている三人用のソファーは黒紅一色とシンプルかつ格好良さを前面に出した今どきらしさを感じるデザインとなっている。

出入口から見て右側には飲み物が飲めるよう黒色のシンプルなサイドテーブルと最低限の物が置かれているだけと部屋の広さの割に物が極端に少ない。

ジーンはそれを見ながら懐かしさを感じると共に左側のソファーに投げ捨てられた衝撃で背中が痛むのを感じているが‶魔王らしいよ‶と小さく笑う。

「・・いつも見ていた光景だろう。今更懐かしむことでもない」

「そうでもないよ。僕にとっては懐かしむくらいの年月は経っているよ」

魔王はそう言葉を吐き捨てると右側のソファーに座りジーンはそれを見ながらゆっくりと起き上る。

「それで、僕の首を絞めながらここに連れて来たんだ。それなりの話しじゃないと困るよ」

首を摩りながら声を少し低く出し、威嚇するかのように話す様は何処か魔王を彷彿とさせる。

「それなりの話し以外でお前をここに入れたことは無い。勝手に入って来ていたのはお前の方だろ、ジーン。」

「そんな大昔の話しは忘れたよ。・・・時間もあまりないから手短に話してよ、魔王」

最後の言葉で少し詰まった、違う言葉を発しようとしたが躊躇い無の森で再開してずっと呼んでいた言葉がさらりと口から零れ落ちる。

「そうだな。・・・最近、‶反魔王派‶の動きがやけに活発になっている。さらにこの城にいる奴らの数が異常に減っている。近々‶新しい魔王‶を連れてくるつもりだろう。」

「・・・それが僕やアラムを洗脳していた‶phantom‶だと既に情報を得ているようだね。僕もアラムの話しを聞いて真っ先に標的になるのはここだと思っていたから当たり前だと思うよ。」

無の森の話しの前から既に接触があったのだろう。魔王とジーンは考える事も無く話を進めていく。

「・・・俺は此処を守れなければならない。迂闊に動くことも出来ないだろう。何かあった場合、ルシーを魔界に寄越せ。」

そう言い立ち上がるとプレジデントディスクに積まれている束の中から二枚綴りの書類を取り出し再びソファーに座ると書類を机に置く。

「これは・・・‶現魔王権限全執行権限委託契約書‶。まさか僕を魔王の代理にするつもりなのかい?僕はこの検眼はいらないよ。」

「悠を守る為だ。次のページを見ろ。自称だが‶phantom‶と呼ばれている人物の詳細だ。」

魔王は次のページを見るよう指示し、ジーンはその指示通り右上に止められた二枚目の書類へと目を通す。

そこには顔写真と共に名前、生年月日と言った基礎的なものから出身地や生まれに関する事まで事細かに記されている。

ジーンは二枚目の書類に記載されている写真を見るや否やひゅっと息を吸い込み心底驚愕し、困惑し、ディーブレッドの瞳を見開き魔王を見つめる。

「俺もまさかとは思っていたが・・・悠に会わせることは絶対にあってはならない。そうだろう」

ジーンの様子を見ながら語り掛け‶phantom‶の顔写真を見て渋い表情を浮かべる。

「・・・一時的でも魔王の権限の委託を引き受けるよ。何も起こらない事を願っているよ。」

「そうだな。・・・なにも、なければいいが、な」

歯切れの悪い魔王の言葉にジーンは既に何か起きているのかと話しかけようとした時微かに声が聞こえた。その声は段々近づいて来る為魔王とジーンは息を潜める。

「おい魔王!ジーン!!悠が目を覚まさねーんだよ!」

その声の正体は翔だ。その声にすぐに反応したのはジーンだ。書斎から出るや否や大きな声で‶翔!‶と叫ぶように呼ぶ。

「こんなところにいたのかよ!」

ジーンと翔が合流したのを声で確認し魔王も二人と合流する為書類を小さく折りたたみポケットに入れると書斎を出た。

結果的に言えば、悠は眠っているだけだったのだ。悠の様子を見に行ったジーンと魔王はあまりにも幸せそうに眠っている悠を見て顔を見合わせ小さく笑みを浮かべた。

「翔。これは悪魔の力を得た代償だよ。元々cardの中にあってはならない異物だからね。それを使った反動で眠っているだけだよ」

「そうだな。・・・いつ目覚めるのかは悠次第だ。明日かもっと先か。こいつのことだ。三日もあれば目を覚ますだろう」

ジーンと魔王の言葉に翔は深く安堵し息を吐く。駆けつけていた有稀と新も同じ様に安心した様子だ。怜は相変わらず無表情だがやや口角が上がっていることから心配していたのだと分かる。

この後翔は悠が目覚めるまで中々傍から離れずにいた翔を引きずりまわすように城中を歩く羽目になり尚、有稀と新。伶も翔に道ずれにされ同じく恐怖に慄きながらも城の内部を見る事になる。

また、魔王の言葉通りになるのだが当の本人は深く深く眠り続けていた。

そう。今この時も・・・


『悠。』


深く深くどこまでも続く黒に引き寄せられるようなどこまで見続く漆黒の闇の中一つの光を見つけた。定まらない思考でもその声は何処か聞いたことのある声な気が・・・ってlabyrinthか!!

その瞬間広がっていた漆黒の世界からまたあの場所へ、labyrinthが作り出し悠の一部となったlabyrinthがいる場所。

だけど・・・なんかよく見えないんだけどこれもしかして浮上しかけてる感じ?

