第42話
「・・・は?」
突然の言葉に驚きを隠せないのか眉間に皺を寄せ口を大きく開けている彼、翔はとても間抜けだ。
「学校に乗り込んだとき、まさか君と悠が再開していたなんて思わなかった。」
「俺だって驚いたぜ。・・・あれから任務の度に探してはいた。たまに情報も入ってきてはいたんだけどな。でもまさかあんな近い女子校に通って、しかも倒れた挙句校内を悪魔連れながら走り回ってるとか思わねーだろ。見たのは少しだけどな・・・しかもあいつ普通に話しかけてきやがって。ま、つい最近のことだけどな」
呆れたように、だがその表情は何処か嬉しそうで眉間に皺を寄せることなく語る彼、翔にジーンは心の中でホッと小さく胸をなでおろした。
「そんなことしていたんだね悠。・・・話続けるよ?」
「ああ。・・・頼む」
神妙な面持ちで語り出すジーンは、ここからが本題だと語っているようだった。
僕はすぐに翔と仲良くなったよ。元々人見知りしない性格だった翔は僕が悪魔だと分かっても悠に危害を加えていないなら大丈夫だと思っていたみたいで気にすることなく当たり前の様に接してきたよ。
幼い翔は既に悠を中心にして日常を動かしていることに気が付いたよ。
三日間、僕は本当にただ純粋に楽しかったんだ。だけど、僕は忘れていたんだよ。
・・・悪魔と人間が共存できないことを。
「どうして?・・・どうしてジーン!なんで・・・おかあさんとおとうさんを殺したのぉ!」
それを言ったら悠は死んでしまうかもしれない。・・・言える訳ないじゃないか!
血の海にたたずむジーンの周りには息も絶え絶えな悠の母親と父親が転がっている。そしてその光景を見て泣き叫んでいるのは、悠だ。
あぁ…どうしてこうなってしまったんだ。どうして
・・・僕はここに来てはいけなかった。
ジーンは翔の協力もあり悠と元の関係に戻ることが出来た。そして三‶人‶は三日間まるでずっと会う事ができなかった親友の様に一緒に居た。幸い悠の両親は既にジーンと悠を見放しており、翔の家族側も元々悠と仲が良かったこともありそのまま楽しく過ごすことが出来たのだ。
それに、三日後翔は学園に戻るのだと聞いていた。だから僕は三日間なるべく悠と翔を離れさせたくなかったんだよ。
そして4月2日。悠の誕生日の日がやってきた。
僕はこの時を一生忘れないだろう。例え、死んだとしても。
その日は恐い程全てが順調で完璧だった。恐ろしいほど、平和で温かかく望んでいた日常そのものだった。
いつの間にか遠巻きに見ている父親と暴力を振るい恐れていた両親が悠に異常なほど優しく、悠は久しぶりに飢えていた愛情に触れ、眩いほどの笑顔で溢れていた。
6歳になったこともあり、両親は一人でケーキの材料を買いに行かせようと言い出した。悠も初めて一人での買い物に意気揚々と出掛ける準備に取り掛かっていた。
「ケーキのざいりょうかってくるぅ!」
既に出掛ける準備を整えた悠は玄関の扉を開けようとしていた。
「僕もついて行くよ悠。一人は危ないからね」
「いいの!きょうは私ひとりでいくから!たまにはゆっくりして!」
ジーンが引き留めた者の悠は笑顔でそのまま玄関の扉を開け走り出した。バタンと玄関の扉が閉まる音が妙に重く響いたような気がした
暫くその場に居た僕はいつでも悠を迎えれるように与えられた部屋ではなくリビングに行くことにした。リビングでは悠の両親が何か話をしているようで僕は邪魔をしない方がいいかと…とリビングを通り過ぎた時、会話が聞こえた。
「もう悠も6歳ね。」
「そうだな・・・もう、俺達は限界だ。そうだろう?」
「そう、ね。・・・あなたが選んだ子だものきっと何かあると思っていたけれど。まさか貴方と同じ力を持っていたなんてっ!あの子の力は、危ないわ」
「そうだな・・・それに、悠は女の子だ。あってはならないことだ。」
