第35話
悠の服をじっと見つめ、疑問の言葉を投げかけると翔にとっては思っても居ない事実が判明したのだろう。悠の服も気にしているようだが直ぐさまクローゼットの中身を確認する。
一度クローゼットを開けている為、昨日確認した時にはなかった服が増えている事に驚きながらも静かに扉を閉め、小さく呟いた。
「・・・あいつの趣味って」
翔ちゃん聞こえてる聞えてる!思ってるよりも声大きいから!
再び悠が座る椅子の近くまで戻るともう一つの椅子にドカッと腰を下ろす。
「もうこの服見てるんだから分かるでしょうが・・・察して欲しいんだけど。」
余程悠が着ている服が気になるのかチラチラと上から下まで確認する様にこちらを見てくる。
いや、分かるけど。気になるのは分かるけどもういっそのこと穴が開くくらい見てくれた方が楽だわ!
何故、魔王が作った服だと分かるのか。それは今着ている服が完全にこっち来た時の制服を元にして作ったんだろうなって事が分かるデザインだからだよ!原形あんまりないけど!!
男子用のジレをブレザーの様な形に変え色も黒に変わっており、長袖のシャツは襟元にフリルが魔王の紋章の様な物が付き色はレッドスピネル。伸縮性があり動きやすい仕様になっており、背中から胸元にかけてかなり透けている。
普通に寒い!季節を考えろ季節を!!
下は見た目は黒色のシンプルなプリーツスカートなのだが、左側にレースアップが施されており太ももまである短パンにラップテイストが施されているが両太ももにスレットが入っており今まで見たことのない仕様になっている。さらに黒色のニーハイは透けている部分と透けていない部分が縦縞模様になっており、靴は黒色の短いミュールのブーツ。ヒール部分がやや高いが歩きやすく動きやすい構造になっている。
一番、マジで一番マシなんだよな・・・
「お前何を着ても大体にあ・・・って何で本当に似合ってんだよ!」
「知らないわ!」
会話をしているうちに何故だが寒さが無くなったため途中上を脱いだのだが、どうやら透けていることに気づいておらず今もどことなくうろたえている。
・・・なんでいちいち透ける服ばっかり作るんだろうか。間違いなく趣味なんだろうけど、今回は透けてる所が酷すぎる!谷間が見えてるんだよ!それに、絶対寒い。
「魔王め・・・」
やっぱり翔ちゃんとは別のベクトルで変態だな
「服はもいいが、そろそろ部屋を出ること考えたほうがいいんじゃねーか?」
「それもそうだね・・・」
やり取りに疲れを見せながらも翔の言葉にはっとし椅子から立ち上がると術式が発動している扉まで向かう。
「やっぱり開かねーか・・・これなんだ?」
先に翔がドアノブを何度もガチャガチャと回すがやはり開かないのか落胆していると、扉に書かれている文字が変わっていることに気が付くが翔には読むことが出来ないようだ。
「ちょっと見せて」
その様子に翔を押しのけ扉の前で文字を確認する。・・・これ、魔界の文字だ。分からないのも当然だ。これ、男子校で習う悪魔の文字じゃなくて丁度labyrinthがいた頃に使われていた文字だ。なんでこんな面倒な事を…もうこれ完全に暗号になってるんだけど
暫く扉の文字と向き合い、5分ほど経った頃悠が言葉を口にする
「・・・過の森潜む。三。協力者共に向かい・・・明ける時間が合図。」
また・・・本当にめんどくさい書き方で書いてきたなと言うかこれ緊急時に使われる書き方!!
扉には特殊な読み方をしなければ読むことが出来ない緊急時用で文字が書かれていた。
普段悪魔が使う言葉や文字は理解することが出来ないのだが、聖杯を持つ者は界に適応する力を持っている為悪魔との会話は出来るようになって居る。また逆もしかり。
魔界には二つの言語が存在する。
限と言ーげん、ことーと。
限ーげんーは先代魔王の時代まで使われていた言語でlabyrinthが生きていた時代に当てはまるが限は現在ほとんど使われることは無い。
言ーことーは現魔
王として選ばれてから使われるようになった言語だ。そしてその二つの言語には緊急時に使われる文字が存在する。
それぞれ形は異なるが特に最重要機密に関わる緊急時用に使われるのは限の暗号と呼ばれる文字になる。
伝えたいことだけを文字にし、遠回しに尚且つ文章構成を崩した物になっている為読める者は皇帝の称号を持つ悪魔すなわち魔王と上級悪魔の中でもヴァーレトイフェル、通称ヴァーレの称号を持つ悪魔に限られてくる。
・・・私は書庫に在る者を片っ端から止めるように魔王に叩き込まれたからな。今思うと不思議でたまらないんだけど絶対この為じゃないのは確かだな。うん。
今まで見たことのない文字に首を傾げている翔だったが
「これは・・・限の言語か?」
と小さく呟くがそれ以上分かることもなく悠の発した言葉の意味もいまいち理解できないのか説明を急かすように扉とこちらを交互に見つめる。・・・そんなに見なくても直ぐ説明するから!
