母さんは事も無げに外商担当者に告げ、そのままにこやかにブランド各店担当をねぎらう。
「皆さん、今日は有難う。また、お店にも寄せて貰うわ?良い買い物が出来ました」
そう言われた担当者達は。
腰を折らんばかりの礼をしてこちらもにこやかに下がってゆく。
そりゃあ、そうだよな。二時間で一店舗二百万は下らない売り上げ叩きだしてんだから。笑いがとまらないだろう。
もう三人は呆然としてるよ。当たり前だけど。
そして、外商担当者も次の担当者達を呼びに下がってゆくと。
「明日美さん」
黒橋がいつの間にか、母さんの側に近づいていた。
外だからか、姐さん呼びはしていない。
「あまり過ごされましては、『社長』がお可哀想ですよ?」
「あらまあ、黒橋?あなたが止めるの?」
「いえ。ご存分に、とは思いますが。何せ新人さん達は慣れていませんので。明日の事もおありでしょう?」
「…読まれてるのね。まあ、カジュアルはそんなにいかないようにするわ?」
「おい、母さん、黒橋?新人達にも分かるように話してやれ?頭の回りにクエスチョンマーク飛んでんぞ?こいつら」
やれやれ。
「津島?明日は千晶さんを貸してね?」
「…は?」
「貴方だけでは不公平でしょ?」
「!」
「津島、悪い。夫婦ともども度肝を抜かせて悪いが、これは母さんの悪い癖でな。しかも、いっぺんに三人も新人が現れたもんだから嬉しくてタガ外れてんだよ。好きなようにさせてやってくれ。氷見やマサも、ごめんな」
そう。母さんの悪癖。
無類のプレゼント魔。
まあ、母さんの食指が動くほどの対象が現れなければ大丈夫なんだけど。
勿論、俺や黒橋は何度もその【洗礼】を受け済みだ。
そして。
「マサ、今ちょうど、この部屋、俺達だけだから言っとく。…お前、正式に俺付きの特別警護に今日付けで格上げだから。下っ端からは立場的にも抜けるんで、部屋、個室な。だから収納は心配すんな」
「!」
「…大丈夫。宮瀬や新庄の隣だから、部屋。お前の身の安全は、抜擢するからにはしっかりケアするからな」
「…わ、…龍哉さん」
「氷見もな?」
「…有難うございます」
「部屋、余ってますからねえ。埋まって良かった」
「黒橋」
「分かってますよ、帰宅までには、きちんとします」
黒橋は苦笑する。
言わずもがな、か。
「津島さんもまあ、こういうテンションの所ですが、追々、慣れてください。皆、最初の内は脊髄反射でついていくと良いですよ?頭で考えてると、とてもじゃないが付き合い切れませんからね?特に、このお二人は」
指を差すな、指を。
「あら、酷い(笑)」
「オブラートなしかよ」
「オブラート?そんな可愛らしいもの、とっくに分別して捨てましたよ。現在ですと、有料ゴミですね、あれも」
おっかねえ。辛口の冗談を、真顔で返してくるからな。
だが、ふと、黒橋が黙り。振動するスマホを内ポケットから抜いて、確認する。
メールの様だ。
「…………」
少し、その表情が変わる。
そして母さんに向かってもう一度、その口が開かれる。
「明日美さん、すみません、少し、席を外してもよろしいですか?…龍哉さん、すぐに戻ります。氷見、私が戻るまでこの場を頼む」
「はい」
氷見に指示を与えると、黒橋はそのまま、部屋を出てゆく。
「あんたは行かなくていいの?」
「ん~」
「気になって仕方ないっって顔してるけど」
「…エスパー」
「女なんてね、そんなもんよ」
「……なんかあったら淳騎がまた来る。…おっと」
俺の内ポケットでも鳴り出すスマホ。こっちはマナーにしてないから鳴り響くダース○ーダーのテーマ。
取り出して、発信者を確認する。知らない番号。
でも構わず、耳にあてる。
耳にあたる呼吸で、相手は明白だ。
俺は自分で自覚できるほどの黒い笑みを含んだ声をだしてやる。
「もしもし?久しぶりだなぁ」
「………………」
「元気か?元気だよな?…長髪ワガママ変態姫?」
「……」
「いつ連絡がくるかと思ったよ?」
「……センパイ」
「この間のアレ?お前だよな?…相変わらずのえげつなさで、微笑ましかったぜ?」
「えげつないのは貴方も同じ」
「まあな」
「髪が長いの、知ってるんですね?」
「ああ。極秘の筈の成瀬の手紙のコピーデータが、いつの間にかそっちにあるのと一緒でな?」
「…さすが、龍哉さん」
狐と狸の化かしあい。
「なるべくなら、お前とだけは過去も現在も未来も繋がりなんか持ちたくなかったし、これから持ちたくもねえんだがな?」
「…つれない人ですね」
「そのつれないのが魅力だって昔に言ってなかったか?」
「………俺にはつれない癖に、新しく手に入れたお人形には随分優しいんですね」
「…ああ。俺が『選んで』側に置く者とお前が同列な訳があるか?」
「…憎たらしい」
「悪いが、今、出先なんだ。どうせお前の事だ。これっきりとは思ってないさ」
「………」
かかってきた時と同じように、唐突に電話は切れる。
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