雲行きの怪しい会話にジーンは咄嗟に死角に隠れ息を潜めた。・・・僕はこの会話を聞かなければならない気がする。特に悠にとって、この話しを無視するわけには行かない
「えぇ・・私たちはもう悠を愛してあげる事が出来ないわ・・・怖いのよあの子が。恐ろしくて恐ろしくて溜まらないのよ!!」
「自分の子供として育てていたかったが。・・・お前の言う通り、あの子は恐ろしい。化物だ・・・あいつは化け物だったんだ!」
二人の話しにジーンは凍り付き、怒りが込み上げ今にも殺してしまいそうなほど彼らを始めて憎いと思った瞬間でもあった。否、元々合った感情が今表面に現れただけだ。
ああ、嫌な予感はこれか…。初めから違和感は感じていた。だけどこれは・・・余りにも
「でももうその恐怖からも今日でおしまいね。」
「そうだな。・・・俺達があの子を殺すんだからな」
余りにも、醜く酷い。
「えぇ。・・・全て一緒に。後始末は任せるわ」
「ああ。・・・ジーン君にも悪いが翔くんは悠と仲良くなったのが悪かった。・・・それに、悠に関わった全ての人を・・・殺さなければな」
ジーンは気配を消したままフラフラと自室へと戻りベッドに横になり天井を見上げた。
さっきあいつらはなんて言った。悠を殺し、僕も翔も殺されるかもしれない?それどころか・・・関わった全てを無に返そうとしている。
ふつふつとこみ上げ表面へと出た怒りは、より鮮明になりジーンを支配する。
今ここで悠が帰ってきたら・・・駄目。駄目だそれだけは駄目だ!何か何か何かあるはずだ。何か・・・そうか。僕の記憶を操るこの力を使えばいいんだ
なにかあった時はこの力を使えばいい。僕が全ての元凶になればいい。そうしたら・・・悠も翔も誰もが笑って居れるはずだ。そうだよね?悠・・・そうなるよ、悠。
「僕を怒らせたんだ。・・・悠に指一本触れさせない。翔にもだ。」
僕は悪魔。・・・例え封印され霊体になっているとしてもあの人間たちが僕を殺せることは無い。
クツクツと小さく笑っていると部屋の扉を叩く音が聞こえ、ジーンは何事もなかったかのようにベッドから起き上がり腰かけると‶はい‶と返事をした。
返事が返って来るとドアが開き扉の前に悠の父親が立っていた。・・・もうこれは只の醜いモノだ。
「ジーン君。さっき悠から連絡があってどうやら少し遠いところまで買い出しに行って帰るのが遅くなるらしい。普段から途中まで迎えに来て欲しいと言われてね。」
その言葉にジーンはにこりと笑みを浮かべる。しかしその瞳は笑っていないが父親は気づかない。
・・・どうやら悠から連絡があったことは事実みたいだね。ただ、途中からは嘘だね。悠が来る前に僕を殺して悠が帰ってきたら悠を殺しに行く作戦みたいだ。
悪魔は、心の声を聞くことが出来る。・・・まさかこんなところで役に立つなんて皮肉だよね。
「悠らしいですね。分かりました」
醜いまるでそう、人間の方がよっぽど悪魔みたいだ。ジーンは怒りで震える手を抑え終始笑顔で対応する。断れば怪しまれると思ったのもあるが、悠が帰ってくる前に事を終わらせようと考えたのだ。
ジーンが立ち上がると悠の父親はいつものように‶まかせたよ‶と言い残し先に部屋を出て行った。後を追う為に立ち上がり、部屋を全て来た時の状態に戻す。
もしものことがあれば・・・僕がここにいた痕跡を残しておくわけには行かないからね。
空っぽになった部屋を見渡し・・・ジーンは静かに扉を閉めた。二度と、この部屋には帰ってこれない。ジーンには分かっていたのだろう。
最後に締めた扉は何故だか妙に重く感じたのを覚えているよ。と疲れた表情で翔達に語り掛けた。
ジーンは家にある自分自身の痕跡を全て消し玄関っへ向かうと既に悠の父親は靴を履いていた。わざと少し慌てた降りをし靴を履くと悠の父親と共に石畳を渡り目の前にある道路まで歩いていく。
悠を迎えに行く振りをし、悠の父親を追い越しわざと悠の父親に背を向ける。・・・すぐ傍で聖杯の気配を感じると直ぐにグサリとジーンの胸から突き出る剣が見えた。
