だが、ここに来ても叔父貴は首を
「うちの息子と龍坊は、会って長く話すのも今回が初めてだろうが。すれ違い様に挨拶して顔を見知ったくらいの関わりでこんな事を言い出すのがどうしても納得できねえ。兄弟盃は半端なオモチャじゃねえんだぞ、若頭」
「…長く一緒にいて見知っていれば、そいつの本質が分かるわけでもねえさ。かえって長く過ごしたからこその思い込みや決めつけは眼を曇らせる。よく考えろや、津島の叔父貴。順当に行きゃ、神龍の後継はこの俺だ。この俺の兄弟分になるんだよ、あんたの長男は。五分の兄弟といやぁ、立場的には対等だ。俺が組長になったなら、あんたは俺の壱の舎弟の父親だ。はったり上等の極道の世界じゃ、懇願されはしても断られる事は先ずない条件のヘッドハンティングだと思うんだがなあ」
脅かしたりすかしたり。俺も忙しい。
「……と。忘れてた。高央さん、ようやく出番だ」
「…はい」
「聞いてたな」
「…ええ…」
「どうする。俺と来るか?それとも残るか?」
「高央……」
「俺と来りゃ、多少は不安だろう。だがあんたが望んでるものは手に入る。約束する」
「!」
弾かれたようにうつむいていた顔を上げる、津島高央。その瞳に灯り燃え始めた光に、俺は確かに覚えがある。俺にも確かに差し出され、掴んだ、
絶望の中の希望──。
「残りゃあ、安心と日常だけは守れるぜ?それは俺には約束できない」
「…行きます」
「高央っ!」
叔父貴の悲痛な声と、先ほどとはうって変わった、 迷いなく即答する静かな高央さんの声。
「【それ】が手に入るのなら、俺は若頭の所にお世話になります。言っておきますが、五分の盃の事ではない。違うものです。…千晶もきっとわかってくれます」
「俺からも婚約者さんには説明するよ」
「お願いします」
叔父貴は茫然としている。そりゃそうだ。
頼りない息子にようやく嫁になる娘を見合わせて婚約内祝いって時にこんな事言われたらな。
そして息子はそれを承諾したんだから。
思ってもみない反逆だろう。
「麻紗美。…悪いが俺は若頭と行かせて貰う」
「……うん。……わかった、兄さん。…龍兄。有り難う。本当にありがとう」
麻紗美ちゃん、また泣かせちまったな。
しかしまあ。高央さんのよびだしから四十五分。
何とか小一時間で終わったな。
「津島の叔父貴。歓談の会はまだ続くぜ?」
「…若、私はあちら様にご説明に参ります」
「任せた、黒橋」
「…黒橋、余計な事は…」
「叔父貴。あちらさんはかえって喜ぶぜ?きっと、な。叔父貴の本家での株も上がる」
「私も行くわ」
麻紗美ちゃんと氷見を促して部屋を出てゆく黒橋を、横目に見ながら俺は立ち上がり、叔父貴の側に行く。
「高央、お前の欲しいものは何だ」
叔父貴の小さな呟き。
「【自由】と…【自信】です」
「!」
「自分の身の振り方を自分で決める自由と、ここにいて良いのだと、お前が…必要なのだと……っ、思われている自信、俺の居場所はここなのだという自信が、津島の家では最後まで俺は持てなかった。酷なようだけど父さん、それを若頭、いや、龍哉さんがくれるのなら、俺は行きます。組に俺の代わりは、いますから」
「………」
「俺は父さんの息子をやめるわけじゃない。ただ、生きる居場所を変えるだけです」
「どうせまた俺が
「…龍坊、龍坊は桐生に来た時、後悔はなかったのかい」
聞かれて当然の質問。俺は口を開く。
「俺は…後悔はしなかった。石田の姓を捨てて桐生に来た時、今まで自分の周りで薄かった酸素が濃くなって、自由に呼吸出来るようになった喜びはあっても、後悔なんて
俺の自虐的な呟きは叔父貴の心に、どう響くのか。
「龍坊」
「高央さんの処遇やら、住む所やらもこっちで実は用意はある」
「…周到だな」
「まさか今日この
「本当に、後悔はしないんだな、高央。お前が泣いて逃げてきても若頭を決めてしまえばお前の場所は無くなる。組の若頭同士が兄弟分になる例はあっても、お前はまだ若頭にもなってない半人前なんだぞ?所帯をもって、これからお前を支える奴等をつけて鍛えようって時に…」
「だから、その前提が間違いなんだよ。…改めて詳しく調べさせて貰ったが組の本部長(本部組織の責任者。組執行部の主な役の一つ)までやっていて、事務局長(事務方のトップ)も兼ねてるだろう?普通は別々の人間が受け持つもんだ。それを何の因果か、一人で…。半人前にそんな事が勤まる筈が無いんだよ。津島は武闘派が主流だから、どうしても事務方は低く見られるんだろうが。あんたの息子は端から見りゃ超優良物件なんだよ。おんなじ考え方のオッサン同士で話していりゃ、頼りなくても、な」
「…龍哉さん…」
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