第39話

漆黒の空間に小さな光がある。そこには最低限の家具とベッド、ソファーが置かれている。静かにソファーに腰かけながらモニター越しにその様子を内側から見ている人物が居た。

その人物の髪の色は、空間と同じ漆黒だ。

「おい!!悠!?」

カクンと力が抜けたことに話しかけるが勿論返事などある訳がない。既に、意識はなく枷が外れるのを待つだけ。

「どうしてこうなったんだ!」

悠を抱いたまま右手を染まった大地に振り下ろす。哀しい悲しい声。その声は静かに広がるだけ。

「代償だよ。」

ジーンは叫びに静かに答えると彼、翔の腕の中で眠る悠の頭を静かに愛おしい表情を浮かべ優しく撫ぜる。

なんで撫でる必要があるんだよ・・・と少し苛立ちを感じている様子だ。

「ねぇ・・・なんでぇ悠ちゃんはこんなことにぃなったのぉ?」

純粋な疑問だったのだろう。有稀は首を傾げながら視線を悠とジーンに交互に移す。

「僕もずっと可笑しいとは思ってたんだよね~」

有稀の問いかけに便乗する形で新は軽い口調でジーンと悠、そして魔王に視線を動かす。

どこが可笑しいんだよ・・・と鈍感な彼、翔はそう思っているようだ。

「・・・こいつは何かが違う。圧倒的に、違うような気がする」

今まで殆ど口を開く事なかった伶も同じ様な事を言い出した。驚いて伶の顔をまじまじと見てしまう。翔が驚いくのも無理はないだろう。

女嫌いで何かと敵視し悪魔に対しても冷静な人間と知っている者達にとって会って間もないはずの相手に自ら話しかけ表情を崩し長文を話すのだから仕方がない。

・・・悠のこと少しは気にしてた証拠だろうな。と彼、翔は思う。

「何かが違うのは前から思ってたことだ。俺が知らないことを魔王とお前はしってんじゃねーのか!」

分かることと言えば、こいつらが俺の知らない悠も知らないことを知っているということだけだ。彼はそう思いまっすぐに見据える。

あの悪魔の頂点に立ち皇帝の称号と名称を持つ魔王は悔しそうに顔を歪め隣に立つ上位悪魔でありヴァーレの称号を得たジーンも辛そうな表情をして殆ど息のしていない悠を見ている。


