第40話
「もうそろそろ家に帰った方がいいよ。・・・18時を過ぎているようだから辺りも真っ暗だ。」
初めて会ったばかりだったけど、ジーンは少しだけ突き放すように言葉を紡ぐ。これが悪魔であるジーンが出来るせめてもの忠告だったのだ。
「いっしょにいてくれる?」
「・・・え?」
しかし返って来た言葉はジーンの予想とは違っていた。・・・縋る様な瞳で僕を見てきたからね。
今思えば、4歳と言う小さな女の子だと忘れてしまう程悠は頭も良く聖杯の力も群を抜いていたし悪魔の心の声も聞こえていたのもあった。だから言葉の裏の意味も理解できると思っていたんだよ。
まだ幼く力が不安定になりやすい聖杯の力の性質を、ジーンは思い出すことが出来なかったのだ。
「いっしょにいてくれるなら・・・かえるっ!!」
困ったな・・・と僕は思ったよ。僕は封印された身で肉体は北の森の中だったからね。‶幽霊‶ってよく人間たちが使うけどそれと同じ様なものだったからね。
悠が聖杯を使えるなら間違いなく父親が聖杯を使えるはずだ。僕が行けばきっと悠にも被害及ぶのは間違いない。だけど、悠は僕の腕から離れる気は無いみたいだし…
思考を巡らせ反応が遅れると悠は自らの力の限りそのまま両手でジーンの腕にしがみ付き何を言ってもその手を離さなかった。やろうと思えば、何時でも手を振り払うことが出来たはずだがジーンはそれをすることは無かった。
「悠のお母さんとお父さんは優しい人かな?」
「うん!優しい!」
ジーンは一つ質問をし、元気よく返事が返って来るとしがみ付いている悠の腕をやんわりと解き、跪き同じ目線になると悠の手を取る。
本当は魔界の掟で害のない人間には手出しをしてはならないって。でも・・・きっとあの術は簡単に効いてくれるはずだ。
僕は、この手を振り払う事は出来ない。
「一緒に行こうか。案内は任せるよ。・・・そうだ、まだ名乗っていなかったね。僕の名前はジーン、よろしく、悠。」
「うん!」
こうして悠の案内で家に向かった。公園を出て歩道を右に曲がり、左に曲がり悠の速度に合わせると15分も歩けば家につくことが分かった。
僕のその時の外見は今と殆ど変わらなかったけど、人間の年齢で言うと丁度中学生。学園では中等部に当たるくらいの身長だったんだよ。と彼、翔達に説明をする。
「今とは大分ちげーんだな・・・」
とじろじろと彼、翔はジーンを上から下まで品定めする様に眉間に皺を寄せながら確認する。
今更ながら、ジーンの現在の外見は瞳は魔王とは違いディープレッド。
髪のは同じ黒髪だが、軽くカールを付けつつ自然さを残し前髪はやや中央寄りとなっている。後ろ側に行くにつれカールが無くなり量も少なくなり、10センチほどある髪を瞳と同じリボンで結んでいるがフォーマルな仕上がりだ。
また、普段は黒髪だが太陽や光が当たると艶のある彼岸花色へと変化する。
服装は黒色の袖の長いワイシャツで特殊なテープを使い前側全体を開けるようになっており、襟部分はワイシャツの首部分と繋がっており一枚の生地から作られたモノだと分かる。-イタリアン・カラーもしくはワンピースカラーと呼ばれているー
ジャケットはシンプルでダブルスーツだがボタンの数は少なく中央二つ、左右に二つあり胸ポケットはないが両横側にポケットがあり、後ろはお尻まであるコートの様だ。ショールカラーの襟は丸みがある為、カジュアルに見える。
本来ネクタイをしないのが一般的とされているが、瞳の色と同じディーブレッドと黒色のストライプの少し細身のあるネクタイをやや緩めに締めている。
下は同じく艶のある黒色に彼岸花色を微かに混ぜた色合いののスキニーパンツだがややこちらもフォーマル寄りだ。長めの黒色靴下は歩く際に上部にあしらわれた大花犀角のモチーフが白い線と線の間に描かれワンポイントとなっている。
靴はウィングチップのレザーシューズだが、ドライビングシューズの要素も持ち合わせておりシンプルなレースアップが特徴的な革靴だ。
また、右の人差し指にはシンプルなディープレッドと彼岸花い色の宝石が大花犀角のモチーフを囲むように細い指輪がはめ込まれている。と、全体的にフォーマルながら所々凝ったデザインとなっている。
