第37話

前に進みにつれ、音が大きくなっていく。

微かに血の匂いもすることから向かっていた方向は間違ってはいなかったようだ。


カキンッ!と激しくぶつかり合おう音がすぐ傍から聞こえ翔と悠は近くの茂みに身を隠しそっと様子を伺う。

目に入ってきた光景は、刀身はそれほど大きくはないものの身幅がかなりある漆黒の剣を構え立っている魔王と同じく武器を持つジーンの姿。

それから少し離れた場所に武器を手にしたまま有稀達が倒れており怪我もおっているようだ。

「有稀・・・新。怜・・・なんで倒れてんだよ!」

静かに怒りと悲しみと何処にも行く場所のない感情が交った表情を浮かべ小さな声でそう叫び握り締めた拳で地面を殴る。何度も何度も打ち付けられた右手は血が滲み次第にツーっと血が滴り手が赤く染まっている。・・・幸い二人はまだこちらには気づいていないみたいだな

「癒したまえ」

小さな最小限の声と力と共に翔の傷を光が包み込む。傷を癒しながら再び視線を目の前に広がる光景へと移す。

「お前は、まだ分からないのか」

低く、地を這う様な低い声と共に殺気と同情の感情が伝わる。左隣にいた翔の肩が少し跳ねる。・・・翔ちゃん今絶対に驚いたでしょ…

「それは僕の台詞だよ。状況が全く掴めてないみたいだ。周りを見てごらん」

余裕の表情で語るジーンは挑発し笑みを浮かべる。その笑みは凍てついている。

「見る必要もない。あいつらが倒れていることは分かっている」

「最初は良かったけど弱いね。・・・どうしてあんなのより悠を連れて来なかったか僕はよく分からないよ」

その言葉に魔王は一切動かずジーンを見据えたまま吐き捨てるように言葉を紡ぐ。一方、少し口角をあげてどこか呆れた表情で茶化すように魔王に言葉を返した。

「翔ちゃん・・・そろそろ行こう」

「あ、あぁ・・・」

出るタイミングを見計らいいつでも飛び出せるように体に力を入れる。・・・どうして魔王はそこまで戦おうとする。もうこれ以上戦ったら

「そうだ。キミ本当はもう魔力があまりないんだった。魔王として終わりだね。もちろん悪魔としても」

「ジーン貴様!」

思いだしたのか嘲笑い語るジーンに魔王が吼える。殺気と共に凄まじい力を感じる。

もうそろそろ…だけどこれはタイミングが悪すぎる!

「・・・違うね。僕が全てを終わらせてあげるだった。間違えたよ。それにキミ悠に二回も殺されたんだって?」

「正確には三回だがな。ふ・・・魔王を舐めるなよ」

立っていることさえままならない程疲労している魔王に対しやはりジーンは余裕の表情で一定の距離を保ちつつ話を続けている。そんな中、ゆっくりと立ち上がる者達がいる事に悠と翔は気が付いていた

今の状況でその言葉はかっこ悪いと思うよ魔王…

「それ僕たちのぉセリフだよぉ!」

「いい所は僕等が持っていくからね~」

這いつくばっていたはずの有稀と新は飄々とした態度で武器を構える。

「・・・見くびってもらっては困る」

有稀と新に釣られるように伶も武器を構える。しかし三人とも立っているのが不思議なほど怪我を追っている。無残に刻まれた無数の傷からは未だに血が出ている。制服のズボンはかろうじて機能してるものの上のシャツは無残にも切り刻まれ布同士が繋がっている事が不思議な程だ。

