津島の叔父貴の表情が戸惑いに変わる。


「しかし。高央が無理に若をよびだして、控え室で話をしているから、見に行ったほうがいいと麻紗美が」

「だって、普通に呼んだって来やしないじゃない、お父さんは」


確かに、津島の叔父貴の性格を読み切ってるな、麻紗美ちゃん。


「一体、こんなところで何を若に」

「父さ…」

「礼を言ってくれてたんですよ。高央さんは。数秒で終わる話を引き伸ばしてたのは俺ですよ?」


ここまでは嘘はいってない。叔父貴に言わないことがあるだけだ。


「単刀直入に言おう。津島の叔父貴。高央さんを俺にくれないか?」

「!!」

「はあ?」

「………っ」


麻紗美ちゃんの驚き。津島の叔父貴の口をポカンと開けた驚愕、息を飲む、高央さん。


「言っとくが色気は間に合ってるから純粋に津島高央って存在が欲しいんだけど」

「………どうして」

「必要だから?」

「そんな…事を急に言われて、はいそうですかと後継ぎを差し出せるとでも?」


驚愕から立ち直った津島の叔父貴は当然の事ながら手強い。目を剥いて息子をどやそうとする。


「高央、てめえ、そんな事を若に」

「高央さんは何も知らねえよ。一緒に驚いてんだろうが」

「ぐっ…」

「大体、俺に怒んのが筋だろうが。なんで頭ごなしに息子責めるんだよ?…親が自分の息子を全く信じてないところに長く居んのはさぞ辛かったろうよ」

「龍坊!」

「後継ぎ…ねえ。津島の叔父貴の所には他に若頭候補が二人いるよな?長子だ、後継ぎだ言うが、その二人押し退けてまででも津島の若頭に、と考えているようにはとても見えないがな?叔父貴」


いつもなら敬語調の言葉をわざと崩してゆく。

失礼は承知の上で。


「俺も色々あってな、叔父貴。対策を練って、体制を整えてる今の段階でどうしてもあと一人、そばに欲しい。で、浮かんだんだよ、高央さんが。急ぐ気はなかったし今日は様子見のつもりだったんだよ、本当は」

「…こんな大事な事をそう、簡単には決められねえ。猫の子やるんじゃあるまいし。めでてえ日に滅多な事は言わないで貰いたい」

「…親子だねえ。おんなじ事を言いやがる。日常から離れた日だからこそ、動かすんだよ、この俺が」

「津島さん、申し訳ありません。若の傲慢は重々承知ですが親の定めた事に従うのが子の習い」


黒橋は俺の前に、ずい、と出る。


「ましてや親のすることが間違いではないのなら尚更です」

「黒橋、お前っ」

「……何をしたらいいですか?ここで私が床に膝を突き、土下座の一つもしてみせれば、お考え頂けますか」

「なにっ!出来もしないことを…っ」

「本当に出来ないとお思いですか?」


部屋に満ちる緊迫した空気。

麻紗美ちゃんの緊張した顔、高央さんの俺との約束を胸に覚悟を決めたらしい表情。


「よせ、黒橋」

「龍哉さん」

「子に先を越されたんじゃ、俺の男がすたる。津島の叔父貴」


俺は黒橋に後ろに下がるように合図し、津島の叔父貴の前に立つ。

そして、膝をつき、床に両手をついて頭をつける。


「まさか…」

「やめてっ!龍兄」

「若頭…っ、龍哉さん」


三者三様の声が響く。


「俺をおとこにすると思って津島高央、俺に預からせてくれ」

「津島さん、神龍若頭、桐生龍哉が地に伏しての願いです。どうか叶えてやって頂きたい」


すると。


部屋のソファーに叔父貴は疲れたように座る。


「何でこんな事を…。高央こいつがそっちに行っても足手まといになるだけだろう。龍坊、話は聞くから頭を上げてこっちへ座ってくれ」

「ああ」


俺は叔父貴と向かい合わせにソファーに座る。


「足手まといになるかどうかは俺が判断する事だ、津島の叔父貴。俺は自分の利にならない事の為に土下座して頼んだりはしない」

「………」

「勿論、ただで、とも言わない。おい、黒橋」


背後に合図すれば、目前に封筒が置かれ。俺はそれを叔父貴のほうへ押し出す。もしもの時の為に、黒橋に準備させ、持ってきた【贈答品】。


「俺が持ってる表企業のIT関連会社の経営権だ。右肩上がりの優良企業。そっちには確か詳しいのがいた筈だ。あとはそっちのサインひとつってところまで手続きは終わってる」

「そこまで…」

「安定収入のフロント企業は喉から手が出るほど欲しいだろ?今までこの分野欲しがってる割に持ってなかったよな?」

「しかし…他の舎弟ものに何を言われ…」

「何が駄目なのよ、父さんっ!このまま兄さん飼い殺しにして、いつまで、死んだ魚みたいな目をさせ続けるの?今日だって兄さん、お祝いの席なのにびくびくして、辛そうだった。龍兄が土下座してまで兄さんの事考えてくれてるのに、そんなに父さんは自分の体裁が大事なの?」

「黙りなさい、麻紗美っ」

「………叔父貴。俺は高央さんを子分にしたい訳じゃない」


俺の言葉に、津島の叔父貴が反応する。


「…何だと」

「叔父貴。敢えて麻紗美ちゃんの前で生臭い話をするがいいか?」

「…聞こう」


俺はそっとまばたきを一つ、する。

それは麻紗美ちゃんと俺との《合図》。


「俺には構成員の他に、盃分けした子分はこの黒橋が一人、新しい氷見は位置的には保留中だ。この先進むにあたって俺には足りない物がある。兄弟だよ」

「!」

「俺は津島高央と『五分の兄弟盃』を交わしたいんだよ、従えたいわけじゃないんだ」

「………五分の兄弟盃」

「分かるよな、その意味が、叔父貴には」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る