しかし、悠に出会った時にジーンの格好はおおむねあっているがジャケットは羽織っておらずディープレッドのジレを着ており幾分か幼く見える。
その為、悠も警戒心があまりなかったのだろ
う。・・・‶話に戻ろうか‶。と突き刺さる彼、翔や魔王達の視線を全て無視し、話を進める。
悠の家の外見は僕が人間界にいた頃とはまるで違っていたよ。僕が人間界に来てから随分と立つから当たり前だったのにその当時は気が付かなかったんだよ。
角に家が建っており、正面が目隠し用に植え込みがあり中央に細いレンガ調の石畳の道と階段を上ると玄関がある。
左右はかなり開けており一部を除きが植え込まれている。左側のみスロープがあり銀色の箱に見たことのない機械ー車だと後でジーンは知るーが収納されており、上下に上がる扉がある。
全体的に落ち着いた色合いで、二階建てなのか二階左側部分に大きく窓が付けられている。
屋根は陸屋根と呼ばれる平らなものとマンサードと呼ばれる二種類の屋根を合わせ角度を付けたもので少し変わった形をしているがどことなく昔の面影があるように思える。
壁の色は白一色だ。屋根部分は秘色ーひそくーと言う青磁の肌のような色に、胆礬色ーたんばいろーという渋い深みがかった青緑色が使われている。
悠はそのまま石畳を進み階段を上り始めた為、急いでジーンも追いかけ玄関で今にも扉を開けようとする悠を引き留めた。
「悠、家に入ったら少しで良い。両親・・・じゃまだ分からないか。お父さんとお母さんが僕を見ないようにして欲しいんだ。・・・出来るかい?」
「どうして?」
悠と一緒に居る事を選択したジーンは、悠の家族に術を掛ける事を決意していた。その術の発動までには数秒程かかる為その間悠に注意を逸らすように頼んだが、案の定質問で返ってきてしまった。
余りにも純粋な瞳で僕を見てくるからとても戸惑ったよ…。
考えた末に出て来たのは安易な言葉だった。
「そうしてくれれば僕と一緒にいれるから・・・それじゃあ駄目かな?」
「ううん!!いっしょにいたいもん…!」
悠は大きく首を横に振り満面の笑みを浮かべ何度も首がちぎれてしまうのではないかと思うほど頷き何かを決意した様に凛とした表情になった。
それから扉を開けることなくジーンの顔を見てにこにこと笑いながら服をぎゅっと掴んでいる。
そ、そんなに見られるとどういう反応をしていいのかすごく困るな・・・こんな好意を寄せられるのは、僕の記憶の中では殆ど無かったからね。
「悠。そろそろ扉を開けてくれるかな?」
「わかった!」
悠はそう答えると大きな取っ手を勢いよく押し扉を開けた。
その瞬間中から凄まじいほどの悪臭が鼻から脳天に突き抜け生臭い臭いが喉の奥を刺激し嗚咽が出そうになるほどの吐き気に襲われたが悠は平気なのか慣れてしまっているだけなのか特に気にする様子もなく中へと入って行く。
この匂いは、死んだ悪魔を放置することによる悪臭と悪魔特有の血の匂い。
どうなっているんだこの家は・・・
悠の血の様に特別な力を持った人間が居る一方悪魔には元々持つ特有の臭いが存在する。それは聖杯所持者だけに分かる匂いとされ言葉にするには余りにも難しいが、血のような甘ったるい臭いがすると言われている。
そしてその匂いは悪魔が集まれば集まる程強くなるが中級以上の悪魔は血の臭いはせず甘い匂いを微かに漂わせる程度であり、聖杯所持者であっても見極めるのは極めて難しいとされている。
悠はいとも簡単にジーンを悪魔だと認識してしまったが、悠は僕が悪魔だと直ぐに気が付いたんだよ、流石だよ。
「・・・ただいま!」
不思議そうな表情でジーンを見ていた悠は大きな声で帰ったことを知らせると奥から大きな足音と共に女性が飛び出し悠の名前を叫ぶ。
「悠っっっ!!!!」
そのまま勢いよく抱きしめるが、力が強いのか悠の表情が歪む。
「おかぁさ・・・苦しいよっ」
「いつも早く帰ってきなさいって言っているでしょう!?迎えに行けないってあれほどいったのに・・・あら?」
ジーンの存在に気が付いた悠の母親であろう女性がこちら不思議そうに見つめる。また、直ぐに奥から父親であろう男性が異変に気が付いたのか玄関へと歩いてくるのを確認し、小さくニヤリと微笑んだ。
