第43話

ジーンの口から溢れ出る血を見る悠の瞳は酷く濁り首を大きく横に振りながら剣をそのままに後ずさりする。僕は動けずにそのままその場に倒れ込んだ。出血が止まらないけど抜けばさらに出血してしまう・・・刺された場所の再生が遅すぎる!剣が自然に抜けない!

「分からないわからないわからないよ・・・ジーン・・・わからないよぉぉぉぉぉ!!」

悠の力が急激に増した。圧と共に光線の様な無数の光が周りに無造作に降り注ぐ。だが事前に領域、聖杯で言う結界を張っていたことにより被害は最小限に抑えられていることだけが不幸中の幸いと言った所だろう。

これは・・・暴走している!早く止めないと悠の身体が持たない!!

暴走しかけていることに気が付いた僕はどうにかしようと収めようと何度も悠に呼びかけ力を抑え込もうとしたけど、駄目だった。

「・・・悠。僕を殺したいだろう?」

「わからないわからないのわからたくないのわかりたいの・・・知りたく・・ない」

元々悠は幼い体にはあまりにも強大な収まりきるはずのない力があった。それが暴走すれば間違いなく悠の身体は分解され何も残らず何もかもが無になる。

・・・悠が死んでしまう。それだけは嫌だ!

だから僕は、掛けたんだ。その時の僕はもう冷静さを失っていた。だからこの方法しか浮かばなかった。

あの方法なら、暴走を止めることが出来る。・・・聖杯所持者が最も恐れる禁忌を僕が犯す。その為には

「早く空間を出すんだ。キミは僕を殺したいんだろう?そのための力を得るためだよ・・・さぁ」

「だめだって・・・しってるのぉ!それだけはしたらだめだっていわれたもん・・・!!いやいやいやいや!」

血だまりの中、悠の力の暴走により只の物になってしまった母親と父親を呆然と見ながら縋り付き全力で拒否をする。けれど暫くして悠自ら懇願したのだ。

ジーンはこうなることを予想し。わざと悠をけしかけた。

「でもね、もういないの・・・わたしがばけものだから。だから、・・・」

「悠…」

悠が‶嫌だ‶と一言言えば僕は止める気でいたんだ。なんて、僕が提案したことなのに。

「詳しくは言えないけど、悪魔には生まれつきある文字が読めるんだ。その文字は誰にも知られてはいけないし本来知っていてもいけないものだけど悪魔である僕達はそれを知ることで力を得ているんだよ。文字と言っても短い文章で構成されているんだよ」

淡々と話すジーンだが、両の手からは血がしたたり落ちている。語っていることさえ辛く悲しい出来事なのだと、話を聞いていたその場に居る誰もが悟る。

・・・本当の事は流石に言えないよ。君たちにもその文字が刻まれているなんて。でもきっと皆分かってしまうだろう。

ジーンはそう悟りあえてその時の事を正確に伝えた。・・・翔やここにいる子達は敏いから決して口には出さないだろう、と。

ジーンは、悠の顔が見えるように向きを変え抱きしめた後、服の上に浮き出た四角形の空間に手を入れた。その瞬間、文字が頭の中に浮かんだ。

あまりにも、これは・・・違い過ぎる。

僕は震えながら、その文字を口にした。

「・・・悠が倒れた原因の言葉だよ。流石に、口には出せないけど」

それに、あの時と大分変っていたからね・・・文字も長くなっていた。

【‶矛盾や。禁断の希望は泡ーうたかたーなりけり。あなやいといと神、なし。あなや伝はる神、待ち渡り事直りて全うす‶】

しかし、何故突如悠自ら言葉を口にし始めたのだ。その文字は僕が読み取った文字とはまるで違っていたんだ。

【‶必然なり。希望とならぬ。汝、暁月夜ーあかときづくよー朧なりけり。あなやいとかく神、愛すなり。あなや神、愛執ーあいしふーかな。来たる生き出づ‶】

もしあの時悠が、僕が本来の文字を言っていれば悠は死んでいたよ。だけど、文字が似ていたけど違う文字だったからか悠は死ななかった。奇跡的に黒と白が相殺し合って適合して死ななかったんだ。だけど、僕は今でもそれを後悔しているよ。

