キャストもまた、それに付け足すように言葉を継ぐ。
「少し…落ち着かない雰囲気のかたでしたが…、初めてとお伺いしましたので、緊張なされているのかと。あまり話されず、視線で何かを探されているようでしたので、お聞きした所、“西荻櫻様はいないのか”と。外出中だと申し上げ、通常フロアに顔を出されるのは稀です、と申し上げて。お客様はご新規様ですので、もしまた足をお運びになり、オーナーとのふれあいをご希望であれば個人審査通過後、ご予約抽選が可能と申し上げました」
「そっか、そしたら暴れだした訳ね?奇声を上げて」
「…はい」
「怖い思いしたね、えっと、冨永さん?」
「はい」
「君のせいじゃないよ。詳しい事わかったら店から連絡行くだろうけど、悪いようにはしない」
「……?」
「西荻先輩の後輩なんだ、俺。高校の。うまく説明しとくから。沢西さん、別の席、用意してあげて?…それと」
俺は沢西に視線を流し。
「琉音、つけて上げて?三十分。…君たちもびっくりするかもだけど、勉強の機会だから」
「かしこまりました。…二人とも、お客様を七番テーブルへ。先に行っていなさい」
「はいっ!」
お嬢様はぼーっとしたままだ。
そりゃそうだよな。
琉音はこの《paradiesvogel》でも特別中の特別キャスト。社長クラスのプチセレブで娘に変な虫をつけないように社交界がわりに後腐れなく躾の効いたホストに相手をさせよう、ぐらいの感覚の親に連れて来られている若い娘が、どんなにねだったところで予約すら叶わない、それが琉音だ。
「…お代はこっち持ちだから心配しないでね」
「有難うございます!」
そしてキャスト二人とお嬢様が視界から消えたところで。
「一応暴れられないようには拘束してあるけど…セキュリティに引き渡したほうがいい。セキュリティくる前に部屋を開けるのは厳禁。キャスト接近不可、ってところだな。…沢西さん、『判った』か?」
「はい…。薬物ですね」
「あの『飛び』かただと、安定剤の
俺は自分の座っている席のテーブルを指でトントン、と叩く。
「何より、こんな重いテーブル、ひっくり返せる時点で脳のリミッター(制限)外れてるし」
「………」
よく、言われる火事場の馬鹿力だ。脳が普段自制をかけて本来の一割しか使用できていない人間本来の力は、危機的状況の時にばかり発揮される訳ではなく薬物やアルコールの過剰摂取でも簡単に外れやすくなる。
「医者の出す安定剤って奴にも脳への効能的には裏の薬物と変わんねえのはあるからな。抗不安、抗抑鬱その変わりに高依存。まあ、普通に効能を守って飲んでる分にゃ全然大丈夫だろうが。そうはならないのが哀しいとこだな。医者や医療業界が幾ら
「…助かりました。しかし、さすがですね」
「ああ、『お姉さま』捕獲の事?まあな、この世界に生きてりゃ何回かは中毒者は対処してるから」
神龍は薬厳禁だが、他組との小競り合いで明らかにおかしい奴に襲われた事は何度もある。
今回は可愛い部類だ。
「女の靴は凶器に変わるから、早めにけっ飛ばしとくにかぎる。…そろそろ、戻ろうかな。あ、そうだ。この周りの席に座ってた客含めて今日このフロアにいる全ての客に、好きなカクテル一杯ずつ
「!」
「なんならキャストの分も良いぜ?何せ今日はお付きの黒橋も一緒だ。ケチケチしたらお尻ペンペンされちまう」
俺は椅子から立ち上がる。
「じゃあ、戻るわ」
「櫻様、戻られ次第、お顔を出して頂きますので」
「…了解」
個室に戻ると。
「ご用はお済みですか?龍哉さん」
「ああ、済んだぜ」
いかにも高そうなソファーに違和感なく腰かけている黒橋の横を過ぎようとして、不意に手首をとられる。
「…っ?」
「…これは、どうしました?」
「え?…あ…」
黒橋の視線が手のひらと手首の中間辺りに落ちている。そこには言われるまで気付きもしなかった小さな切り傷。微かにヒリヒリする。
「気がつかなかった。さすが
黒橋は俺の手首をとったまま、じっと傷を検分するように見つめている。しかし、うっすらと薄皮を切ったくらいの傷で血も
「一緒に行くべきでしたか。まさか傷を負われるとは」
「こんなもん、傷でも何でもねえよ」
「しかし」
「大丈夫。ちょっと『飛んで』た女だったから、後ろ手に縛る時につけ爪でも引っ掛けたんだろ」
「『飛んで』た?」
「俺達の世界でのいわゆるマジで『飛ぶ』薬じゃなく、安定剤の慢性オーバードーズ(過剰摂取)による、はっちゃけだろうがな」
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