『愛されているのね・・・悠は。』

labyrinthは何処か他人事の様にその光景を見ている。


「・・・ジーン。お前から話せ」

「分かったよ・・・・兄さん」

魔王の態度が変わり、小さく微笑みながら溜息を付くジーンに彼、翔は驚いて声を張り上げた。

「おまっ・・・魔王の弟なのか!?」

意味が分からねー!と眉間に輪を寄せている。

「驚くのは当然だろうね。顔は少しだけ似ていると思っていだけど、やっぱり顔も性格も似ていないみたいだね。・・・悠には僕のことは聞いている?」

「それは・・・」

彼、翔が話し出す前に、ジーンは心の中を読み深く頷く。‶何頷いてんだこいつは・・・‶と心の中で呆れかえっている彼、翔は何処か面白く感じてしまっている。

「キミの顔を見て大体分かるよ。僕は悪魔だから人の心を読むことが出来ることくらい知っているはずだよ?・・・うん。確かに合っているね。僕が作り替えた記憶だ。」

「・・・作り替えた記憶だと」

怜の表情が一気に険しくなり眉間に深い皺を寄せ嫌悪を現す。

俺も同じ顔をしてんだろうな・・・と伶を横目に彼、翔はそんなことを思っているようだ。

「僕が悠の両親を殺したのは本当のことだよ。・・・どうしてそうなったのか、記憶を作り替えたのか話さないとならない時が来たみたいだね」

‶いつかは来ると思っていたけどっ‶そう言いジーンは笑っているが上手く笑えていない。

悠。お前の周りは・・・お前自身は一体どうなってんだよ・・・。

彼、翔はどうしようもない様々な感情をぐっと心の奥深くに閉じ込めた。

「兄さんに話すのはなんだか引けるんけどな・・・兄さんも理由は知っているし特にさっきまで戦っていたばかりだから」

「いいから話せ。あまり詳しくは聞いていないだろう。・・・それに戦っていたのは何か理由があったからなのだろう。それよりも今は時間がない。早く話せ」

この後に何か起こることまるで危惧する様に魔王は低い声でジーンを急かす。しかし慣れているのか軽く受け流し

「分かったよ。兄さん」

と苦笑いを浮かべるが真剣な表情へと切り替わった。

「・・・僕と悠が出会ったのは悠が5歳の誕生日を迎える一年程前、4歳の時だよ。今から約12年前になるね」

記憶を作り替えられ、真実を知らぬままの彼女、悠の本当の過去が明かされる。

『ようやく、記憶の封印が無くなるのね』

映し出されていた外の映像が消え、ソファに腰かけているlabyrinthの横に悠の姿が見える。

「あれはまだ悠が無垢だった・・・僕が甘くて愚かだった頃の話だよ」

こうして、始まったのは悠とジーンが出会い別れるまでのほんのわずかな間の懺悔にも似た回想だった


‶僕は・・・悠と出会わなければ良かったのかもしれないよ‶


「久しぶりだな。魔界から出るのは700年?振りくらいかな・・・随分変わってしまったね」

なんて言ってるけど・・・実際あの時に受けた傷はまだ癒えていない訳で。と住宅街の真ん中を堂々と歩いてる。

人間界をうろついている悪魔なんてそうそういないんじゃないかな、と少し笑みがこぼれる。

ジーンはある時を境に魔界に閉じ込められていた。labyrinthに出会ってから人間のこと、自分自身のことについて考えていたそんな時。

ふらっと魔界から出たらlabyrinthが創設したとされている学園の理事長に遭遇してしまってね。

どうやら有名だった僕は直ぐに攻撃にあったよ。その時僕は怪我をしていてあまり戦えずにそのまま封印された。

封印されたのは北の森だ。封印されてから意識はあるものの動くことが出来なかった。

だけどある日北の森内を自由に歩けるようになって次第に魔界の外へも行けるようになったんだよ。と、ジーンは笑う。

突然襲われることを恐れ、ジーンは学園から離れた静かな場所を散策していた。住宅街だが余りにも変わり過ぎた建物に興味があったのも事実だが、外に出れたことが素直に嬉しかったのだ。

「それにしても本当に聖杯を扱う者はいつの時代も強いよね・・・」

小さく呟きながら公園に差し掛かった時、女の子の声がした。

「・・・こないで!」

その時の僕はどうかしていたんだと思う。と苦い表情を浮かべる。嫌な予感がし公園内に入るとその声の方に向かっていった。が、直ぐに見つけることが出来た。その女の子は低級悪魔に襲われていたが何故か消えることは無く抵抗を続ける。

「いや!こないでぇ!・・・たすけて!」

僕はその声に懐かしさを覚えたよ。何故か分からないけどね。

気が付けばジーンは女の子を背にし庇う様に立っていた。そのまま後ろにいるであろう女の子に声をかけた。

「君、名前は?・・・大丈夫?」

「なまえ・・・は、ゆ・・・う。悠。」

初めは困惑しながらも小さく名前を名乗ったがその後はっきりと名前を名乗った。

あぁ、この女の子は心が強いんだ。僕とは違う、芯の強さを持っている子だ。

「ゆう。悠、いい名前だね。いいかい悠。僕が話しかけるまで目を閉じて耳も塞いでいるんだよ?」

「でも・・・・」

戸惑った声が聞こえてくるが、奴らを許すことが出来なかった。

「大丈夫だよ、・・・僕の言うことは絶対に聞くから」

「あくまだからきくのぉ?・・・でも、わかった。やさしい悪魔!」

そう言うと悠は目を閉じた。僕が悪魔だ言うことは初めから悠には分かっていたんだよ。少し振り向くと笑顔で真っ直ぐ目を見て言われた通りに目を閉じ耳を塞いだ。それを確認すると視線を低級悪魔へと移す。

「やぁ、僕の事覚えているかな?」

「全く知らぬわ!」

怒鳴り声と共に言葉が返って来る。めんどくさいやつらだな複数居るみたいだし・・・あぁ、こいつらは人間から生まれた悪魔か、と瞬時に悟る。

「怒らないでよ。そうだ、自己紹介がまだだったね。僕の名前はジーン。・・・聞いたことくらいあるだろ?」

「・・・じ・・ジーンッ様!?」

正体が分かるや否や低級悪魔達はは慌てて扉を開き魔界へと帰って行った。

僕ああいう下種、凄く嫌いなんだよね。気配が完全に消えたことを確認し後ろを振り返りしゃがみ込むと優しく女の子、悠に話しかける。

「悠。もう目を開けてもいいよ」

「・・・うわぁすごーい!たたかわなくても悪魔いなくなったぁ!」

僕の声にそっと目を開けた悠はキラキラした目でそう言いながら真っ直ぐ見つめる。そう笑う悠はとても眩しくて、可愛かったんだよ。

生まれた時から何かが浮いているのを感じていた。それが悪魔と分かるようになったのは3歳のだと悠自ら語り出した。また、それと同時に聖杯を召喚できるようになったとも。

悠が言っていた何かが直ぐに下級悪魔だって言うことは分かったよ。あえて口には出さなかった。

「なにも分からなかったのにね。そのことばだけはわかったの。・・・ほかのひととはちがうの」

続けてそういう悠は悲し気だ。

そんな幼いころに、三歳で聖杯召喚なんて聞いた事も無い・・・しかも女の子で聖杯召喚なんてと考え込んでいると

「それとね・・・わたしのおとなりにいるおしゃななな・・・?」

まだ口が回らないのか何度も同じ言葉を繰り返すうちに、その言葉が分かり

「幼馴染?」

そう言葉に出すと笑顔になるが直ぐに悲しそうな表情に戻り声もだんだん小さくなる。

「そう!しょうちゃんにはないしょにしてほしいの。しょうちゃんもね、聖杯つかえるの。だからおねがい・・・」

「・・・もちろんだよ」

余りにも必死さと、心の中で‶迷惑を掛けたくない‶と言う強い気持ちに少しだけ迷ったけど僕はそう返事をしていた。

きっともう分かっているんだ。・・・僕が悪魔だということを。僕にも悠の事が少し分かる気がするよ。きっとこの子は・・・だけどね、悠。僕は、キミの敵になるんだ。こんな幼い子が理解できているのかい?