・・・だって

悠は死ぬよりも苦しく悲しい‶人間でも悪魔でもない存在‶にしてしまったんだから

「刻まれている文字は長く生きれば新たに刻まれて言葉が長くなっていくと言われているんだ。毎日変化しているとも言われているからその言葉が消える場合だってあるんだよ。さっき悠が唱えてたのは前の文字だよ。今の文字は、違っていたから。本来その文字を口にできるのは悪魔だけなんだけど悠は悪魔の力が強くなっている可能性があるんだ。それに・・・適合しているとは言っても一度失敗している者が唱えればどうなるか分からないんだよ。」

そう微笑むジーンは哀愁が漂い、重いモノを背負っているのだと分かる程のみ込まれてしまいそうなほど強い感情が支配している。


悠はジーンに刺さったままの剣を勢いよく引き抜いた。ジーンから血しぶきが上がるが剣が引き抜かれたおかげか再生されていく。完全に再生し、正気を失った悠を止めるべき武器を出したのが合図となり、戦いが始まった。

本当にその時は領域を張っておいてよかったと思ったよ。念のため外からは見えない様にしていたんだ。もしみられていれば今頃悠は犯罪者になっていたからね…。

だけど僕は結局、悠を守りたいと言って悠の母親と父親を殺しとどめを悠にさせてしまった。だから僕は悠と戦いながら記憶を操作したんだ。もちろん翔にも。全てを見ていたからね。

覚えていたらきっと悠も翔も僕を探しに来てしまう。消えない記憶で苦しんでしまう。それに、学園は翔をずっと監視する可能性だってあった。

・・・それだけは嫌だった。せめてもの、僕が出来る償いだった

「ゆるさない・・・許さない許せない許さない許さない!絶対に許さない!!必ず復讐する!!」

その証拠にほら、僕を憎んでいるよ。そう仕向けたのは僕なのになんでこんなに・・・‶心‶が痛いんだろう。

うわごとの様にそう叫びながら何度も何度も斬りかかる悠の攻撃をわざと受け、その間記憶操作と同時に主従関係を使い動きを止める為でもだった。

それでいい・・・それでいいんだよ、悠。僕を恨むことが生きる理由になるのなら、僕は君の悪魔になろう。

「気付いていると思うけど、僕はまだ魔界に封印されたままなんだ。魂だけの状態で此処にきている。だから、僕が力を使えば僕の魂は再び身体に戻って眠りに付く。封印状態に戻るんだ。」

「なんで今それを言う!!」

つい数時間前まで笑顔で穏やかに話していた悠の面影はなく、目を吊り上げ見開き、殺気と共に膨大な力を発し口調は荒々しく別人の様だ。・・・これが、僕が関わった結果なんだ。

この会話すら書き換えられるのに。何故か僕は覚えていて欲しいんだよ。

「悠。・・・次会うときは僕が必ず殺してあげるよ」

‶次会う時は、悠が必ず僕を殺して欲しい‶

僕が言葉場に込めた思いが伝わったのか、それとも動揺したのかその時の僕には分からなかった。

悠が一瞬怯んだのを察知しジーンは領域を解くと当時に力の余す限り悠と近くにいた翔に記憶操作を施し、そこから立ちさった。

否、消えた。魂の状態でその場に居続けるには既に限界が来ていたのだ。

今回の戦いで完全に他の悪魔や瘴気から吸い取った力を使い果たし本来持つ力でさえそこを付きかけていたため身体と魂のバランスが崩れていたのが原因でその場から消え魂は封印された場所へ戻り眠りに付くはずだった。


「だけど魔界で意識を取り戻した時、僕の封印は既に解けていて封印場所とは全く違う場所にいたんだ。」

これで話も終わりか、と思った翔達だがまだ続きがあることに驚き再びジーンの話に耳を傾ける。

身体や魂には影響はないものの、強力な術で身動きが出来ないようにされていたのだ。

捕らえられていたと言ったほうがいいのかな。

目覚めたばかりのジーンは此処は一体何処なのか、何故拘束されているのか分からないまま分かるのは漆黒の闇が広がっているが空間は広く建物の内部だということだけ。それ以外の情報が分かったのは暫くしてからだった