『えぇ、そうね。ここの場所に来なくても話が出来るようになったの。けれど一つ言い忘れたことがあったの』

‶それでわざわざこんな場所まで私を連れて来た訳?・・・やる事のスケールが違い過ぎるよ。で、言い忘れたことって?‶

ふわふわと浮遊感と共に直に頭に響く声。しかしlabyrinthの姿は見えず小さな光の玉のようなものが目の前にあるだけだ。

『・・・私の事は誰にも言わないで。』

深刻そうな声色で悠に切に訴えるように話しかける。が悠は小さく溜息を付く

こんなこと言える訳ないってちょっと前に話したと思うんだけど?てか私が言っても信じないでしょ・・・実はlabyrinthは女なんですって。

『それもそうね・・・・悠。どうやらphantomに似た人物が居るようね。』

外の様子をずっと見ていたであろうlabyrinthの情報網は早い。というかずっと外の様子見てるもんね・・・ってそもそも私があんなに眠くなったのってlabyrinthのせい?

『正確には違うわ。第三解放と悪魔の力を使った反動よ。今後は無いとは思うけれど、暴走してしまったもの。暴走する時はいつも一週間は眠っていたでしょう?』

labyrinthの言葉に悠は‶そう言えば・・・‶と思いだし頭の中で大きなため息が聞こえた。

『Phantomの事は時期に解決する時が来るわ』

悠が一向に問いに答えないため痺れを切らしたのかlabyrinthがそう言葉を口にした。

それはまるで既に行く末が見えているような、phantomの障害を知っているような言いぶりに悠が言葉を投げかけようとした時、その言葉を遮るように

『用はそれだけよ。・・・さっきからずっと呼ばれているわよ。』

え?・・・いや誰にだよ


「いい加減・・・起きろって言ってんだろーが!」


と聞く前に突然の怒鳴り声に飛び起きた。

心臓止まるわ!!誰だよ耳元で叫ぶ奴は!とあたりを見渡すと、バチッと視線が絡み合う。

「・・・あー、えっと・・・これどういう状況?」

起きて直ぐ若干枯れた声で視線が会った翔に話しかける。

翔ちゃん凄い至近距離で険しい剣幕で私を見てるんだけど・・・!

「いつまで寝てるつもりだよ!」

「は?」

翔ちゃんは一体何を言ってるんだ?

突然の翔の言葉に心底不思議そうな表情を浮かべ憐れんだ顔をして見ていると翔の眉間にぐっと皺が寄る。少しやつれているように思える。制服も男子校の制服を着ているが上着を着ておらずラフな格好になっている。

「お前マジかよ・・・悠。お前三日も眠ってたんだぞ。覚えてねーのか?」

「・・・・・・マジで?冗談とかじゃなくてマジで?」

「マジだよ!!冗談言う必要ないだろ!!」

翔の言葉に恐る恐るそう聞けば翔は心配の裏返しなのか声を荒げながら悠の言葉を肯定しつつ突っ込みが入る。

あ、いつもの翔ちゃんだ。なんか険しい顔してるから何かあったのかと思ったけど思い違いか。

あー・・・そう言えばなんとなく思い出したようなしないような・・・死ぬほど眠かったなそう言えば!でも流石に三日は寝すぎだろ三日は!!

そりゃあ翔ちゃんもあんな鬼みたいな顔になる訳だ・・・起きて早々死んだかと思ったからな!

「誰が鬼だ。・・・もう目も覚めたみたいだしとっととバスルーム行って着換えてこい。ここにこれ以上いる訳にかねーからな」

翔はそう言いながら水の入ったコップを悠に手渡し悠はそれを飲み干すとベッドからゆっくり降り立ちあがる。・・・筋力も特に問題なさそう。てか早く行けって圧が酷い!

‶どれだけ心配したと思ってんだよ!・・・あいつらはああ言ってたが呼吸が一時的に止まったんだからなお前。これ以上心配させんじゃねーよ!〟

だけど、まぁこんな心の声聞いたら翔ちゃんの言う通りにするしかないよな。それに、確かに魔界にあまり長居しすぎると人間界との時間の誤差が凄いことになるし。

そのままバスルームへ繋がる扉を閉め振り返ると制服が置かれている。

用意良すぎじゃね…と思いつつもべたべたする身体を洗い流すために着ている服に手を掛けそのまま左画の扉に入って行く。

軽くシャワーだけ浴びさっさと真っ白なタオルで身体を拭き制服に着替えている間常に思考を巡らせていた。


悠が眠り続けている間、一時的だが心臓が止まった。これは事実だ。


嘘だと思ってた訳じゃないけど一応翔ちゃんの心の声聞いたけどやっぱり本当だったし・・・

危険を冒さなければあの場所まで行くことが出来ないのだと認識出来たが、これはlabyrinthが呼んだことで起こる対価なのだと悠はまだ気づいてはいない。が、薄々感づいているのを気づいてはいないと思い込んでいるだけなのかもしれない。

とにかく、あの場所はlabyrinthの言う通り冗談抜きで結構危ないってことだな!てか今回も最奥までは行ってないけど呼んだのlabyrinthなんだけど!心臓止まるとか聞いてないから!!

あー・・・まぁそんな対価があるのに言う訳ないか。特にlabyrinthだし・・・と。ふと顔を見上げ固まる

「・・・寝ぐせが酷すぎる!!」

本来の制服に着替え終わり鏡を見た悠は、そう叫んだ。

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