悠はちゃんと僕の言う通りに、意識を逸らしてくれた。逸らしたというよりも母親は僕に目もくれず父親も大して力がある訳じゃなさそうだな。丁度良い。
「僕に従ってもらうよ。・・・僕は君たちの知り合いの子供だ。知り合いは事故で他界し僕はこの家に引き取られた。そして悠と同じ悪魔が見える体質だ。・・・いいかい?」
その言葉は対象の頭の中で何度も何度も繰り返され記憶に反映される。反映が完了すると記憶の書き換えが始まる。僕は記憶の書き換えを得意としている悪魔でもあるからね。
「書き換えろ」
一言、そう言うと鈍い黒い光が頭の中へと入り込み悠の両親の時間が止まった様な異様な空気になるが初めから何もなかったかのように元に戻る。
悠は僕が術を発動している間じっと僕を見ていたし今も穴が開くほど見ている。・・・視線が痛いな。
・・・どうやら母親の方は父親が聖杯所持者の為か少し悪魔に耐性があるようだ。
悪魔には聖杯所持者と似ているが、それとは違う固有の術を持っている。ジーンの場合記憶操作が固有の術となる。魔王やアラムと言った他の悪魔達にもそれぞれ固有の術が備わっている。
「・・・あら、ジーン君もおかえりなさい。悠の面倒見てくれて助かってるわ」
「そんな事ないですよ」
と何事もないようにそれが当たり前の様に返事をする。
術にかかった者はそれさえも気づかず分からないまま一生を過ごす事が大半だ。僕はちゃんと必要が無くなれば術は解くから安心してよと、笑顔で翔達に話しかけるジーンはやはり悪魔だと思わせる黒い何かが見え隠れする。
悠の母親は、術にかかったことさえ気が付かずジーンを快く迎え入れた。もう既にこの家に住んでいるのが当たり前の様に。そして同様に、父親も
「悠。ジーン君も早く上がりなさい。外は冷えただろう?」
と、何が起こっているのか分からないと言った表情の悠を離し母親は先に中へと入って行った父親を追う。
「悠。・・・これからも一緒だよ」
「うん!!」
こうして僕は悠の家に転がり込んだ。・・・今思えばかなり凄いことをしてしまったんだなと思うよ。
家の間取りは複雑だ。玄関を開けて直ぐリビングへ続く廊下がありリビング兼ダイニングキッチンと呼ばれる形式になっており右側が全てがリビングだ。廊下へ続く途中にトイレがありリビングに入る左側に書斎と二階へ続く階段がある。さらに廊下が続き突当りに脱衣所とお風呂があるとリビングへ行く際悠から話を聞いた。
悠に手を引かれリビングに入ると、元々は木目の綺麗な床には悍ましいと悪魔である僕が思ってしま程にこべり着いた悪魔の血が目に入る。白い壁にも同じ様に悪魔の血や生きてはいるが虫の息の下級にも分類されない悪魔が張り付いている。
床に物を落とした振りをし、しゃがみ込むとこべり着いた血を吸収し体内に取り込む。
僕は悪魔だ。・・・人間界で力を使ったとしても人間界にも瘴気は存在しているから死ぬことはない。
だけど悠の傍にいるということは僕は力を使わなければならなくなる。それには濃い瘴気が必要になる。僕は、奇跡的に魂の姿のまま外に出れただけで、圧倒的に力が足りない。体は封印されたままだ。
・・・悠を守る為には、なんだってやるさ。
それにここは瘴気が濃いからかなり悪魔が溜まりやすいみたいだね。と空中に漂う悪魔達を突きながら
物珍しさもあり周りを見まわしていると母親が席に座るように促した。
リビングは広く、ダイニングキッチンからやや離れた場所に三人が使うにしては大きな真四角の机と椅子が置かれ、隅には暖炉がある。暖炉の近くにはソファーが置かれておりシンプルながら高級感溢れる内装や家具が配置されている。
何故四人分の椅子があったのかは謎だが悠に手を引かれ最後に椅子に座り、目の前に既に用意されている料理を目の前にし悠が真っ先に‶いただきます!‶といい食べ始めた。各々同じ様に言い食べ始めるので仕方なく同じ様にし料理を口に運ぶ。
「・・・いただきます」
僕も同じ様にご飯を食べめた。・・・まさか悪魔の僕が人間と同じ様に食事をとる日が来るなんてね。魔界で食事を取っていたことが役に立つとは思わなかったよ。
こうして術を使い悠の家族として隣で過ごす事になった。
家の二階部分は、部屋が6つほどあり一番奥の突当りが悠の両親の部屋。