「わかってるよ?・・・だけどねわたしはそうじゃないっておもうの」

当たり前の様に、悠は悪魔であるジーンと会話を交わした。先ほどの低級悪魔は口を使い会話をしていたが心の中で思ったことを悪魔でもない女の子がさも当然の様に会話をした。それは決して会ってはならないことだった。

通常、心の声で会話が出来る者は人間にはいない。だけど、悠は出会ったときからすでに悪魔の心の声が聞こえていたんだ。

「・・・分かったよ。誰にも言わない僕と悠だけの約束だ。」

「うん!約束!」

その時の悠の心からの笑顔になった気がした。僕は、この笑顔を守らなければと思ったんだ。戦わせては駄目だとそう思ったんだ。まだ、こんなに小さい人間の女の子を僕が守らなくては


「その時悠は4歳だった。・・・これが僕と悠であった始まり。」

「おい、ちょっと待て」

「・・・なにかな?」

過去に馳せるジーンに彼、翔は言葉を遮った。それを不服そうな表情を浮かべ彼、翔を薄く笑みを浮かべ見る。

「今お前下種「僕らにとって人間から生まれた悪魔は全て下種だよ」

人間から生まれたとか本当だったのかよつかこいつ思ったよりもめんどくせーな!と彼、翔は心の中で悪態をつく。が、悪魔が心の声を聞くことが出来る事をすっかり忘れているようだが、しっかりと全てジーン及び魔王には聞こえているが敢えて何も言わないのはほんの少しの配慮だろう。

「なんでもねーよ!って・・・悠は5歳の時に力が目覚めたって言ってたけどな」

‶てかもしかしなくてもこいつ俺のこと知ってんじゃねーのか?…んな訳ねーか‶

「・・・そんなのウソだよ」

一人心の中で納得していると複雑そうな表情を浮かべるが真顔でジーンは静かに答える。

「は?・・・嘘?何で嘘なんてついたんだよ?」

「知られたくなかったからだよ。・・・聖杯を使える君には特に。僕はね、悠があの環境であれだけ素直に育ったことが不思議でたまらなかったよ。」

思いだしているのか、一瞬影を落とすが直ぐに笑顔に戻る。その変わり方に彼、翔は少し恐怖を覚えた。・・・こいつ情緒不安定すぎるだろ!

その心の声に、魔王は笑いをこらえるのに必死のようだが本人は気が付いてはおらず周りが不思議そうな訝し気にその様子を見ている。

「悠はその時まだたった4歳の女の子だったんだ。・・・守らないといけないと思ったよ。」

「悠・・・」

「手短に終わらせないといけないから話しに戻るよ」

ジーンの言葉に再び場の空気がピリピリとする。皆、悠が語らない過去が知りたいのだ。

再び、ジーンは続きを話し始める。


「まだいっしょにいてくれる?」

悠の誘いに乗らない選択肢はなかった。・・・既に絆されていたんだろうね。

「いいよ。一緒に居てあげる」

「ありがとー!」

直ぐにそう答えると悠はそう言い抱き着いてきた。その頃は寂しかったのか今後よく抱き着かれることになるんだよ。とクスクスと笑う。

だけど僕は、その時に見捨てて離れていれば良かったんだろうって・・・今になってもそう思うよ。

「どこに行こうか?」

そう聞くと悠はフルフルと首を大きく横に振った。・・・公園から離れたくないのか?

「ここいがいのところにはいきたくないの!・・・悪魔がたくさんいるからいきたくないの・・・」

そういう悠は見ていられない程に震えていた。

そこまで悪魔を怖がるなんて・・・きっと僕が合う前に何かがあったんだ。無理もないと思った。悠は、何処か悪魔を引き寄せるそんなオーラを持っていたからね。

「なら、ここで遊ぼうか」

「うん!」

そうは言ったものの家族が心配しているのではと外は明るかったが悠に家に帰るように促したが、悠は家に帰るのを酷く頑なに渋った為、

「仕方がないな・・・」

「わーい!」

と、僕と悠は暗くなるまで公園で過ごし、途中公園に時計があることに気付きふと時計を見上げると針は6時を回っていた。


時計を見て、ふと疑問に思った。


人間の小さい女の子が外にいていい時間じゃないって。それに季節は秋だけどもう冬も近く大分気温も低くなっていて寒いはずだ。

服を着ているとは言え、ジーンはこの季節にしては薄着に見えたのだ。子供の体温が高いことを知らなかったのもあるが、実際に寒そうにしている様子を何度か見かけていた。

‶それにしても、この子には別の気配がするから親がいるはずだ。・・・だがどうして迎えに来ないんだろうか‶、と言う言葉はあえて出さず家に帰るようにもう一度促すことにした。

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