俺はスマホを内ポケットに戻しながら、立ち上がる。


「すまないな、母さん。悪いが、氷見を借りる。たぶん、淳騎の指示で新庄がすぐに来るから、新庄が到着次第、俺と淳騎と氷見は抜ける」

「…わかったわ」

「津島とマサは護衛かたがた母さんに付き合ってやってくれ」

「はい!」

「承知致しました」

「大変ねえ。もてる男は?」

「本当だよ。特に俺の場合、思わぬ人にも想われる、だからな?親父もそうだろうけど」

「…まったく、そんな所ばかり似て」

「仕方ない、俺も親父も因果な性分だからな」


笑えば。

母さんもまた、苦笑を浮かべる。

そこに。


「すみません、あと五分で新庄が着きます」


打ち合わせしたかのような段取りを口にしながら黒橋が戻る。


「ね、俺の言った通りでしょ。母さん」

「本当ね。あなた達のほうが私よりよっぽど、エスパーなんじゃないの?」


それに俺は答える。


「いやこれはただの…」


その言葉の後を黒橋が継ぐ。


うんの呼吸です」





やがて、新庄が着いて。

その場を任すと、俺と黒橋、そして氷見は個室を抜け、階段を使って階下へと向かう。


「動いたのか?新庄が来るということは」

「貴方のほうには黒髪長髪の方からご連絡でもありましたか?」


改めて、お互いに聞く事が、それか。


「お元気でしたか、あのかたは?」

「ああ。久しぶりにあった先輩に言うのが恨み言たあ、相変わらず安定の変態姫っぷりだ」

「……あれですか?自分にはつれなくするくせに新しいお人形には優しくするんですね、とか?」

「淳騎、お前、俺の服か靴に何か仕込んでないか?ボタンか?靴のかかとか?」

「何も仕込んでませんよ。俺の知るあのかたなら言うだろう台詞を予想しただけです。甘ったるい声を出して貴方に戯言たわごとを言う、あのかたが【うかぶ】だけ」


黒橋は眉をひそめる。


「相変わらずの胸糞悪さですね、全く」


吐き捨てるように呟くその表情が珍しかったのか、何かを察したからなのか。そこで控えめに氷見が口を開く。


「……お電話のかたはお知り合いですか…?」

「ああ。高校の後輩だ。今は【西】にいて、名前は因幡一冬」

「因幡…」

「…知ってるか?阪口や鬼頭のそのまた『上』から、指示を出した奴だ」

「!」


氷見の眼が見開かれる。その瞳によぎる、驚き。

そして、哀しい呟き。


「…いいえ。あの方達の周りには彼らを賛辞する者しか寄れませんでしたから。私の耳に余分な情報など入れる義理もないと思っていたんでしょう」

「…っていうか。指示ってよりかはそそのかしだな。あいつにとっちゃ、ただの嫌がらせ、存在証明。だから、唆しさえすればシナリオさえ描かない。鬼頭や中条みたいな馬鹿息子の書いた穴だらけの計画でも、奴にとっちゃ、どうでもいい。最終的に俺があいつに気がつけばいいんだよ。クソ気持ち悪い奴だから」

「…氷見」


いつの間にか、降りかけて立ち止まってしまっていた階段の途中で、黒橋は上段にいた氷見を振り返る。


「酷な事を言います。あなたも薄々不思議に思っていただろうことの答えを。私があなたを側から離さず、常に目の届く範囲に置いてきたのはこのためです」

「………!」

「組の人間のざれ言やちょっかいなど、恐れるには値しませんが、因幡一冬は違います。察しの良いあなたなら因幡の言った『人形』があなた自身を指すことは」

「…分かります。電話に出られた若の声を、聞けば」

「…よろしい。勘が利く、というのは組の後継の側に付くには無くてはならない利点です。そうやってあなたを褒めてくれる人間すら、今まではいなかったのでしょうが」

「………っ」

「神龍へ来たからには己れの利点を正しく理解し、おごる事なく受け入れる、そんな柔軟性は必要不可欠です。これからも励みなさい」

「…はい」

「とりあえずは車へ急ぎましょう、二人共。国東が待っています。車の中で腰を落ち着けなければ出来ない報告もございますし」

「ほーい」

「龍哉さん、緊張感」

「…捨てた」

「拾ってらっしゃい。氷見、行きますよ?」

「…はい」


階段を降りてゆく側近二人を見ながら、俺が思うことと言えば。優秀さは遺伝してほしいがSっ気は移らないで欲しいなあ。それだけだった。



「……やっぱり繋がっていましたよ」


車の中で。

さも嫌そうに黒橋は口を開いた。

例によって、国東には街中を流すように命じてある。


「悔しいですが、貴方は【親】としては優秀ですよ?時に人間性に難はありますが」

「淳騎くん?誉めるのかけなすのか決めてから話そうね?」

「却下」

「うー…。あーあ。全く、外れて欲しい事ばかり当たりやがる」

「氷見、貴方は初日に成瀬の処置をした時、うちの別邸の中堅幹部、川井と言うんですが、彼にUSBメモリとPCを渡しましたね?」

「はい」

「実はですね、川井の下につけていた数ヶ月前に別邸に来たばかりの男が、姿を消していたんですがね、今日、発見されまして。【西】の大阪湾に浮いてたそうですよ」

「!」

「川井から連絡がありました、龍哉さん」

「そうか。…川井はどうしてる?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る