俺が言葉を返す前に。


「氷見。先ほど龍哉さんが不在時に少し説明しましたが、西荻櫻様は龍哉さんの高校時代の先輩でいらっしゃいます。二学年上の。龍哉さんを色々と可愛がって下さっている方ですのでご挨拶を」

「はい。新しく若のお側付きに加えて頂きました氷見清嵩と申します。よろしくお願い申し上げます」

「丁寧なご挨拶、有難う。本当に龍哉のところは配下の躾が出来てるねぇ。黒橋さんの並々ならぬ努力の賜物たまものかな?」

「先輩~。せっかく『サロン』入れたのにそれですかあ?」

「そうですよ~。ちょっと可哀想ですよ、龍哉さんが」


琉音、有難う。

やっぱり、いい子だ。


「『サロン』はお前にだろう?琉音?俺に入れて貰った訳じゃないよ」


ふむ。そして、西荻櫻。

やっぱり清々しい程のドSだ。

だって、最高級シャンパンの代名詞とされる『サロン』は、その名を冠するメゾンが原料の最高級シャルドネ種を聖地とされる村で取れたもののみ、しかも当たり年にしか『サロン』という名称のシャンパーニュを名乗らせない。そして、直近の当たり年が二◯◯六年。

それを超高級ホストクラブで一人のキャストに一本。結構奮発したんだけどね。知り合いだし。

ま、そんな事でほだされないのが西荻先輩の先輩らしい所だ。


「さすがは先輩。煮ても焼いても茹でても食えませんね~。脱帽です」

「その言葉をそっくりお前さんに返したいけどね。…ねえ、そう言えば。その、手首の可愛らしいものはなんだい?」

「ぐっ…」


見過ごしてくれないのかよ。

わかってるけどさあ。


「私の知らない所で怪我して来ましたのでお仕置きです。【お仕置きは上にも下にも敏速に】が信条ですので」

「黒橋さんの仕業ですか?道理で痛快なわけだ」

「神龍の身内の娘さんで龍哉さんが妹のように可愛がっている子が居ましてね。私の指先の荒れまで心配してくれまして。可愛らしいものを数枚頂きましたので、嫌がらせに貼らせて頂きました」

「それはそれは」


ちらりと俺を見やりながら会話を続ける二人。

それを。


「オーナー、黒橋さんとの真性S同士の楽しい会話なのは分かりますが、『お客様』ですよ?リシャールとトラディション、若手の二人の為に入れてくれたのぐらい分かるでしょ、って隆聖がいたら叱られますよ?苛めすぎです」


意外にも。少し真剣に琉音がかばってくれる。

さっきのハプニングの時、俺が琉音を頼ったのが嬉しかったのかもしれない。


「大体、お酒入れて貰うなんて、オーナー、望んでないでしょ?優しくしてあげて下さい」

「…叱られた」


西荻先輩は肩をすくめてみせる。珍しい。


「琉音。有難う。【coda di gatto】にまた是非遊びにおいで?飛びきりサービスするよ。俺も時間空けるし。普段、Sとばっかり接していると優しさが身に沁みるよ」

「貴方も充分Sですけどね?清瀧の若以外には」


聞こえてきた淳騎の発言は無視することにする。


「聞こえなーい」

「明確に聞こえてますよね?」

「だって先輩の味方するんだもん」

「してないでしょ。子供ですか?」


呆れたように黒橋が言う。


「お前より若いもん」

「それは禁句じゃないの?龍哉?帰ってから苛められるよ?」

「ご心配なく、櫻様。帰ってから苛めるくらいなら、今、躾をします。時間を置けば図に乗りますから」

「…はいはい、すみませんでした。琉音、ああいう怖いお兄さん達にだけはなるなよ?氷見もさあ、黒橋の側で色々学ぶのは良いけど、あんまりサドっ気は身につけないようにな?」


言えば。


「はい、龍哉さん♪」

「……努力します」


笑みを浮かべる琉音と、答えてくれる氷見。二人とも若干、目を反らしてるのが気になるが、それでも嬉しいよ。


「ところでさ、そこで固まっちゃってるお二人」

「「はい!」」

「時計、好き?」

「?」


彼らの手首にちらりと目を走らせて尋ねると。

俺の性質をきっちり掴んでる先輩と琉音はにこにこしだし、黒橋はそっと肩をすくめながらスーツの内ポケットからスマホを取り出し、指先を動かし始める。


「龍哉さん、お願いします」

「ほいほい」


黒橋の声に立ち上がって、二人の側に身体を近づけると俺は二人の手首を自分の右手左手、それぞれで軽く掴む。


「!」


何が起こっているのか分からずに目を丸くする二人。

そりゃそうだ。


「標準」

「了解」


完全な業務連絡だわ。

黒橋が俺の言葉を受けてまたも指先を動かし、数秒すると。スマホが着信の振動音を鳴らす。

黒橋は俺と先輩に一礼するとスマホをタップして電話に出る。


「はい、黒橋です。いつもお世話になっております。…ああ、大丈夫ですか?在庫は?ああ、そうですか?はい。分かりました。じゃあ、明日中には。よろしくお願いいたします。ええ、請求はいつもの所に。はい、また、何かありましたら、それでは。龍哉さん、終わりましたよ」

「どれにした?」

「ヴァシュロン・コンスタンタンのトラディショナル・オートマティック・エクストラ・フラット、ブラックとホワイトでは?」

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