「翔ちゃんの言う通りこれは限を使った文章なんだけど、緊急用に作られた独特な言い回しと暗号が使われてるから読めないのも無理はないと思う。で、内容だけど‶過の森潜む‶は北の最果てにある森で封印されていた場所にジーンがいるって意味」
「他の意味も早く説明してくれ」
急かす翔に悠も話す速度を速める。
「‶三‶は人数。つまりその後に続く‶協力者共に向かい‶に当てはめると三人の協力者と共にってことになる。」
「三人・・・有稀と新と伶のことか!?」
「そうだろうね。で、‶明ける時間が合図‶は朝日が昇る頃、人間界に合わせてるならこの時期だと6時くらいに出発したってこと。ようするに、明け方に協力者である有稀達と一緒にジーンが待つ森に向かった。ってこと!もう3時間は経ってると思う。」
「・・・あいつらも俺が持ってる通信機と同じものを貰ってたんだよ。」
「知らなかったんだけど。・・・理事長は勿論三人に通信したはずだけど」
「わざと起動しなかったんじゃねーか?」
「・・・起動してないと流石に繋げられないから私達と連絡が取れた時に安心した?」
「だろうな。あいつら何やってんだよ!」
荒々しく扉を叩くが、変化が起こることは無い。・・・魔王が男である有稀達に協力する様に言った?あの人間の男が嫌いな魔王が?
魔王は、ジーンを殺すつもりでいる。・・・有稀達も魔王もジーンに殺されかねないのに!
「この部屋からも出れねーんだぞ!」
未だ荒ぶる翔の手は内出血を起こしている。静かに治癒を使い宥めると自身の考えの甘さに小さく笑みがこぼれる。
「まさか魔王があの三人を連れていくなんて思わなかった・・・予想外過ぎる」
部屋の案内の時に魔王があの三人を協力者にしたんだ。・・・本当に予想外な事ばっかりするんだから
「これからどうすんだよ・・・」
「術式を解くしかないでしょ」
「・・・マジ?」
項垂れる翔に畳みかけると大きく目を開き瞬きをすることなく不安と驚きが入り混じった表情でこちらを見つめる。
「嘘ついてどうなる訳?」
「・・・だよな」
呆れて言葉を返せば何度か瞬きをし、納得したのか何度か相槌を打つ。
魔王がけしかけたのか三人がけしかけたのかは問題じゃない。私は一刻も早く魔王達を止めに行かないといけない。
魔王を、本気で戦わせる訳には行かない。・・・本当はもう分かってるでしょ?ジーンと戦えば間違いなく魔王は・・・早く、早くしないと
「腹減ったな・・・」
「・・・翔ちゃん流石に空気を読もうよ!?」
早く早くと自身を急かすが一向に動かず思考ばかりが先に進む中、翔がぼそりと呟いたのは緊迫した状況とはかけ離れていた。流石にこちらも突っ込みを入れてしまう。
確かにここに来てから何も食べてないけど!紅茶ぐらいしか飲んでないけど!・・・はぁ。腹が減っては何とやらって?