もう衣服として機能していない。

さらに傷口から止まらない血が衣服に染み込み遠目からでも分かる程変色している。

特に有稀は脚の傷が深いようで右足に大きく切り裂かれた跡があり血がしたたり落ち自身の身体を支えられず膝をつく。

新は全体的に小さな切り傷が無数に有り傷同士が重なり合っているのか血が滲み出ている。

伶に関しては外傷はあまり目立たないもの左腕が逆の方向に曲がり骨が見えている。肋骨も何本か折れているようだがそこだけは治癒を使いなんとか繋げたのだろう。

どちらにしろ怪我の度合いが皆酷く早く治癒をしなければ死に至るだろうことは明白だ。

「あいつら・・・!」

その様な状況に翔が走り出そうとするが悠が翔の右腕を強く握り引き留める。

「なんで行かせてくれねーんだ!」

見つからない様に声は抑えているが、見た事も無いほど動揺し冷静さを失っている翔に静かに問いかける。

「翔ちゃんは・・・死ぬ覚悟あるんだよな?」

「・・・は?お前何言って」

焦りと困惑の感情と共に悠の言葉の意味を理解できないで居るのか至近距離で見つめあう。

ここに来てからずっと確認できなかったことがあった。・・・ここへ来るということは死ぬ可能性が十分あるってこと。それを、理解しているのかどうか聞きたかった。

「それでも、翔ちゃんは行く?」

翔の言葉よりも早く言葉をかぶせ淡々と問いかける。

「・・・俺は死なない!」

「本当、馬鹿だな翔ちゃん・・・」

隠れている意味が無くなる程大きな声でそう言い放ち悠の腕を振り切り走って行く。その後姿を見て呟いた。

「あれぇ~・・・幻覚かなぁ」

きょろきょろとあたりを見渡し離れていたはずの新と伶が隣に居る事よりもいるはずのない声が聞こえたことに動揺しているようだ

「翔がいるように見えるんだけど~?」

「・・・気のせいではないな」

走り出した翔は新と伶を抱え有稀の近くまで運び庇う様に前へ出た。抱えられている間新と伶は何事もないように会話をしているがやはり動揺しているようだ。・・・無理もないだろう。置いてきたはずの翔が目の前に居るのだから。

「お前ら大丈夫か!?」

後ろを振り返り小さく‶癒したたまえ‶と唱えると再び前を向き魔王とジーンを見据える。

「な・・ぜお前がここにいる!?」

「変な仕掛けしやがって、出るのに苦労したじゃねーか・・・魔王!」

この中で一番驚いているであろう魔王の問いかけに爽やかな笑顔ににやりと口角を上げ魔王からジーンへと視線を移す。

「へ~・・・君が悠の幼馴染・・・」

一瞬、ジーンの視線が不自然な動きをしするが直ぐに品定めをする様に薄ら笑みを浮かべながら翔をじっくりと眺める。

「だからなんだよ」

「キミ・・・死にたいの?一人だけで来て・・・キミが来たところでこの状況は変わらないんだよ?」

その視線に気づいているのか気付いていないのか定かではないが堂々とした態度と表情でジーンを睨み付ける。しかし呆れた表情で諭すように翔に話しかけるジーンにやはりどこか違和感を覚える。

「・・ふざけるな!あいつと同じこといいやがって!それは俺と戦ってから言え!」

ピクリとジーンが翔の言葉に反応する。その時には既に翔は聖杯を召喚し胸元にcardの形をした空間が服の上に現れそれに手を入れ一気に引き抜いていた。

透明な柄の先に小さな刀の欠片が真っ直ぐ刀身のように形作られそのまそれをそのまま振り下ろせば欠片が宙へと舞い、柄に色が宿りパズルの様に欠片同士が構築される。美しく輝きを放ちやや広い身幅に片方のみを刃とし、切っ先は大きく鋭く反りのある長めの刀身に波紋が浮き出た。

はばきと切羽によって支えられた金色の鍔と自身の髪の色と同じ柄が淡く光り、弾けた。弾けた光は刃の粒子の様に輝いている。

刀を構えそのままジーンへ一閃を浴びせるが何事もなかったかのようにいとも簡単に攻撃を避ける。

本当に・・・馬鹿だよ翔ちゃん

「キミ、バカだよね」

「・・・さっきから悠と同じことばかり言いやがって!」

ジーンに少しだけ、ほんの少しだけ同情してしまった・・・全く同じこと思ってたから。

幾度となく武器同士がぶつかり合う金属音が響く。が、こちらの名前を出した途端ジーンの威力が増す。

「さっきまでの威勢はどうしたんだい?随分スピードが落ちてるみたいだけど?」

「くっそ!」

‶こいつ思ったよりも強い!‶と翔の声が聞こえる。

挑発する様にまるで人形で遊ぶようにジーンは斬撃を浴びせる。連続で繰り出される斬撃が重くなり翔は攻撃を防ぎきれずそのまま衝撃で吹き飛ばされる。刀を持つが既に目の前には薄ら笑みを浮かべるジーンがいる。

