黒橋はさりげなく、ふざけた空気を元に戻すように続ける。
「私達別邸の若頭付きのものや下の者については、舎弟(弟分)となられる高央さんは直近の叔父貴になります。しかし、組長の舎弟であられる津島さんも叔父貴なわけですから」
「津島の叔父貴が二人ってのはそりゃ確かにややこしいよな。お前の場合は俺が舎弟の連中を積極的には叔父呼びさせてないから、関係ないが、下のにとっちゃ、混乱必死だろうからな。…うん、分かった。お前、今日から津島の叔父貴については叔父貴って呼べ。高央さんは津島さん。
「承知致しました」
「で、高央さんはマンションの方に千晶さんと行ったか?」
「はい、あの後は宮瀬がご案内して。家具家電全て揃っていて、しかも不備があればいつでも若頭に、とお伝えした所、感激なさってらしたそうです」
「まあ、嫁さんになる千晶さんをビックリさせちまったのは悪かったが」
「何でも、婚約内祝いが終了次第、花嫁修業をお題目に同居予定だったそうで。新居を探してもいなかったのは幸いというか」
「…おい、早いな。花嫁修業で仮同居?初めから姑舅、大所帯の組員同居?結婚式終わってからの屋敷のリフォーム予定は?」
「ありません」
「おいおい。…俺が嫁さんだったら胃袋ネジ切れ案件だぞ、それ」
「ですから、感激なさっておられた、と。ついでにいえば、千晶さんのご両親も胸を撫で下ろしておられたそうです」
あ、そうか。津島の上席幹部の娘じゃあ、組長が言った事は絶対、だもんな。娘をみて内心、“それじゃあ娘の気の休まる暇は何処に?”って思ってても言えないよ、うん。
「性根は悪くはないと思いたいんだがな、津島の叔父貴。まさか、知らない内に勃発するかもしれなかった嫁姑問題まで解決してた、俺?…津島の叔父貴、怒ってんだろうなあ?オヤジ達が上手くなだめてくれるのを期待するしかないな」
「…でも色々起こりうるリスクを鑑みても、今。津島高央を手にいれておくのは最上の策です」
「だな」
その思惑は後に明かすとしても。
「明日、国東が【津島さん】をマンションに迎えに行ってこちらへご案内する算段です。マンションの住所は千晶さんのご両親にすら極秘扱いにしてありますし。一応、千晶さんにはうちの護衛をつけます。それはあちら様にも御納得頂いております」
「そうだな、賢明な判断だ、黒橋」
「有難うございます」
相変わらず、やることに隙がない。
「じゃあ、まあ、俺はこの事を文親にメールで連絡してから寝るわ。疲れたし」
「…龍哉さん」
「あ?」
「貴方は自分で偽悪振って振る舞っているつもりでしょうが、本当はとても、優しい人ですよ?」
俺を見る黒橋の眼は優しいものだった。
「津島の、…叔父貴には土下座が効かないと分かっていても、あんな事をしたのは高央さん自身に選ばせる事で前を向かせてあげる為だったんでしょう」
「…やっぱり、お見通しかよ」
「優しすぎるのが実は欠点だと、本当は申し上げたいんですがね」
そっと黒橋の指先が自分のうなじを撫でる。
それだけで伝わる、もの。
「清瀧の若にどこまで話すかわかりませんが、あまりご心配をおかけしてはいけませんよ?」
「はーい」
「全く、世話のやける親です」
「世話かけて、すみません」
「…慣れてますよ、…龍哉坊っちゃん」
俺に背を向けて部屋を出ようとしながら半身で振り返り、黒橋は微笑んでみせる。
「おやすみ、黒橋」
さて。
それから、三日後。
「全く、男所帯ってのはどうしてこう、物凄く小さな小さな隅のほうが、小汚なくなるのかしらね?」
「母さん、…うちの下の者の立場が無いから。そんなに屋敷中くるくる見てまわらないの。プライベートな空間はね、女、いや、女の子には見られたくないって、繊細な年頃の奴もいるんだから」
「あら、まあ。人生半分まで来て女の子扱いされるとは思わなかったわ?それは黒橋の入れ知恵かしら?」
「とんでもない、明日美姐さんはいつ
「まあ、有難う、黒橋♪」
舌の付け根に特殊な潤滑油でも差してるんだろうか、黒橋よ。世辞を世辞とも思わせぬその滑らかさにいっそ感心する。
「ちょっと、そこ。龍哉。変なとこに感心してないで、早く新人二人とちびちゃん連れてらっしゃいな」
母さん、エスパーするの止めて貰っていいすか。マジで怖くて腰抜けそうだよ。
「二人はいいけど…ひよこは別にいいんじゃない?」
「あら、だって私、話に聞いただけで、その子見たことないもの」
だって連れてってないもの。
……いけねえ、口調が移った。
マサは俺が見いだして警護含めて側につけてる奴だから、母さんが見知らなくても無理はない。
「急に姐さんの前に来いなんて言えね…、はい、分かりました」
「よろしい」
数分後。
客間に通した母さんの前に揃った、三人の男達、と俺と黒橋。
流石に緊張感が漂う。
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