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五日後─。
親父が予約してセッティングしてくれた鮨屋で。
俺はガチガチに緊張したマサ、緊張はしているのだろうがそれを表情には出さない氷見、にこやかに微笑む(これが実は一番恐ろしい)黒橋、に囲まれながら文親を待っていた。
店は当然、貸し切りだ。
都心から少し離れた高級住宅街。その中にひっそりと
しかし、予約の取りにくさは群を抜く。
一見さん(飛び込み客)お断り、基本は紹介客のみ、常連優先。…この不況社会でその経営でも潰れないのは、揺るぎない味と、店主の人柄に惚れた《常連》の支え。
この店の常連客は今流行りのITなどの人気企業の社長やにわかセレブなどではなく、何代も続く老舗企業の会長やら顧問やら、お忍びで政治家のセンセイやら、そして親父のような業種まで。
「…あの、…俺、すごく場違いな気がします…」
蚊の鳴くような細い声でマサが呟く。
「そんな事はありませんよ。きちんとスーツもあなた用のが間に合いましたし、似合ってますよ」
それに答える黒橋の声。
「俺、こんな立派なスーツ着るの初めてで」
「慣れですよ。…上等な物を身に付けるのに必要なのは慣れです。大丈夫」
「…はい、補…黒橋さん」
「それに、似合う、似合わないを言うならば、私の『これ』はどうでしょうかね。私は逆にこれに慣れないんですが」
すると、俺以外の二人が。
「「お似合いです、黒橋さん」」
と声を揃える。
「そうですか?若以外には評判が良くて嬉しいですよ」
ちらりとマサ越しに俺を見て、意味深に笑う黒橋。
その髪は、氷見と同じく耳の下でばっさりと切られている。
「別に…。髪ぐらい、自由にすりゃあ良い」
「…ええ。ですから、自由にしましたよ?有難うございます、若」
五日前─。
丁度正午少し前。
朝帰ると言った割には遅い時刻に、俺が
俺が十四で会ったその時から今まで、見たこともなかった黒橋淳騎の、短髪。
背後の組員達の動揺やどよめきなど、どうでも良かった。見た瞬間、言葉が詰まって。出ない言葉の変わりに目の前の側近を凝視する。
「遅くなりました、龍哉さん」
「…ああ」
「氷見には世話になりました。…後で私から礼をします。これはあくまで私と氷見の恩と義ですので」
「……」
「誓さんの世話焼きな性格を忘れてましたよ。まさか商売道具の酒で細工してくるとはね」
黒橋の言葉は静かだった。
その声に、
「お前、…髪」
「……氷見の涼しい姿を見ていたら、私も真似してみたくなったんですよ。…似合いませんか?」
無表情の代わりに微笑みで固く、よろわれた心。
好きなようにすればいいと言われたから好きにした、
言葉が無くても黒橋の思いは眼で知れる。
「………」
けれど、俺が言葉を返す前に彼は自室へと着替えに行き。戻ってきてからは何もなかったかのように俺に接して。俺の戸惑いも質疑応答も目線ひとつで封じ込め。
普段通りの日常が戻ってきた、かのように見せかけて。
「若い者が怯えています」
翌日。
そう、そっと告げてきたのは宮瀬。
「黒橋さんの笑顔と機嫌の良さがあれほどの『兵器』だとは。下につかせて頂いてそれなりに長いですが、初めて知りました」
「普段がストイック過ぎるほど自分を律せられている方ですから。自分が居ては下が寛げないだろうからと、用がお済みになれば自室に居られるのに。若者部屋(主に下部構成員が使用する大部屋)隣接のテレビ室の隅でPCを叩いておられる、と早朝に半泣きで下の者が知らせてきた時には驚きました」
新庄も言う。
「急いで茶を入れて行った組員に“あまり気を使わなくても良いですよ?まあ、無理かもしれませんが。少しだけ、この場を貸して下さい” そう、微笑って頭をお下げになられたそうで。ちなみに知らせてきた者と茶を入れた者は違いますが、茶を入れたほうはボウッとなってしまって使い物にならないそうです」
「至近距離の補佐の笑顔は…。それも威嚇の方じゃないヤツはヤバいですからね」
「その後も。先月入ったばっかりの若い奴三人連れて外出されて、上機嫌で戻られて。基本無表情の補佐の感情の『乗った』笑顔に中堅以上が衝撃受けてます」
代わる代わるの宮瀬、新庄の報告。
「分かった。…黒橋を呼べ」
「助かります」
だが、しかし。
「笑わずに側にいれば鉄仮面(無表情の形容詞の一つ)、笑えば怖がられるとは。まだまだ修行が足りませんね、私も。明日からは作戦を変えてみます」
黒橋は事も無げにそう言いきり、まだ雑務がありますから、と戻ろうとするのを、肩を軽く掴んで引き留める。
「おい」
「何ですか」
「言いたいことがあるなら、はっきりと言えよ」
すると俺を射止める鋭い視線、だが直ぐにそれを黒橋は意図的に消してみせる。
「…なにもありませんよ?」
嘘だ。
「あなたが無いとおっしゃるのならば、私にもありません」
彼は自分の肩口を見やる。
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