「これで最後だね」

ジーンが剣を掲げ振り下ろした瞬間悠がジーンの剣を受け止めた。ジーンの表情は、驚愕に染まっていた。


翔が飛び出していった直後、悠は既に策を講じていた。

本当に覚悟を決めなければならないのは私も同じ。・・・ずっと近くで感じていた気配。集会場で私が呼び出したのは今肩に乗っている龍だけじゃない。その呼び出した精霊達の名称は…

「四従士。ずっと私を見ていたのは知ってる。・・・今も直ぐ近くにいるんでしょ」

「えぇ、いますわよ」

「いますよ?」

そう何もいない空間に話しかければ直ぐ近くで声がした。呼び出した際と全く同じ格好でふわりと透明な色に白と緑を混ぜた髪に優し気な薄緑色の瞳の風の精霊王とパウダープルーの髪と瞳の水の精霊王が姿を現す。

「・・・あれ?」

そこでふと疑問に思う。なんか・・・二人足りなくね?

「あの方たちは、寝ていますわ」

「疲れた、飽きたと言ってました・・・」

透明な色に白と緑を混ぜた髪に優し気な薄緑色の瞳の風の精霊王とパウダープルーの髪と瞳の水の精霊王は呆れた様子で他二人の精霊王の様子を語る。

「あんた達と、本当の契約がしたい」

そんな様子を語る精霊王二人に間髪入れず伝えれば透明な色に白と緑を混ぜた髪に優し気な薄緑色の瞳の風の精霊王は微笑みパウダープルーの髪と瞳の水の精霊王は嬉しそうな優し気な表情でにこやかに笑い

「はい!喜んで!」

「僕もです!」

「・・妾もだ」

「不本意だが俺もだ」

透明な色に白と緑を混ぜた髪に優し気な薄緑色の瞳の風の精霊王とパウダープルーの髪と瞳の水の精霊王だけだったはずだが、気が付けば赤く燃えるような髪をゆらし朱色の瞳の炎の精霊王は微笑を浮かべ黄金色の髪と同じ色の力強い瞳の地の精霊王は不服そうな表情ながらも後に続き同意の言葉を口に出す。

初めから居たかの様に振る舞っているが、堂々とした態度に初めにいた風と水の精霊王が小さく溜息を付いている

いつの間にかもう二人増えて他と言うか仲間にため息つかれてるけどそれはいい訳?・・・それにしても相変わらずカラフルだな!

まるで悠が発する言葉を待つように四人の精霊王、四従士たちがこちらを真っ直ぐ見つめる。

「契約と言っても私は主とかそういうのが嫌い。・・・だから一緒に戦ってほしい。友達として、仲間として。」

翔ちゃん達のような関係に憧れているからこそ…私もそうなりたいと思ったんだよね。

悠の心の声が聞こえている様で少しだけ間が開きその間各精霊王達は顔を見合わせていた。やがて視線をこちらへと戻し

『勿論』

「妾達には名はない。好きな様に読んでくれればよい」

各精霊王達の声と言葉が揃いその後付け加えるように赤く燃えるような髪をゆらし朱色の瞳の炎の精霊王が小さく微笑んだ。

「・・・好きなように」

炎の精霊王の言葉に小さく呟き暫くと言っても1分にも満たない時間だが沈黙が下りる中、剣同士がぶつかり合う音と翔達の声を聞き、悠は頷いた。

「決めた。・・・作戦ジーンの足止め。それ以外は自由にやって」

その言葉に皆がこちらに跪く。

「よろしく」

それが合図となったのか皆一斉に各々返事を返すとふわりと姿を消した。そして悠もまたすぐさま茂みから飛び出したのだ。


驚愕したジーンをよそに心の中で名を呼ぶ。風の精霊王にし、再生の意を込めたその名は・・・‶風再‶ーふうさー、よろしく

「御意」

耳元で声が聞こえたとともに心の中の声も聞こえてきた。

‶あぁ、貴方はlabyrinthの…‶

ここにきて聞こえるんかい!って思うけど今はスルーで!