そしてトイレが右側にありその正面斜めが悠の部屋。僕は階段から一番近い悠の部屋から見て右斜めの部屋になった。
各自別の部屋にクローゼットがあることを知った。・・・部屋は空だが自らの力で悲痛用最低限のベッド、大きめの机と椅子。それから小さな机と椅子、カーテンを作り上げた。
こうしてジーンと悠の、悠の両親との生活が始まったが初めは、とても大変だったよ。と懐かしさでコーンの顔が緩む。時間が無いことを知っている為皆声には出さないが各々‶こんな顔もできるのか‶と表情に出ている。彼、翔に至っては今まで見てきたジーンが幻なのではと何度も目をこすっていた。
幻じゃないのよ…と悠から声が聞こえた気がした彼、翔は意識を失った悠を見るがやはり目を開けることは無い。
「・・・気のせいか」
小さく誰にも聞こえない声でそう呟いた。
「ジーンいこうよー!いこー!」
僕の手を引っ張り玄関の方へと進んで行こうとする悠を、悠の両親は諫めている。
「ジーン君が困ってるでしょう!」
「まぁまぁ・・・・ジーン君。悠がごめんな」
僕が傍にいた数年間悠はいつも家にいた。
学校に通っておらず、勉強は父親が教えていた。勿論友達と呼べる人間など居る訳もなく数件離れた場所に住む悠と同じ年の男の子の幼馴染が唯一の友であり特別だった。
学校に通えない原因は悪魔が見えることもあるが、他にも何か原因があるのか悠の両親は濁していたがここら辺一帯の学校や学べる場所は全て拒否されている。・・・悠の父親は聖杯所持者である程度の力を持っていた為早い段階で男子校に入ることになったのもあり勉強を教えることが出来るんだと言っていた。僕はそのことに少し安堵したんだ。聖杯所持者の為に作られた学園を卒業しているン人間なら力の使い方も教えることが出来るからね、現に、何度も教えている所を僕は見ているよ。
今、何故悠がジーンを外へ連れていこうとしているのかと言えば頻繁に近くにあるスーパーと言う食材売場に買い物にジーンと一緒に行きたいからだ。
僕は留守番をするって言ったら悠がぐずり出した。・・・悪魔達の処理をしたかったんだけどな
「ジーンがいかないならわたしもいかなーい!」
ジーンが困った表情を浮かべていると悠が拗ねた様にそう言いその場にジーンの腕を掴んだまま座り込んでしまった。
・・・悠はかなりお茶目なのかもしれない
「戸締りをしておけば何とかなる・・・か。ジーン君も一緒についてきてくれるかい?」
「分かりました。悠行くよ」
「わーい!」
結局その日ジーンは悠と一緒にスーパーへと出かける事になった。初めて車に乗り余りの乗り心地に心底驚き、人間界の代わり様にもさらにまた驚いていた。
悠への視線が気になり悪魔を軽くあしらいながら周りの様子を見ていたが、その日悠の機嫌はとても良くなり何があってもずっとニコニコと笑顔だった。それを見た悠の両親は出掛ける際は頻繁に悠とジーンを連れていくようになった。
また、いつのまにかジーンに悠を任せておけば機嫌も良く言うことも聞くと分かった悠の両親は、僕に悠を預けて仕事に行くことも多くなったんだよ。僕の隣には必ず悠がいる。そんな状況が当たり前になっていった。
僕が悠との環境に慣れた頃買い物を頼まれて帰ってくるなり幼馴染の‶しょう‶が男子校に行ってしまったと悠が泣きついてきた。
「しょうちゃん・・・いっちゃった。しょうちゃんのばかぁぁ!」
そういいながらジーンを小さな拳でポカポカと叩き、ジーンは途方に暮れ泣き止むまで頭を撫で続けた。
その時に僕は思ったんだ。何度も何度も悠から話を聞き見かけたこともあった‶しょう‶は悠にとって友達よりも大切な者なんだってね。その時僕は悠がうらやましくも思ったよ。
大切な者を作れることに。・・・その中に僕は入っていたのかな。同時に虚しさにも襲われた。
悪魔は基本大切な者を作りたがらないんだ。
仲間同士でも特に親しいものは作らないようになっている。
・・・僕らはそういう生き物だからね。
それでも、だからころ悠がいる間僕はすごく楽しかったよ。今まで味わったことのない‶幸福‶と言う感情をくれた悠に、これでも僕は感謝しているんだよ
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