溜息を付きキ部屋のキッチンの冷蔵庫を開けた。時計は、11時を指している。
「・・・で、もう夜だな」
そう言いながらサンドイッチを手に取り最後の一口を頬張る。なんか馴染んできた?てか数時間前に食べたばっかりなのにまた食べてるし・・・時計は17時を指している。
「魔界はいつでも夜だけど?」
「俺たちの世界での話だ!」
「だったらまだ夕方でしょ」
お昼を済ませ解除に取り掛かったが、かなり頑丈に巧妙に術式が組まれていた為解除が困難だと判断した。その頃には既に16時半を過ぎており休息を取りつつ軽食を取ることになったのだ。食べきれなかった中にサンドイッチがあり先ほど翔が残りを食べ終わった所なのだ。
「翔ちゃん、魔界は時間の進み方が早いって言ったのもう忘れた訳?」
二週間で約半月、もう既に一日そろそろ二日が立ってるってことは人間界ではすでに半月以上が経過してる事になるんだけどな・・・
魔界のみに起こるこの現象を、かつて悠は魔王に問いかけたことがあるのだ。返事は勿論返って来た。魔王曰く、この現象を魔界では‶加速‶と呼んでいる。その為悪魔以外の間では‶加速世界‶と呼ばれているが魔王含め悪魔達はこの世界は加速の中から偶然生まれ他だけの本当は存在しない世界なのではないかと考えているのだ。それ故、魔界は仮想世界と呼ばれているのだと。
・・・ここは孤独な仮想世界だって言ってた時の魔王の表情は、忘れられない
「・・・結局どうすんだよ」
翔の言葉に意識が違う方向へ向いていたことに気が付き直ぐに頭の中を切り替える
朝6時に出発したとしても、有稀達の瘴気の耐性を考えればかなり時間もかかるし何よりここからあの森まで行くには人間だと最低でも3時間はかかる。悪魔達は30分もあればついちゃうんだけど・・・
戦いが本格化する前までには絶対に着きたい。
魔界は基本夜だが、朝から夕方にかけて辺りは明るくなる。その為魔王は時間を重視している。特に人間界の朝や昼間は魔界でもあまり外に出歩かない。少なからず影響があるからだ。そして、悪魔にとって瘴気は言わばエネルギーの様な物として使うことが多い。瘴気が最も多くなるのは人間界で言う夜に当たる。・・・つまり動き出すなら夜。もう、時間がない
「・・・無理やりだけど方法はあるよ」
「無理やりってお前な・・・どんな方法だ」
呆れている翔だが一刻も早く向かいたい気持ちが勝っている。悠の口数が減りき拭いてはいないが終始険しい表情を見ている為、一刻の猶予が無いことを察しているのだろう。
・・・それに術式が解除できないことが分かってるから無理やり出る方法が一番手っ取り早い!
「魔王が掛けた術式は複雑だけど一番魔力が集まっているのは扉な訳。でも、それ以外はそこまで魔力が影響していない一番外に近いのは窓。私一人の力だと多分壊せないけどそこに翔ちゃんの力を合わせれば窓ぐらい吹っ飛ぶよ。」
若しかしたら部屋も吹っ飛ぶかもしれないけど・・・とは言えない。まさか翔ちゃんの力を借りて部屋吹っ飛ばすとは思ってないだろうからな!
「合わせるっつてもな…実戦でもほとんど使われねーやり方だろ」
授業で習ったのだろう。難易度か高く危険度も高いことを知っているからかあまり乗り気ではないようだ。
確かに仮に二人で力を合わせたとしてもバランスが取れなければ片方が吹っ飛びもう片方も重症になる恐れもある。力の相性もある為容易に試すものではない。だが、逆もしかり。
「私と翔ちゃんの力の相性がいいことはもう知ってるでしょ。それになるべく力を使わず私の剣で一点に力を集中させれば簡単に破壊できるし、武器も同じ剣だから安心だと思うんだけど」
「安心出来る訳ねーだろ!そんなことしたらこの城が吹っ飛ぶだろ!馬鹿か!」
一応ちゃんと城の事も考えるんだ…相変わらず変な所で真面目なんだよな翔ちゃん
「馬鹿じゃないし、心配しなくても大丈夫。」
「大丈夫じゃねーだろ!」
間違いなく城が崩壊しかねない方法を取ろうとしているのは間違いない、と悠に畳みかけるがそれに小さく思い出したように‶あ…‶呟く。
「あー・・・そう言えば説明してなかったっけ。この城結界が張ってるよ。二重結界で塀の周りと建物の周り。魔王直々の結界だから壊れても直ぐに回復するし。それに、今は塀の周りに結界張ってないみたいだからいいタイミングってやつ。」
「部屋の破壊だけじゃなく結界まで破壊するのかよ!出来る訳ねーだろ!」
「それも問題ないんだよ。一点に強い力で穴を開ければその分ダメージが大きいから直るのも時間が掛かる訳。だけどジーンとの戦いがあるからそこまで力を使うことが出来ないから翔ちゃんの力を借りるって事」
「・・・そうなのか。」
‶意外と考えているんだな‶と思っているようだが、安堵でも呆れでもなく間の抜けた声で言葉を発する。。・・・顔も間抜けだな
「顔は間抜けじゃねーよ!」
「分かったから・・・ま、そういう訳だから早速やろう。きっともう、魔王達は戦ってるはずだから」
「・・・ああ」
こちらの言葉に強く頷き、静かに翔と共に立ち上がる。
「聖杯召喚」
胸元にcardの形をした空間がダイヤの様な形へと変わり服の上に現れる。そのまま手を近づけ空間から現れた柄を握りしめ素早く抜き出す。
レイピアに似た細身の刀身に複雑な装飾が付いた柄が光り、弾ける。
その間翔が机と椅子を移動させ広くなったその場で直ぐに窓へ剣先を向け、力を込める。翔も悠の右横に立つと悠の手の上に自らの手を乗せ力を込め始める。
眉間に皺をよせやりにくそうな表情を浮かべている。・・・まぁそうでしょうね!私もやりにくいから!