透明な色に白と緑を混ぜた髪に優し気な薄緑色の瞳の風の精霊王、風再が風を巻き起こし後ろで呆然としているであろう翔とジーンの右横にいた魔王を包み込むとそのまま有稀と新、怜がいる場所へと移動させ同時に同じ場所に風再が姿を現す。

「・・・風の精霊王か」

風再の姿を見て直ぐに分かってのだろう。魔王は風が無くなるとともにそう呟いた。

「ジーンさん。お久しぶりです。お変わりないようでなによりです。」

その言葉を聞きジーンが刃を振るうがつかさず受け止めこちらも後ろへ下がると風再の横に着く。

「・・・主がいないと力が使えないはずだったけど?」

不思議そうに風再を見据える。・・・やっぱりなんとなく予想はしてたけど知り合いなのか。

そう思いながらも三人の名を心の中で呼ぶ。

炎嚟ーえんりー、水慈ーすいじー、地劉ーちりゅうー

炎の精霊王にし、整え、夜が明ける意を込めた名を炎嚟ーえんりー。水の精霊王にし、いつくしみ、めぐむの意を込めた名を水慈ーすいじー。地の精霊王に、しつらね、ならべるの意を持つ名を地劉ーじりゅうー。

『御意』

名を呼べば再び近くで声が聞こえ姿を現す。

もう近くで声がするのも驚かないけど・・・御意ってなんか嫌だから後で言っておこう。

「よう!ジーン」

「久しぶりだのう…ジーン」

「お久しぶりです。ジーンさん」

「・・・・なんでキミたちがいるの?キミたちずっと眠ってたはずじゃなかったっけ?」

地劉、炎嚟、水慈がそれぞれ言葉を発すると目を見開いたままのジーンが混乱している様子で不思議な表情で四従士を見ている。

これは、死ぬほど驚いてる時になるべく表情に出さないようにしている時の顔。今は完全に表情に出てるけど…一体どこで知り合ったんだろう

「呼び起こされたんですよ。」

水慈は言葉に反しとても嬉しそうに悠を見る。

「あぁ・・・さすがの俺も驚いた」

「妾たちを呼び出したのじゃ」

地龍、炎嚟が続けて水慈と同じような穏やかな表情で悠を見る。同時にジーンの視線がこちらへと移る。・・・視線が痛い

「しかも無意識にですよ?」

「契約の言葉が友達と仲間になってくれだってよ。こいつ可笑しいよな」

水慈が可笑しそうにクスクスと笑い、続けざまに地劉が親指でこちらを指しクツクツと水慈と同じ様に笑う。・・・地劉って笑えたんだ。じゃなくてこれ褒めてる?褒めてる!?

「貴方も十分変わっていますわ。そうですね、けれどあの子も変わっています。・・・でも、前の主より断然マシですわ・・・」

二人の会話に割り込む様に風再が地劉を諫めつつも同意し前の主であるlabyrinthの事を思い出しているのか微笑を浮かべているがその目は何処か虚ろだ。

皆思ったよりも酷くない!?・・・あれ、なんか私もそうだけど魔王も翔ちゃん達もなんか蚊帳の外じゃない?・・・てか本当にいつどこで知り合ったの!?

「あいつは色々とめんどくさかったな・・・」

「そうですね・・・でも今の主もそれなりだと僕は思いますよ?」

風再に同意する様に同じような表情で地劉と水慈が同意する。水慈に至っては悠もあまり変わらないようだ。否、四従士は皆同じ意見の様で‶そうですね‶と風再と炎嚟が同意の言葉を口にクスクスと笑っている。

・・・今結構失礼なこと言ったよ!てかlabyrinthもそれなりに酷いこと言われてるけど?!って笑ってるし!なんで私笑われてるんだよ!

「ですが・・・ジーン。貴方は随分と変わられてしまいましたわ。」

「・・・変わったのはお互い様だよ。それに、今の君たちの主は悠なんだろう?」

「あら、流石に分かるのですね。それから、主の事を呼び捨てで呼ぶのを許した覚えはなくてよ?」

ジーンと風再の会話に冷たくピリピリとした空気がその場に流れる。

滅茶苦茶煽ってるんですけど!!流石にジーンも何も言わなくても分かるから。翔ちゃん達でも分かると思うし!

「よすのじゃ。あまりその様な事をするでない。主が怖がるであろう?だが、妾の主の名を気安く呼ぶでないぞ?」

「それもそうですわね・・・貴方も私と変わらないですわよ。それに私達の主ですわ!」

やはりと言うべきだろうか。炎嚟が風再を止めるが先ほどと似たようなやり取りが目の前で行われている。そしてその傍らで何やら苦笑いを浮かべている地劉と水慈が目に入る。

‶女って怖いな・・・

‶そうですね・・・あまり逆らわないようにしましょう‶

と、頭の中で突然声が響くがどうやら心の声での会話を拾ってしまったようだ。

なんでまた突然声が聞こえてくる訳?・・・まぁいいんだけど会話面白いな。

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