何も見えない暗闇の中でも少ししたら慣れてきて、僕の他にも悪魔がいることを感知する事ができたんだ。そんな中、突然声がしたんだ。

『神乃宮悠を殺せ』

と。何処から聞こえてきているのか分からない低く男であろう声だった。僕ははただ茫然と聞いていたよ。

‶悠の体の中に莫大な力が眠っている。その力は使い方次第でなんにでもなる‶

‶殺してもその力がある限り死ぬ前にこちら側が不利になることが起こるだろう‶

『この命令に背いた者は即刻他の奴ら共々全て殺す』

なんてと言われたら、もう頷く以外の選択は無かったよ。だけど、悠を殺す事なんてできる訳もなかった。悠を見つけたとしても、ひたすら気が付かないふりをし無視し続けた。

「ルシーは僕を慕ってくれていて優しいんだ。僕がさ迷っている所を見つけたのはルシーなんだよ。何より、妙に感が鋭くてこのことを知っている、というより知られてしまっているから悠にあんな態度をしてしまったんだと思うよ」

と、ルシーに恩があり優しさを持つ悪魔だとジーンは言う。翔達はにわかには信じられないと言った表情をするが、思い返してみれば確かに戦いの時も何処か抜けていた気がしたことを思い出す。

「僕はひたすらそいつの命令に背き続けた。そんな時、僕は悠が男子校に入学したことを知った。悪魔達が騒いでいたし何よりルシーが潜入したのを聞いて様子を見に行ったんだ。悠にすぐに気づかれてしまったけどね」

「あれは流石に気づくだろ!」

と鋭い翔の突っ込みが入る。が、何事もなかったかのように話を進めていく。

「悠は何も知らないんだ。・・・だけど悠自身は記憶の矛盾になんとなく気付いているはずだよ。それに、僕に会うか、僕と悠どちらかが死ぬ時に記憶操作が解けるようにしておいたんだ。元々魂の状態で記憶操作をしていたから完全ではなかったしもう解けても可笑しくない状態だったのを僕は知っているよ。いつも見守っていたからね」

と、微笑を浮かべる瞳はどこか柔らかい。

「だけど悠は僕を見ても思い出す傾向が見られなかった。翔には悠を見ると思い出すようにしていたけど、兆しは現れなかった。あいつらにかけていた術よりも遥かに強いのが原因だと思ったんだ。だからたった今、記憶操作を解いたよ。もう過去のことは思い出しているはずだよ悠も、そして翔も。」

その場はシン、と静まり返る。一気に情報が頭の中に流れ込み皆処理が上手く出来ていないのだ。魔王を除いては。

ジーンの言葉に靄が掛かっていた様な記憶が鮮明に蘇る。血だまり、悠の叫び・・・

そうだ。・・・俺はこいつに会ったことがある。特別学級での時間が長くなって、学園に何週間もいることが多くなった時一時帰宅で家に帰って来て・・・その後、悠が母親と父親を殺すのを見て悠がいなくなったと思っていたけど、ちげーな。思い出したみてーだ。変な感じするな・・・

「マジか・・・お前の言う通り俺も記憶操作されてたみてーだな」

意識を失い倒れたままの悠を片手で支えながら髪の毛を乱雑に扱い、なにより確信した表情を浮かべていいる彼、翔に有稀も新も、伶も夢物語などではなく事実だと理解した様だ。

「・・・ジーン」

「なに?兄さん」

今まで一言も発することなく黙って話を常に深刻な表情で聞いていた魔王が口を開きそれに不思議な表情でジーンが言葉を返す。

「悠とお前の関係は分かったが・・・何故悠がこんな状態になったのかいまいち説明が足りない。お前の話しだと悠が唱えた文字は別人の文字だったが今回は過去に読み取った文字と全く同じ文字を言葉にした。・・・だが、言葉は変わっていたはずだが何故か悠は強大な力を呼び起こした。文字が変わっているならばこの現象が起こるのは不自然だ。」