「翔ちゃんもっと力込めて!」
「うるせーな!」
バランスが崩れれば、失敗する緊張感はなくまるでいつも通りにやり取りをする。翔ちゃんが力込めてくれないとこっちも力込めれないんだって!
翔がこちらの言葉に大きな声で答えると添えられている力が強くなり、注がれる力が強くなり悠の剣が強い光を放ち始める。
「やればできるじゃん」
翔の力に合わせ静かに、だが一気に力を注ぎ込む。
余りの力に空気が震え様々な物が壊れる音がした。そして悠の剣も持ち手が欠けているが翔は気づかない。・・・心臓の部分が少しだけ痛んだ気がした
「な・・・お前この力」
「それだけじゃないよ・・・剣の形が変わってる」
力の強さに驚いているのか、はたまた力の異質さに気が付いているのか定かではないが・・・通常の力とは違うことに気が付いた翔が話しかけるが、バランスの調和が取れた事により今まで感じたことのない聖杯の力と共に、剣の形状も変化してる。
翔が聖杯召喚する際に生み出される小さな刀の欠片が無数に集まり細身の刀身を包み込んでいる。クリスタルの様に透明ながら輝きを放つ無数の刀の欠片。刀身も少し長くなり柄部分の装飾には灰色のが交る。
「「・・・行け!」」
その言葉と共に窓に向かい剣を突けば激しく火花が散り、同時に凄まじい風圧で窓ガラスが粉々に弾け飛ぶのが見えとっさに結界を張る。バキバキと明らかに窓ガラス以外の物が壊れる音が部屋に響き渡り
更にもう一度剣を突くと余りの眩しさにとっさに目を閉じる。直後、聞いたことのない爆音と共に様々な物が吹き飛ぶ音がした。シンと静まり返る中恐る恐る目を開く。
「げ…」
「穴は開いたみたいだな?」
剣から手を離し、周りを見渡して呆れた表情を浮かべる翔。レイピアの形へと戻った剣を聖杯の空間へと戻し周りを見渡す。
大穴開いてるわ・・・てかこの部屋半壊してるし結界も、これ穴?部屋くらいの大きさなんだけど。予想以上てか、寧ろやり過ぎたよなこれ!
部屋の中は目も当てられない程物が散らかり破片が床を覆い尽くしているが風の影響か結界近くの場所に破片は無く怪我をする心配は無そうだ。
抉れるようにして部屋がむき出しになりバルコニーは消失している。
目論見通り結界に穴をあけることには成功したが、その穴さえもかなりの範囲に及ぶ。これほ度までの威力を発揮するとはさすがの悠も予想できなかったようだ。
薄くひきつった笑みを浮かべながら状況を見ていると、結界を張ったことを思い出し直ぐに結界を解き翔に尋ねる。
「翔ちゃん怪我は?」
「結界のお蔭でなんとかな。怪我はしてねーけどな・・・こんだけ威力があるなら先に言っとけ!吹き飛ばされるところだったじゃねーか!」
制服の袖や裾を払いながら特に異変もなく通常通りの翔を見て悠はほっと胸を撫で撫でおろす。
本来この方法はメリットよりリスクが多いため成功した後に急激な力の減少により倒れる場合があるからだ。
幸い、武器の相性だけではなく力の相性も有り経験者であるこちらが力の制御をしてた為何事もなく済んだようだ。・・・部屋以外は!
翔が服装を軽く整えている間悠の視線は部屋から結界へと移っていた。徐々に修復が始まり2分の1まで穴が塞がっている。翔の様子を見ながら悠は結界の穴へと大きく飛ぶ。
「翔ちゃん先行くから!」
「既に先行ってるじゃねーか!」
同じ様に翔も悠の後に続く。建物は無事ではないもののどうにか部屋から出ることが出来た悠と翔はそのまま北の最果てにある森へ行くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます