そろそろ引導を渡すべきだろう。


「息子をやめるわけじゃないって本人も言ってるんだ。話をした、この小一時間と手塩にかけた二十九年を引き換えにしろとは言わねえ。ただ、手を離すときを間違えりゃ、あんたの長男の心は死んじまう。…それだけだ」

「……っ」


津島の叔父貴の表情が苦しげに歪む。

だが。


「龍哉さん、行きましょう」


意外にも膠着こうちゃくした空気を動かしたのは高央さんだった。


「親父が手を離せないなら、俺が離すしかありません。父さん、俺はきっと、泣いて逃げ帰ったりはしない。千晶もいますし、何より、龍哉さんがいてくれる」

「…高央…」

「皮肉なものですね、数回挨拶を交わしたかどうかの貴方のほうが、家族よりも俺の事を分かってくれている」

「…高央さんは『私』より、『俺』のほうが似合うぜ?何より、盃交わせば俺の初めての兄弟だ。気楽にいこうぜ?なあ、兄弟?」

「ええ」


俺はきっと、酷い奴なんだろう。

西荻先輩が言った飼い慣らすしかない冷たいモノは飼い慣らしきれぬまま、月日を経れば経る程育ってゆく。消滅する事なく。


俺は高央さんを促して部屋の外に出る。

人前で泣くことなど決してない男の、殺しきれない慟哭が部屋の中から聞こえた事に、耳をふさぎながら───。







その日の夜。

案の定、親父から電話があった。


「お前が決めた事なら、仕方がない。やってしまった事をなかった事には出来ないからな。今回の件は俺と松下で津島をなだめて、何とかする。本来は要らん事だが、あいつは神龍の中でも頭の固い方だからな。下っ端共がまた騒ぐだろうが、細々した小競り合いはそっちで何とかしろ。全く、せっかく理髪店でお年の割には白髪が少ないですよ、と美人のお姉さんに褒められたのに、息子のお前が俺の白髪を増やす気か?」

「すみません。全くもって本能のまんまなもんで」

「……津島の前で土下座したって?」

「ええ。そのくらいのパフォーマンスしないと無理かなーって」

「……」

「もっとも、俺の土下座自体は津島の叔父貴にはあんまり効果はないと思ってたんですけど。高央さんには効いたようです。物事は【形】が大事かな、と」

「この、性悪」

「父さんの、…息子ですから?」

「……。俺はそんなに性悪か?」

「明日美母さんに聞いてみては?あ、でも今下手に母さんを刺激すると手作りプリン半年禁止令の期限が延びそうな気が」

「…女は怖いな」

「ですね」

「…私が、なんですって?」


げっ!

出たな、ラスボス!

じゃなくて、明日美母さん。

泣く子も黙る父さんからスマホ奪い取れる猛者は母さんしかいない。


「あんた達は寄ってたかって陰で私を悪者にして、楽しそうね?」

「そんな事、滅相もない」

「あら、そう?この間はお花を有難う?」


母さん、喜びの声じゃないよ、それ。脅しだよ、脅し。


「ああ、そうそう。二人とも無自覚みたいだから念押ししましょうね?あなた達は二人とも、性悪だし、根性悪よ?安心しなさい?」


ごめんなさい、できません、母さん。

すっげー不安になってきました(泣)。


「…嫌いじゃないけどね」


…母さん。


「行動が極端なのはどうかと思うけど、…そっくりよ、あなた達」


嬉しい事を言ってくれる。

いつの間にか、実両親に似ていると言われる事よりも伯父夫妻(今の両親)に似ていると言われる事のほうを嬉しく思うようになってしまったのは、薄情なのかも知れないけれど。


「今度別邸のほうへ行かせて貰うわ?暫く行ってないし、新人さん二人も入ったら、男だけじゃ気が利かないでしょ?」

「…おい、そんな事急に言われても龍哉が困るだろう」


父さんから止めが入るが。母さんは綺麗にそれをスルーする。


「あら、私は母でもあるけどあねでもあるのよ?あねとして訪ねるなら公式訪問でしょ?例え組長の貴方でも止められる筋合いは無いんだけど?ねぇ?龍哉」

「…お説ごもっとも(小声)」

「まあ、覚悟してらっしゃいな(笑)。行く時は連絡するわ?はい、隆正さん、スマホ返すわ?」


高い含み笑いを残して母さんの声が遠ざかり、魂の抜けそうな父さんの声に代わる。


「すまん、龍哉。あれは俺には止められん」

「分かってますよ」




電話が終わると、すぐに俺は黒橋を呼ぶ。


「どうしました?龍哉さん、組長からお電話じゃ」

「号外。ラスボス近日来襲だとよ」

「おやまあ、何でそんな事に?」

「女は怖いって親子の会話から」

「ふむ。藪をつついてキングギドラを出すあたり、やはりお二人は似てらっしゃる」

「淳騎、お前、それ。母さんの前でも言えよ」

「嫌ですよ。明日美姐さんの不興を買ったら本家での昼食のグレードが満点から、レベル八くらいまで落ちこみますから」

「お前………」


俺は昼飯以下か。


「また、下らないことを考えてらっしゃいますね?」

「うるせ」

「ところで、呼ばれたついでに聞きたいんですが」

「なんだ」

「高央さんの呼び方なんですが」

「ん?」

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