淡々とした口調の中に焦りと疑問が残っているのか声がさらに低くなる。

「きっと元々持っている悠の力のせいだと思う。僕にもよく分からないけど、うまく制御が出来ていたんじゃなくて本当は全く制御が出来ていない状態が続いていたんじゃないかな。それに一番の原因は・・・悠の中に、別の力を感じる事だよ。」

駄目だ。さっぱり分かんねー・・・と彼、翔は心の中で呟くが

「意味わかんねー・・・」

一部声に出ていたことに気が付き視線を泳がせるが呟いた声は彼ら達には聞こえてはいない。

「それから、この後僕は殺されるだろう。・・・ついさっきまで僕は操られていたんだ。それが今、解放されているとなると、僕を操っていた奴が、別の操っている悪魔をこちらに向かわせているはずだ。だから、逃げてくれ。犠牲は僕だけでいい。」

こいつ・・・一体何言ってるんだ?とジーンの言葉を理解できずそのままジーンを見つめる彼、翔は無意識のうちに悠を支える力が強くなる。

「ジーン・・・まさかお前死ぬ気じゃないだろうな!?」

直ぐに悟った魔王は今までにないほど声を荒げジーンに近づくと荒々しく胸倉を掴む。

「兄さんは僕のことを良く分かっているね。・・・悠と彼らを連れて逃げるんだ。」

ジーンの態度も表情も変わることなく同様せずただ静かにそう告げた。それは、彼翔達にも向けられた言葉だ。その言葉に今だ腕の中で眠る様に意識を失い続ける悠を彼、翔は見る。

「それまたあの時と同じになるんじゃねーのか」

彼、翔の言葉にジーンが目を見開き魔王は胸倉を掴む手を離し彼、翔を見る。有稀や新、怜もその場に居る誰もが彼、翔を見ていた。

悠、お前は敵が来ると分かっていて逃げるか?・・・そうだな。悠の顔を見つめながら問いかける。勿論返事などある訳がないが、彼、翔には何か聞こえた気がしたようだ。

「逃げない。俺は逃げない。そんなことできる訳ねーだろ」

「・・・翔。何言ってるのか分かってる?」

ジーンは何度も瞬きをし動揺しながらも平然を装い彼、翔に問いかける。

「分かってるに決まってんだろ!悠は・・・こいつは絶対に逃げない!この状況でも真正面から戦い抜くんだよ!」

悠を抱き上げまるで悠の代弁をする様に彼、翔は言葉を返す。

・・・そうだよな、悠。どの道逃げても追って来られたらどうしようもねーしな!

「確かにそうだよぉ!」

「・・・そうだな。追手が来る可能性も考えられる。」

「翔の言う通りだよね~」

有稀に続き伶、と新も同様に彼、翔が思っている居る事代弁するかのように立ち上がり同意する。傷は翔の治癒で大分回復している様だ。

「こいつらの言う通りだ。もう逃げるのはやめろ」

魔王までもが彼、翔の言葉に同意し少し空気が和らいだ時だった。


「皆、来るよ!!」


突如上空を見上げジーンがそう皆に叫ぶと武器を出し戦闘態勢に入る。魔王も既に武器を出し戦闘態勢に入っている。ジーンのその言葉に何かを感じ取ったのか直ぐに彼、翔達も各々聖杯召喚を行い具現化した武器を片手に戦闘態勢に入った。

彼、翔は素早く転移でまだ木々が覆い茂る場所に行くと抱きかかえた悠を片手で持ち上げると着てたブレザーを地面に敷きその上にゆっくりと悠を寝かせると、何重にも重ね結界を張った。

「あらゆるものを跳ね除けろ。可視化の存在は無く、重ねろ重ねろ重ねろ。・・・早く目覚ませよな」

そう言い残し彼、翔は再び転移で元居た場所へと戻り敵を迎え撃つ。

早く帰ってこい悠。・・・お前が目覚ます前にさっさと片付けてやる!それが嫌なら早く来ねーとな。悠。

俺には分かる。あいつは必ずここに戻ってくる。・・・必ずだ。

上空より禍々しい力が近づき、一体の上級悪魔と複数の下級悪魔が静かに地上へと下りてくる。

こうして、彼、翔達と操られた悪魔達との戦いが始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る