・・・っまさか本当にすぐ行動に移すなんて思わなかったよ。
剣を引き抜く音と共に大量の血が溢れ口からも血が溢れ留まりきらない血がぼたぼたと落ち、道路に血が吸われて行くように広がり、肉片を切るぐっちりと不快な音を発し、剣が抜かれジーンは膝をつく。
「ジーン君には死んでもらうしかないんだ」
血を吐き振り返った僕に、冷酷な表情をした悠の父親・・・違うね。その男がそう言った。
「・・・古き言葉は棄てろ。言葉を戻せ」
そう唱えればあの日、彼らに術を使った際に入って行った黒い光が僕らのやり取りを陰から見ていた悠の母親、女と目の間にいる男の頭から飛び出し僕の中へと戻っていく。
僕の術は、こうやって記憶を奪うこともできるんだ。だから忘れさせることだって簡単に出来る。だけど、僕は忘れさせることはさせない。こいつらは、ちゃんと記憶を刻ませないと。
「・・・ジーン君、君は・・・」
記憶を改ざんしたとしても、僕がいた三年間の記憶はちゃんとある。だけど戻った所で僕が何者なのか分からないだろうね。
術を抜かれた影響で彼らはふらついているが、ジーンは既に刺された傷が塞がり何事もないように立っている。その瞳は、ディープレッド。赤色の瞳は悪魔特有の印でもある。悪魔は力だけでけではなく元々の身体能力が高く、治癒能力が高いことでも知られている。なにより、上級以上の悪魔は瞳の色を人間と同じに帰ることが出来る。
・・・僕は、悪魔だ。
「聞かなくても分かるはずですよ。・・・ジーンと言う名に心辺りがあるはずですよ。」
「まさか・・・あの眠れる森の悪魔だと言うのか!?」
「ええ、そうですよ。うすうす気が付いていたのでしょう。僕が悪魔だということに。」
「貴様!!騙していたのか!!」
先程の悠の父親の表情は一変し、声を荒げ激昂した。母親は隠れたまま出てこようとはしない。腰が抜けているのだろう
「貴方がそれを言いますか?・・・僕を殺した後悠も殺し翔も関わった人間全てを消す算段で僕に嘘をついた君が言うことじゃないよ?」
何も知らないと思っていたジーンが彼らの企てを聞いて知っていたと分かると激昂から一転見る見る表情が絶望へと変わり白くなった肌には大量の冷や汗をかいている。
「もしかして全部聞いて・・・!!」
「はい」
「この悪魔め!!」
そう話をしていると物陰に隠れていた悠の母親が震えながら父親にすがるようにしがみ付く。
「あなたっ!」
ずっと話を聞いていたのは分かっていたけど、まさかこのタイミングで出てくるとは思わなかったよ
「・・・この化け物が!」
化け物はお前たちの方じゃないか。治りきった傷を確認し破れた服も元の状態に戻り膝をついていたっジーンはゆっくりと立ち上がり周辺に被害が出ない様に結界を張る。
聖杯の結界とは違い悪魔では領域と呼ばれている。結界と同じ役割を果たすとともに領域内に敵を閉じ込めたり周りに被害を出さぬようにすることもできる。
それは階級が上であればある程強く、自身の周りに纏わせれば聖杯所持者が張った結界も簡単に通ることが出来る。なにより聖杯所持者が張った結界はほころぶことは無く感知が組み込まれていない限り、反応することが出来ない。
「剣先が鈍っているようだけど、それで僕を斬ろうとするなんて愚かだね。出来ないよそんなんじゃ、僕を殺すって言ってたよね?」
震えながら応戦する父親の攻撃を攻撃だと思っていない様に交わしゆっくりと間合いを責めるが攻撃をしようとはしない。・・・僕は人間を殺す事はしない。悠が悲しむことはしないって決めてるからね。
「悠がお前を招き入れたのか!」
「どうでもいいよそんな事」
父親の問いに心底興味が無く単調な口調で答えると突然悠の父親の動きが止まりぶつぶつと小さく何かを唱えるように言い出した。
「・・あの子は、あの子はあの子は、あいつはあいつ自体が恐怖だ!あの厄災を消さなければ・・・悠うと言うあの化け物を!」
