6*一翔くんに疑われて

第6話

バイクに乗り、走る。

 途中で1回だけ休憩し、約2時間ぐらいで倉庫に着いた。まだ外は明るい。


 いつも暗くなってからメンバーが集まってくるし、泊まり組も今日はいなさそうだから、倉庫には今、誰もいない。

 バイクを停め、降りると和哉くんは倉庫を開けた。彼は倉庫の隅に置いてあった本とノートを手に持った。私は彼の一連の動きをソファーに座りながら眺めていた。


「その和哉くんが持ってるやつ、勉強ノート?」

「うん、そう」

「きちんと勉強してるんだ」

「あっ、これね、親の体調最近良くなくて、会社引き継ぐ予定だからさ、それの勉強だよ」


 女の子に対してはとても軽そうなイメージなのに、こういうことはきちんとしてるんだ。


「惚れた?」


 でもひとこと多いな、この人。


 彼が私の横に座る。


「ねぇ、今日秘密もうひとつ増えちゃったね?」

「えっ? もうひとつ?」

「俺とキスしたこと。これも一翔にバレたくないよね? 秘密にするからさ、俺ら、付き合わない?」


「脅迫して付き合うとか……それで付き合うってどうなの?」

「別に、一翔に秘密言ってもいいんだけどな」


 バレたくない。バレたくないけれど。でも考えてみたら、この出来事を彼が知ってしまったからって、彼は何も思わないのではないだろうか。それに……。

「和哉くんは、一翔くんのものを奪いたいって言ってたよね?」

「うん。言った」

「私を一翔くんのものだと思っているっぽいけれど、私は彼と付き合っているわけではないし、彼は私のことなんて何とも思ってな……」

 話の途中で心がぎゅっとした。痛くなった。そう、何とも思ってないんだ。


「じゃあ、キスしたこと、一翔に言っちゃってもいいの? 他の秘密も全部」

「それは……」


 どう返事をすればいいのか分からなくなっていた時、後ろから声がした。

「なんでふたりきりでいるの? 俺に秘密って何? キスしたってどういうこと?」


 振り向くと、一翔くんが眉間にしわを寄せ、腕を組みながら立っていた。

 



「一翔くん、あの、これは……」


 別に一翔くんと付き合っているわけではない。それに浮気とかじゃないから焦る必要もないはずなんだけれど、焦る。何故かとても焦る。


「俺ら、そういうことだから!」


 はっ? 和哉くんは何を言ってるの?


「そういうことって……違う、違うから!」

「そうなんだ、おめでとう。相田さん、もう、ここに来ないで!」


 一翔くんはそう言って後ろを向き、姿を消した。

 せっかく名前で呼んでくれるようになったのに、苗字に戻ってる。和哉くんとは付き合っていないし、弱みを握られてデートしただけ。


 でも、断れる強い気持ちがあれば、正直に一翔くんに全てを打ち明けていたのなら、こんな結果にはならなかったのかもしれない。


 ――一翔くん、本当に違うの! 私は、和哉くんじゃなくて、一翔くんが好き。一翔くんと恋人になりたいの!


 心の中でだけなら、何度も何度もそう叫べるのに。

 



 私は誤解を解きたくて、彼を追いかけようとした。


「行くなよ!」


 和哉くんが私の手を強く引っ張る。


「でも、多分ものすごく誤解されてる。それが嫌なの!」


「俺も、唯花がアイツのところに行くの、嫌だ!」


 そうしている間に、一翔くんはバイクに乗り、どこかへ行ってしまった。


「もう、離して! もう全部一翔くんに言ってもいいから、和哉くんと付き合うとか、無理だから!」


「……はぁ」


 和哉くんはため息をつき、とても落ち込んでいた。


「落ち込みたいのは、私だよ……」

「ごめん、とりあえず、家まで送るわ」

「うん……」


 もう何も話をしたくない気分だった。私の家に着いた時の「送ってくれて、ありがとう」以外は一言も話さなかった。



 家に着くと、ご飯も食べずにすぐにベットに潜り込んだ。


「はぁ……」


 真っ白な天井をぼんやり眺める。


 怒った一翔くんの顔が鮮明に浮かびあがってきた。それから、何故かさっきの悲しそうな顔した和哉くんも。


 今までバイトで、恋愛の悩み相談にもアドバイスをしてきた。人にアドバイスはどんどん出来るのにな。自分の悩みに関しては、もうどうしたら良いのか分からなくなる。


 和哉くんに告白された。でも彼は、一翔くんのものを奪いたいって言っていた。それに、一翔くんも、和哉くんと私が秘密の話をしている時偶然聞いていて、その会話の内容に対して怒ってた。もしかして、一翔くんは私のこと……そして、あの怒りは嫉妬? 勘違いなのかもしれないけれど、淡い期待で心がいっぱいになっていく。


 だとしても、私はどうすれば良いのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る