婚約者の友人は黒橋の報告によればおとなしいお嬢さん達らしいが。舎弟の娘なんてものは……。軽く想像がついてしまって、俺はため息をつく。
でも義理は義理だ。
高央さんとも少し、話がしてみたいし。
それに麻紗美ちゃんとも話したいしな。
けれど。
「龍哉様」
「龍哉様」
「貴女はさっき龍哉様とお話なさったでしょ?少しはご遠慮なさったら?」
こうした状況の女というものは、つくづく肉食獣だと思う。
歓談が始まった会場で。
入れ代わり立ち代わり同じような化粧、同じようなドレスで現れては耳に留まる事のない話題を垂れ流してゆく。
俺はいちいち反応するのを最初から放棄して適当に貼り付けた笑顔でお嬢さん達をやり過ごしている。
まさに『苦行』だ。
「こんな武骨者に構っても面白くないでしょうに」
「そんな事ありませんわ、今回のお祝い、龍哉様がいらっしゃるって分かった途端に他の方から嫉妬の嵐で…」
「ずるいわ、貴女ばかり龍哉様とお話しして」
「まあ、酷い、私はただ…」
全くどうして女という生き物は愛想とマウンティングを同時に繰り出すなんて器用な真似が出来るんだろうか。感心する、なんて思っていたら。
少し高めの、でも凛とした声がその場に響く。
「御姉様方、ちょっと龍兄さまを貸して頂けますこと?兄が呼んでいますの」
「え、あ、麻紗美さん?」
舎弟の娘達の間を縫うように近づいてきて俺の肘に腕を絡めて。
「高央兄さんがあらためてご挨拶したいって。時間は有効に、使うべきよ?龍兄様」
ちらりと周りの娘達を見やって無言で威を示しながら輪から俺を連れ出す。
他の者ならともかく今日の主役の妹、招待した側の秘蔵っ子である麻紗美に他の娘達が逆らえようはずはない。
他の娘達の目が届かないところまで歩くと。
「余計な事をしたかしら、龍兄?」
「いいや、さすがは麻紗美ちゃん。助かった」
「そ?」
「香水とファンデとヘアスプレーの香りって奴は取り囲まれると鉄壁の檻みたいになるな、ありゃ。下手な【別荘】より苦手だよ、俺は」
「まあ(笑)。じゃ、うちの大学なんか来れないじゃない。でも私も香水は苦手だし、ヘアトリートメント類も無香だからなあ。友達も自然とそういう人が集まるし」
「麻紗美ちゃんといるとほっとするよ。…所で高央さんが呼んでるのは本当?」
「あ、それは本当。控え室じゃ殆ど話せなかったからって」
麻紗美ちゃんはこっちだ、というように俺を手招く。
「でもさ、龍兄。不思議に思うんだけど、うちの兄さんの事、呼び捨てにしないんだね。いくら父さんが組長さんの舎弟だからって神龍での実際の地位みたいなものは龍兄が組長さんの次なんだから格上でしょ?」
「ああ、まあ、そうだな」
「兄さんは津島の組の中でもまだ明確に地位が決定してる訳じゃないし」
「……」
確かに。高央さんは一応、長子ではあるが他にも数名、若いうちから津島の叔父貴についてきた若頭候補がいると聞く。
「ねえ、どうして?」
聞きたいから聞く。そんな物怖じしないこの子の性格を俺は案外気に入っている。
「高央さんは俺より年上だし、いくらまだ組での地位が不定でも、叔父貴の長男である事には代わりない。俺はビビりだからね、尊敬する叔父貴の息子さん、しかも年上を呼び捨てになんか出来ないの」
「……。兄さんの事、馬鹿にして陰で呼び捨てにしてる幹部なんか、家には一杯いるわ」
「麻紗美ちゃん」
「父さんだっていつも頼りないって…。父さんが言うから皆そんな眼でみるのよ、兄さんの事」
「………」
「…でも、龍兄、今日来たとき、父さんに挨拶するのを黒橋さんに任せてすぐに兄さんの所に行って祝福してくれた。兄さんと龍兄、まだ余り面識ないのに。…兄さんのあんなほっとした顔、数年ぶりに見たのよ、私」
「…麻紗美ちゃん。津島の叔父貴に失礼な事は充分承知の上で言うが、近いからこそ見えねえもんもある。あまり話した事はないが、高央さんは頭も切れるし、能力だって並外れていると俺は思う」
「龍兄」
「ただ、高央さんは自分からその能力を売りに自分を推し出してゆくタイプじゃない。それが叔父貴には歯痒いんだろう」
俺は麻紗美ちゃんをみる。
いつの間にか彼女の瞳には涙が滲んでいた。
「泣くな。麻紗美ちゃん泣かせたなんて知られたら俺が文親に怒られる」
「だって…」
「高央さんは控え室?」
「ええ。三十分くらいは一人の時間が取れるって」
「そっか。じゃ、急がないとな」
控え室にいくと。
人払いしているのか本当に一人で高央さんが待っていた。俺は麻紗美ちゃんに会場に戻ってくれるように言い、黒橋や氷見の気配を背後に感じたまま、部屋へ入る。
「よお、高央さん、呼んでくれたって?」
「若頭。今日は本当にありがとうございます」
「固い挨拶はよそうや。頭の固いオッサンどもがいない時くらい腹割って話そうぜ?そのつもりで呼んでくれたんだろ?」
「………」
まともに二人で相対するのは初めてだ。
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