「そ、そうよ!あの子は化け物よ!悪魔よりも化け物なのよ!!」
その表情は、醜く悠の父親と母親に見えていたはずの人間がジーンには何か別のモノに見ていた。悪魔よりも酷く醜い化け物にしか見えなくなっていた。
僕はそれをどこか他人事の様に聞いていたけど、何か今まであった感情がボトッと音と共に落ちた気がした。とっさに下を見るが、何も落ちてはいなかったよ
それと同時に感じたことのない感情が芽生えスッと心が凍てついた。
所詮僕も悪魔だね。・・・悠を痛めつけ殺そうとした。しかも悠を厄災だと、化け物だという。
僕はわずかに残っていた‶良心‶という感情を棄てた。それが無くなれば、もう躊躇することなど何もなかった。
残ったのは悠を裏切り痛めつけ笑顔を奪い去ったことへの怒りと憎しみと、強い殺意だけだった。
僕はそれに全て身を任せ悠が聖杯を具現化した武器に似た刃でそいつらを斬った。
あえて急所を外し苦痛に耐える男の武器を折り背中を何度も切りつけその度悲鳴が聞える血しぶきが上がるがそれがとても滑稽でクツクツと笑いながら、逃げ狂う女は全身斬り刻み刺し続けた。
だが、決してジーンは正気を失っている訳ではなかった。
寧ろ斬れば斬る程に冷静になる感覚だった。
一息つくと辺り一面血の海。
まるで地獄の中に浮かぶようにはたまた沈んでいるのか転がっているように見える二人は虫の息。息をしていることが奇跡と言えるだろう。彼らからあふれ出る血だまりは広がり続け、血が染み込まないであろうアスファルトで出来ている道路の奥深く染み込んでいくような気がした。・・・止めはあえて刺さなかった。汚いモノの血を払い、至る所についた血を吹き飛ばす。
苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで。今まで悠に犯した過ちの分まで苦しんで。まやかしを作り上げた傲慢で憤怒で怠惰な罪の深さと重さを自らの身で思い知ればいい。そしてできることならば・・・
「生きて死ぬよりも地獄を味わいながら罪を償ってよ。」
血だまりの真ん中で、ジーンは微笑みながらディーブレッドの瞳を細め言い放った。
ゴトンと何かが落ちた音が振り向くとそこには、悠が居た。
「・・・ジーン・・・なにしてるのぉ?おとぅさ・・・おかぁさ・・・」
血だまりの中に悠が近づき絶望に染まった表情でジーンと息も絶え絶えな良心をただ交互に見ている。情報が追い付いていないのだ。今、何が起こっているのか分かりたくないと脳が拒否している。
「ジーン・・・くんが・・・」
「ゆ・・・にげて・・・」
そんな中、悠の両親が最後の力を振り絞る様に悠に手を伸ばす。
こいつら・・・どこまでも滑稽な!と怒りに支配されていると
「どうして?・・・どうしてジーン!なんで・・・おかあさんとおとうさんを殺したのぉ!」
そう悲痛な叫び声が響き渡る。うわごとの様に何度も何度も何度も何度も何度も悠は繰り返し何かを言っているようだ。
血の海にたたずむジーンの周りには息も絶え絶えな悠の母親と父親が転がっている。そしてその光景を見て泣き叫んでいるのは、悠だ。
あぁ…どうしてこうなってしまったんだ。どうして・・・僕はここに来てはいけなかった。
「ジーン・・・はそんなことしな・・・い!」
悠は、ジーンが起こった事実を受け入れられず葛藤している。そして数えきれないほどその言葉を繰り返し、悠はとうとう発狂してしまった。
「いやいやいやいや・・・わからないわから
ないわからない・・・ああああああああぁあああああ!!」
その声は、もう声でなくなっていた。絶叫。
とっさに僕は悠を強く抱きしめた。耳に響く絶叫と悠の温かさを感じると同時に鋭く冷たい何かが・・・
悠はジーンを自らの武器で突き刺していた。僕は悠に、刺されていたんだよ。
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