口火を切ったのは高央さんだった。
「お呼び立てして申し訳ありません」
「いや」
固い、口調。いくら俺に言われたところで、緊張を急に解くのは難しいのだろう。
「正直、ビックリしました。若頭が招待に応じて下さっただけでも有り難いのに、私に直接祝いを言って頂けるなど、予想外で。きちんとお礼を、と」
「高央さんは生真面目だな。俺みたいなちゃらんぽらんな奴からすると恥ずかしくなるくらい。年下なんだから、俺は。そう、気張るなよ」
「いえ、若頭は年下であろうとも、私からすれば【上】のお方ですから。秩序は秩序です」
うわ、ガッチガチ。変わってねえなあ。
でも俺、気づいちゃったんだよな。実は。
この生真面目さ、優等生っぽさ。うちにくる前の氷見にそっくりだって事を。
むしろ、氷見を迎えたからこそ、二人の相似に気づけたというべきか。
俺が婚約内祝いの式が始まる前の控え室で高央さんに直接声をかけた時、嬉しそうな瞳の底に、哀しみと狂おしいほどの希求を見た。本人が隠し通したいであろう希求を。
そしてその希求ならば、俺にも昔から、馴染みがある──。
「…そんなに津島は息苦しいか?高央さん」
俺が聞いた瞬間、高央さんはビクッと肩を揺らした。
「!」
「…助けてやるといったら?」
「…何を…突然…っ」
俺から不自然に顔を
「じゃあ、なんでこんな人払いした控え室に俺を呼んだ?…あの時高央さんは何かを感じたから俺に相談する気になった」
俺は一歩高央さんに近づく。
「だろうが?」
高央さんの肩を掴んで、ぐっ!と一つ、強く揺らす。
「麻紗美ちゃんがあんな眼をして俺の目の前に立ったのは初めてだ。心配なんだよ、兄ちゃんの事が」
「…貴方に、…何が…分かるんですか」
「おいおい、呼びつけといてその言いぐさか?言うが、俺は恵まれてなんかねえよ?堅気も、極道も俺を色目で見やがる。堅気の偏見も極道の嫉妬もうんざりだ。だがな、生来、負けん気だけは強くてね。自分の巣穴は自分の手で整えて居場所とやらを作ってきただけだ。あんただってそうだろう?」
高央さんが顔を俺に向け直す。
今日初めて絡み合う、視線。
「……私が?」
「きっちりやっても、報われる事がない…。そんな中でもあんたはちゃんと結果を出してきた。知ってるぜ?…津島の叔父貴は俺には今のところ悪い人じゃないがあんたの事に関してだけは首を
「…若頭」
「助けてやろうか?ここから」
「どうやって…」
無理だ、と。高央さんは首を振る。
急な話を受け入れかねているようにも、諦めているようにも見える。
「大芝居を打つのさ」
「大芝居?」
「ほんとうは今日はここまで進める気じゃなかった。祝いの席だし、黒橋にも事を
「…ちょ…っ…ちょっと待って下さい。私は…」
「どうしたい?」
「きょうは祝いの日です、こんな日に騒ぎを起こしたら…」
「バカだなぁ。こんな祝いの日だからこそ、事を大きく動かせるんだよ。日常に埋没しちまったら頭の固いオッサン、説得できるもんか」
「…若」
「どうする。覚悟を決めるか?高央さん。覚悟に理由はいらない。俺が動くほうに動くという覚悟だけ決めりゃいい。どうだ、動くか?」
そう言うと。
高央さんの目に光が宿る。
さっきまでなかった強い、光。
「だとよ、黒橋。入ってこいや」
呼べば。
するりと滑り込むように黒橋が部屋に入ってくる。勿論、後ろに氷見を従えて。
「全く、貴方の弁舌の立ち具合ときたら毎回感心致しますよ、龍哉さん」
「それって誉め言葉?」
「教えません」
「意地悪」
「貴方は根性悪です。…すみません、津島の坊ん、ビックリさせて」
「あ、いえ……はい」
「何が何やら、だとは思いますが。始めてしまったものは仕方がない。今から、ここに津島さんがいらっしゃいます」
「!」
「津島の坊んは初め、何を言われても黙っていて下さい。そして、龍哉さんが動いたら、【覚悟】を示して下されば、後は私どもがどうにでもします」
黒橋を捉えた高央さんの眼には幾ばくかの不安があった。けれど高央さんをみる黒橋の眼には何の
そして。
数分後に麻紗美ちゃんに連れられて部屋に入ってきた津島の叔父貴は、訝しげな表情をはっきりと浮かべて、俺と息子を見た。
「おい、高央。なぜこんな所にいる。千晶ちゃんの衣装替えで一時間はとってあるが、お前には色々とやることが有るだろう。こうした時に顔を売って、場馴れをしなければ他の奴と離されるばかりだぞ。悪いな、坊ん。うちのが迷惑を。すぐに…」
頭ごなしに息子をけなす。確かにこれは生き難かろう。
「いや?迷惑でもなんでもないですよ。津島の叔父貴」
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