俺の為になら、命など一片も惜しまぬ男が初めて俺に見せた、俺の知らぬ冷徹極まりない、《他人》をみるかのような、あの、眼差し。


こいつにあんな眼をさせないためになら、俺はきっと『変わる』だろう。これからもこいつと共に前に進みつづけるために。

四年前、俺と黒橋は確かにそれだけの絆を結んだのだから。改めて思う。


「貴方を少しでも動揺させられたなら意地を張った甲斐がありましたね」

「………。なぁ、黒橋、もう、親父にはばれてるよな」

「ええ。ご存知ですよ。“詳しい事情は聞かねぇが随分、さっぱりしたようだな”とご連絡下さいましたから」

「…地獄耳。やっぱりか」

「あ、そうそう。明日美姐さんからメールでのご伝言です。“私だけに尽くす、なんて暇があったら【子】や恋人にでも尽くしなさい、この策士!策士、策に溺れてちゃ、仕方ないでしょ?黒橋とあちらの方に迷惑ばかりかけて。でもあんまりいじめても可哀想だから…向こう半年間手作りプリン禁止の刑で手を打つわ?そう、伝えて?勿論、ヒヨコちゃんと黒橋と新人さんは食べに来て良いからね?いつでも♪”だそうです」


明日美母ちゃん……。

手作りプリン向こう半年間禁止は拷問だよ(泣)。

仕方ないけど。


「イントゥリーグ(花言葉:謀り事)二十一本(薔薇二十一本の花言葉は『あなただけに尽くします』)なんて、土台、あの女丈夫にゃ、利きやしねえとは思ってたけどね」

「全くですね」


ようやく俺の方に向いて、はんなりと笑ってみせるその表情は馴染みのある優しいものに戻っていて。

盛大に安堵しきったこの心の中を知られたら、今度こそ文親に妬かれてしまうだろう。


「そろそろ、帰るか」

「ええ。…帰りましょう」


俺達の言葉で国東がそっとハンドルを切るのが見える。

人騒がせだった親子喧嘩。

しかしそれは俺とこいつとの関係性を見直し、俺の進むべき先の『路』を覚るには大事な通過儀礼だったのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る