俺達を個室に案内しながら、沢西は言葉を続ける。
「特別顧客用の個室ならば、ご案内の采配は一任させて頂いております。櫻様のお気に召された方ならば限りなくご融通を、そうでなければ、幾ら金銭を積まれようと決して通すな、と」
「…西荻先輩らしい。でも、当日飛び込みは悪かったよな?本当なら、西荻先輩にコンタクトとってからのが良かったんだけど色々とハプニングがあったもんで…」
「
「そう言って貰えるならば、有難い」
「キャストを付けるタイミングに着いては部屋に備え付けの内線でご連絡下さい。本日は隆聖は遅番ですが琉音はおりますので…」
と。
そこまで沢西が言った時だった。
通常のフロアの中から尋常ではない金切り声と、グラスが割れる、というより投げつけて壊しているような連続した破壊音。
瞬時に沢西が動こうとするが。
一人で向かおうとするのを俺は止める。
「黒橋、部屋入ってろや、行ってくるわ」
「桐生様!それはっ」
「大丈夫、大丈夫。極道の桐生龍哉じゃなく、桐生龍哉通常バージョンぽい感じで行くから」
沢西の肩を叩き、フロアのほうへ行こうとすれば。
黒橋はさっさと部屋へ入ってゆく。
「…なるべく早くおかえり下さい、貴方の通常バージョンなど某特撮系ヒーローの地球滞在時間より短そうですから」
「馬鹿、三分以上は持つわっ!このスパルタさん!」
「はいはい。氷見、入りましょう。少しは飲んで待っていないと神経がもちませんよ?」
こちらを見もせずサド発言。
ああ、氷見が俺達のやり取りを真似するような子にだけは育ちませんように。
フロアについてみれば。
俺達の入ってきた扉から一番近いボックス席のテーブルが無残にもひっくり返され、なぎ払われたであろうテーブル上のグラスや皿の破片が床に散らばり、周りの席にいただろう客はキャストが避難させたのか、いくつかの席が、空いていて。
そこに仁王立ちする、髪を乱した二十代くらいの女。
空いている席のテーブルの上のグラスや皿も床に投げつけられていて、女は肩で息をしている。
「うるさい、うるさいっ!壊れろ!壊れろ!またわたしにあの女に頭下げろっていうのかっ!くそっ、壊れろ!こんな店!たかがホストの癖に気取りやがってぇ!」
口からこぼれ落ちる、絶叫に近い言葉。
こういう事になれている筈のスタッフ達すら近づけない、常ならぬ雰囲気。
俺はふ、と女の顔を見る。
視線を丁寧に追って指先を見て、足早に近づきながら、女に声をかける。
「お姉さま?おイタはダメだよ?」
「あ?」
そして女が俺に顔を向けた瞬間には女の手首を後ろでひとまとめにし、ネクタイで拘束して。自分の足の片方を女の両足の間に挟むようにしながら、片足で女のピンヒールを両方軽く蹴飛ばして裸足状態にする。
そのまま、背後に声を飛ばす。
「離せえっ!」
「静かにしろってば。沢西さん、首!軽く打って意識落とせ!早くっ!」
「はい!」
数分後。意識を無くした女はもう少し厳重に拘束してから鍵のかかるスタッフルームに運ばれていった。
避難していた客達は別の所に案内し直されたのか、戻って来ないが、一人の大人しそうなお嬢様風の女性と、キャストが二人、沢西と俺が座る比較的無事そうな席にやってきた。
「お客様」
「はい」
「
「はい…あの…あの…っ。普段、大学ではあんな人じゃ…っ」
「お友達は初めてのご来店ですね?」
「…ええ」
あくまでお話を聞く、という形をとった尋問おっぱじめるにゃ、ざわざわしている状況で、冨永のお嬢様、とやらは萎縮しているのが丸わかり。
俺は沢西にちょっと待てと手で合図すると、女が暴れたテーブルからは一番離れた空のボックス席に自分がまず座り、彼女を手招きする。
「いいかな?ちょっとここ座って?」
「…はい」
お嬢様は素直に俺の向かいに座る。近くで見ても大人しそうな女性だ。
「あの子さあ、本当に
「……っ」
「やっぱり。【お友達】だったら君の事『あの女』なんて言わないもんね?」
「知人の、知人なんです。なんだかこの頃、よく私の側にいるようになって…。本当は今日も別の子とくる予定だったんです。その子は何度も来たことあるから」
お嬢様が少しずつ話してくれたことをまとめれば。
いつもは、いるかいないか分からないほどおとなしい子である事。
でも、いつの間にか自分たちのグループの中にいた事。
友人が何かのついでに、《Paradiesvogel》は自分達の親とも一緒によく行くのだ、と世間話をしたら羨ましがられ、一度だけとねだられたが、始めは断った事。でも友人が行けなくなり予約を断ろうとしている所をしつこくされて怖くなり、うなずいてしまった事。新しい友人を連れて行く事は店に許可してもらった事。
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